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296,教師は手を振る

 セイリン達にいつまで滞在するかを聞かなかった事に反省しつつも、リビングへとシワの深い白髪のトートーを迎える。彼と出会ったその時には、ケルベロスと脳内で会話をしてスズランと共に2階へと避難をしてもらった。リビングにスズランが居ない事に酷く驚いたセイリンには、1度部屋を探すように伝えて2階で再会させた。リティアをできるだけ後ろに隠すように、ラドとリーフィに脳内指示を飛ばしておく。何がまずいって、リティアの容姿は、大精霊ルーナ教の『聖女』の壁画そのものだ。いつものハーフアップをやめると、ここまで瓜二つなのかと感心する程だ。ルーシェ家の従者が、その壁画を知らないわけがない。というのも、騎士貴族は世代交代しても、大精霊ルーナ教の熱心な信徒である事が多いのだ。

「君達は、就寝準備と帰り支度するんだよ。」

「はーい!トートーさん、また明日よろしくお願い致します!おやすみなさい!」

ハルドが全体に声をかけると、瞼を張らせるテルが元気に挨拶してから、階段を駆け上がる。そのすぐ後にリティアを昇らせて、ソラ、ディオンと行かせれば、小柄なリティアはディオンの長身に隠される。少しの隙間にはハルドが微笑みを浮かべて立ち、リーフィがパタパタと、ワインとコップ、バケットと果物をリビングのテーブルに運んでいく。流石、侍女のような事をやっていただけあって手際良く、普段ハルドが1人でやる事を代わりに終わらせていた。ハルドがペコッと頭を下げながらリビング入った後に、ラドが無言で入室して壁に沿うように止まる。護衛の真似事をして話を振られる事から逃げたな、と理解したが、動揺するハルドでもない。甲斐甲斐しく働くリーフィをハルドの隣に座らせて、静かにこちらを観察するトートーと向き合った。


 誰よりも早く起きて朝食の準備をしているリーフィに挨拶すると、昨日とは異なり、男性味を帯びたシャツとパンツの服装をしている。

「リーフィ、セイリン達がこの家から出るまでは女性っぽい格好でお願いしたいな。トートーから怪しまれる。」

「承知しました。」

彼女が作っているサンドイッチの作業を代わり、1度部屋に戻って…ではなく、リーフィはシャワールームへ直行した。既に一汗かいたラドが窓から顔を出し、その隣にはシャツを湿らせているディオンが軽くお辞儀する。

「ハルド、ディオンが朝食を全て籠に詰めて欲しいと。朝食は、馬車内で食べるそうだ。」

「分かった。リーフィが着替えているから、その後にでもシャワー浴びなー。あ。あと、ほら。」

本人ではなく、ラドが伝言してきたところから2人に水をたっぷり入れたコップを渡せば、一気に飲んだ。

「ありがとうございます!生き返ります…」

「もう少し飲みなよ。喉がカラカラだったんだろう。」

礼を言うディオンのコップに水差しで追加すると、彼はゴクゴクと良い音立てて飲み干してリビング側へと戻っていった。

「おはようございます…!ハルド先生、助けて下さい!」

足音を立てずに降りてきたセイリンの腕に抱えられたスズランが、キュー?と鳴いて首を傾げた。

「私の可愛いスズランを家に連れて帰れません…。」

「ああ。近々リティを迎えに、いつもの御者が来るからそっちに乗せるよ。」

萎れるセイリンへ、ハルドが水差しをテーブルに置きながら笑顔を向けると、

「助かります!確か、ギィダンさんでしたね。リティがそう言っていた筈。」

「セイリン君、テル君達が降りてきたら、そのまま馬車でお帰り。弁当を今用意しているからさ。」

瞳を輝かせて迫ってきた。スズランがハルドの腹部に押し付けられて、ギュウと苦しそうに鳴くものだから、ハルドの方から距離を取って、パンにハムとレタスを挟み始めると、セイリンもスズランを降ろして手伝う。自由になったスズランが、ハルドのズボンのポケットをカリカリと研ぐ為、聖堂で手に入れた起爆剤にされていた魔石をその口に放り込む。そして、不格好なサンドイッチを懸命に作るセイリンに、

