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293,少年は成功する

 失せ物探しや、貝殻を探した時もそうだが、彼女は他人事で終わらせようとしない。だから、そこを突きにいく。

「どうすれば、安心なされるのですか…?」

こちらの読み通り、感受性豊かな彼女の表情も曇っていった。ディオンは、ここでもう一度微笑みかけ、

「俺をリティアさんの特別にして頂けませんか。貴女と恋仲になりたいのです。」

彼女にできるだけ分かりやすく、そして明確に伝えるように注意を払いながら、畳み掛けにいく。以前、ハルドがこちらをからかった時のリティアの応答から考えると、リティアの中では『交際』と『結婚』が切り離されている筈だ。彼女がグレスとしたいのは、交際ではなくて『結婚』であるはず。であれば、その認知のズレを利用するだけ。後は、時間をかけて理解してもらえば良い。パッと表情が切り替わるリティアは、耳まで赤く染まると同時に、

「へっ…?」

ペチペチと両頬を両手で叩いて、視線があちらこちらと忙しなく泳ぎ出した。この動揺する姿も愛らしいと思うから、かなり彼女に毒されているとは自覚している。音を立てないよう慎重に立ち上がり、彼女の頬に当てられた左手を己の右手で掬い上げる。そして彼女に真剣な表情を向け、

「リティアさん、この世界で誰よりも貴女を愛しております。俺の恋人になって下さい。」

丸い目になった彼女のその小指に、口づけを落とす。この機会は絶対に逃さない。回りくどい言い方よりも直球で、彼女の心を響かせてみせる。

「は、はい。ど、どうぞ、よろしくお願い致します…。」

遂にディオンの瞳を見上げるリティアの口から、欲しい言葉を引き出した。これで晴れて恋仲という事。この好機を与えてくれたテルには感謝をしなくては。気を緩め過ぎず、けれど彼女へふわっと微笑みかけると、彼女は限界と言わんばかりに俯いてしまった。突然、店内で拍手の音が溢れ出して、再び彼女が顔を上げて周りを見渡す。ディオンも一緒に見渡すと、ここでお茶をしている婦人や、恋仲らしい男女、店員までもが、2人に向けて拍手をしていたのだ。これは、店に迷惑をかけてしまったようだ。ディオンが、ニコニコと感謝と謝罪を込めて笑顔を振りまくと、拍手が大きくなり、

「おめでとう!」

「黄金の騎士様、幸せに!!」

そんな言葉をかけられて、店主らしき初老の女性が、注文した覚えのないケーキプレートをテーブルに運んでくる。

「あちらのお客様からです。」

目尻にシワを寄せる店主に促された方を見ると、婦人服を纏った化粧まで仕上がった小綺麗にしたリーフィが、カップを持ちながら顔を真っ赤に染める。その隣では、最上級の笑顔に溢れたハルドが手を振っていた。


 ハルドの教え方とは打って変わり、ラドが新しい魔術を教授してくれる事はない。あれだけ楽しく魔術を発動できたのが、嘘のようだ。6本脚の大型蜘蛛の魔獣を前にして、どうすれば誰も傷つく事なく戦えるかを頭をフル回転して考える。

「テル、俺が前に出る。」

唐突にソラが飛び出して、局所的な雷雨を発動させれば、その場から逃げようと飛び跳ねる蜘蛛の後ろ脚に、セイリンの槍が突き刺さった。テルは、己にかかるプレッシャーに耐えながら、蜘蛛と距離を縮めたセイリンを守る為に、そこへ降り注ぐ雷を彼女の頭上に発動させた土の壁で防ぐ。

「テル、助かる。」

セイリンの礼に共感するように、スズランがキュッキュッと鳴いた。元はと言えば、町の外で自主練習をしていた時に、またスズランが魔獣に襲われたのだ。ケルベロスがスズランを守る形で立ちはだかり、その魔獣の相手は自分達がしている。ラドは、

「頭を使え。いつも誰かが手取り足取り教えてくれると思うな。」

赤い槍を抱えたままで、手伝ってくれる事はない。蜘蛛の口から液体が飛んでくる。テルが、スティックを持たないセイリンに駆け寄って傘を発動させると、ソラはいくつも土の壁を作って雨風凌げる四角い小屋を作り上げた。びょーんと蜘蛛が飛びついた先は、ソラの小屋。ソラはその至近距離で、小さな竜巻のドリルを発生させて蜘蛛の腹にぶつけていくが、なかなか退かない蜘蛛。液体が落ちてこなくなった事を確認してから、槍を前に突き出したセイリンが、蜘蛛の横腹に突進していく。テルも見ているわけにはいかない。助けなきゃ、守らなきゃ、と気持ちが急く。セイリンの槍が刺さっても尚、そこを退かずに土の壁が消失する事を心待ちにしているかのような蜘蛛に、テルは閃いた。