「来月末には、ダンスパーティだけど、衣装の準備は済んでいるかい?」

「…。」

そう声をかけると、彼女はムギュッとへの字口になった。ハルドは肩を竦め、

「家に帰るのであれば、そこもしっかりやっておいで。女性だからドレスでないと、というわけでもない。ブラウスの上からコルセット乗せて、スキニーパンツに、ロングブーツのコーディネートも似合うと思うよ。」

「先生は、天才ですか?」

軽く助言しただけで、天才呼ばわりされるとは思わなかったが、本人がそのコーディネートにするのであれば止めはしない。従者達には止められそうだが。ハルドが、紙でサンドイッチを包みながら籠に入れていくと、廊下をパタパタと行き来する着替え終わったリーフィが視界に入ったと思えば、

「馬鹿言ってないで、スズランを隠せ。」

服だけ着替えたラドが、スルッとキッチンへ入ってくる。ラドとリーフィの動きから判断したハルドが風属性の精霊を操って3階の音を聞くと、トートーがベッドから降りる音が耳に入ってきた。ケルベロスが軽やかに階段を降りてきて、スズランの鼻をつつくと、良い子のスズランが彼についていく。シャワールームから出てきたディオンと入れ替わるように、2匹はそちらへ隠れた。驚くディオンに、

「スズランは、リティと帰るから。今は隠れてもらってるよ。」

と声をかけると、彼は静かに頷いて、セイリンの手際の悪いサンドイッチ作りを代わる。

「わ、私だって、できる!」

「セイリン様は、リビングで珈琲でも飲まれて…」

手からパンを奪われたセイリンがムキになるが、ディオンの首は横に振られた。そんなやり取りを見ているハルドは、笑いを堪えるのに必死だ。貴族令嬢の彼女が、作り慣れているわけがない。それでも作りたいと思ったのだから、理由は勿論ある。ちらりとラドへ視線を向けると、ラドは仏頂面のまま動かない。

「やらせろ!」

「おはようございます。お嬢様、如何なさいました?」

ディオンの手からバターナイフを取ろうとした瞬間、リーフィに連れられてトートーがキッチンへとやってきてしまった。

「おはよう…。あ、えっと、サンドイッチを作ってみたかっただけだ。」

カッチンコッチンに固まるセイリンに、肩を竦めるディオン。紺色1色のワンピースになったリーフィは、カップと珈琲サーバーをトレーに乗せて、セイリンとトートーをリビングへと誘って連れて行ってくれた。彼女達が去ってから、ラドがサンドイッチの具材であるハムをつまみ食いし、

「双子を起こしてくる。」

珍しく自発的に面倒な役を買って出た。ハルドの弁当作りを代わりたくないだけだとは思うが。


 セイリン達が出立する前に、ハルドは双子の頭を撫でる。

「学校で待っているからね。また練習しよう。」

昨日の事を引きずったままの2人に優しく声をかけると、

「はい…」

「お、俺!」

沈んだままのソラと、何かを言いたげなテル。そのテルに小声で、

「テル君、頼りにしてる。リティは、2階から手を振っているよ。」

そう伝えると、頬を染めながら2階を見上げて、彼女に手を振り返した。まだ眠っていた筈の彼女の顔を見られて嬉しそうに瞳が生き生きするテルは、ソラと一緒に馬車へ乗り込む。

「先生、早めに学園都市に到着したら、家にお邪魔しても良いですか!?」

「セイリン君、もしや宿を予約していないね?」

馬車が動き始めてから、身を乗り出すセイリンに苦笑してしまう。仮にもお嬢様なのだから、それは従者に段取りをさせるものだ。

「は、はい。」

「仕方ないな。じゃあ皆、我が家においで。いつもの喫茶店の店主が家の場所を知っているからね。」

セイリンのように顔を出すテルにも見えるように、手を大きく両手を振って送り出した。

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