「セイリンさん、そこから蜘蛛が動かないように気を引いてて!」

「ああ!」

魔術陣を描き始めたテルが声をかけると、セイリンは蜘蛛の無防備な脚や尻を集中的に斬り上げ始める。その間もソラの攻撃が止む事はなかったが、蜘蛛の顔が脆くなり始めた土の壁を破り、ソラを見下ろす。ソラの氷の小槍が只管上空へ飛ぶ中、蜘蛛は痛がる事なく顔を近づけ…

「ぶっ飛べ!」

テルの起こした暴風が、地面から吹き出した。元は、少しの間宙に浮く為の魔術。轟牙の森でリティアと木に登ったこの魔術には、自信があった。テルの魔術は成功して、暴風が腹部に直撃した蜘蛛の身体は飛ばされて、セイリンの後ろで背中を地面につけて転がった。脚をバタつかせて体勢を戻そうとする蜘蛛に、3人で畳み掛ける。セイリンが頭を突き、ソラが炎の小槍を何度も発動させて脚を燃やす。テルは、風の刃を連射して蜘蛛の腹部を抉っていく。

「相手は十分弱った!二人共、雷雨を頼む!」

セイリンから頼まれ、ソラと同時に魔術陣を描き始める。あと少しを描き終えるところで、以前ハルドを探しに行ってあの市場で出会った、人の姿をした魔獣の子どもが頭の中でチラつき、テルの手が止まりかける。

「テル!迷うな!目の前のセイリンを殺したいのか!」

後ろのラドの一喝で、心臓が飛び上がった。慌てて続きを描き上げ、ソラと時間差で発動させる。1度目のソラの攻撃を糸を吐いて凌ぐ蜘蛛に、少し遅れたテルの攻撃が降り注ぎ、為す術もない蜘蛛の胴体は焼け焦げた。セイリンが慎重に近寄って蜘蛛の魔石を取り出す中、テルは地べたに座り込む。自分の鼓動が五月蝿い。忙しなく心音が耳に反響する中、ラドに見下ろされ、

「テル、何故やめた?理由は何だ?」

「…怖くて。怖かった。何もしていない人の姿をした魔獣の子どもを殺した時の、感覚が…」

威圧的な彼に震えながらも、あの時蘇った感覚を言葉にしたテルは、次の言葉に驚愕する。

「お前は、自分が林檎を渡したそのガキを殺していない。」

あの時、そこに居合わせていないはずのラドが、何故そこまで把握しているのか、何処から見ていたのか、恐怖しかない。

「そ、そうですけど!何も、何も悪い事をしてない魔獣の子どもを!」

「お前がそのガキをどう思おうと、俺は気にしない。気にかける気もない。だがな、目の前の友人達が死ぬ様を見たくないなら、スティックでもナイフでも良い。己の武器を揮え。」

厳しい言葉と共に喉元に、氷のような刃を突きつけられた。学校とは異なる態度を見せるラドから、目が離せない。次は本当に殺される、そんな恐怖が心を支配し始めた時。土の壁が、ラドとの間にテルを守るように隆起した。しかし、ラドの槍が数回振られただけで、壁が脆く崩れ落ちる。

「ソラ、刃を向ける相手を違えるな。その狭い視野では、後に取り返しがつかない事をしでかすぞ。」

「テルを傷つけるのであれば、俺は戦う。」

ラドの睨みに、ソラが怯む事なく魔術陣を描き始めると、

「や、やめるんだ!言い方は厳しいし、高圧的だが、良い先生なんだ!」

ソラとラドが対峙する事を阻む形で、魔術陣の前にセイリンが飛び出した。これにはソラも手を止め、魔術陣が不完全のまま…セイリンが、逞しい腕にテルの上へと引っ張り落とされ、テルが潰される。そして、不完全な魔術陣の中にラドが自ら飛び込んでいく。爆発する瞬間に、ソラを蹴り飛ばして、ラドだけが燃え上がった。

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