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286,隊長補佐は浴びる

 旧校舎内で立て続けに勃発する魔獣との戦闘により、大怪我をする調査隊隊員が急増する。ホテルの部屋での休養を余儀なくされる魔法士が、調査期間終了まであと半月もない中、今回の調査隊全体の半数を超えた。そこには、自ら自滅しにいったリゾンドも入る。本来ならば、リデッキとリルドの話し合いの結果で、この男が調査隊に組み込まれていなかったというのに、地上の魔獣1体の戦闘で疲労困憊で倒れ込む程の実力不足でありながら、リデッキに頼み込んでそのわがままを通した。リグレスとしては再起不能の自滅をしてくれた方が都合が良かったのだが、そこは理性が歯止めをかけてしまって、リグレスが痛みに呻くあの男を助けたのだ。そのどうしようもないリゾンドが連れてきたリゴンは、魔法士団としての訓練を受けていない割にはよく戦っている為、リグレスは密かに評価していた。今日も早朝から、旧校舎1階にある最後の格子の向こう側で睨んでいた白い大蛇に、一番隊に混じって果敢に挑むリゴン。ジャックの炎の渦に囲まれて身体をよじる大蛇へ、ケーフィスの無数の光の矢が放たれ、その後ろを追随する形でリゴンが大風の刃を投げ込む。風の力で形が崩れる炎の渦は、トリッキーな動きをして大蛇の鱗を燃やし、そこにケーフィスによって動きを操作された矢が降り注ぎ、その巨体を針山にするかの如く1つ残らず突き刺さった。大蛇の反撃の毒針は、リグレスの水の盾が全て弾いて落ちる針を拾い上げたリゴンが、風を操って大蛇の鱗が焼け落ちた箇所へ刺す。

「ジャック、あの口を焼けるか?」

ケーフィスからの頼まれ事に、ぎこちなく頷いたジャックが床から火柱をランダムに発生させて、大蛇を壁へと追い詰めると、大蛇は反撃をせずに炎から逃げていった。

「こいつ、あまり戦おうとしないね。本当は俺達が遊ばれている感じ…?」

逃げ場が無くなった大蛇の顔に火の玉を投げ始めたジャックの呟きに、リゴンの瞳が大きく見開き、リグレスも微細な精霊の揺らめきに気がつき、天井を見上げた。そして見つけてしまった、空間の歪みを。ぐにゃりと歪んだ天井から猛禽類の翼と大爪、嘴を広げた大型の牡鹿がバサリと風を叩けば、こちらとの距離が一気に縮まる。リグレスが気がつくのが遅れたわけではない。奴が突如としてここに現れたのだ。

「まさか、この前のキメラ牡鹿の完成形ですかね…。」

リグレスは、水の針を作り上げて次々と飛ばしていくが、翼の盾でいとも簡単に止められてしまう。そこにケーフィスの矢が降り注ぐが、大蛇の尾が鎌みたいに動き、雑草のように刈り取られる。リゴンが己の風の階段を駆け上がった上空から剣を振り下ろしたが、牡鹿の頭にぶつかって砕け散った。その隙だらけのリゴンを守る為に、リグレスの盾のバッシュを牡鹿にお見舞いすると、少しだけ相手がよろける。そこにジャックの炎の双剣が舞い踊り、首と片前脚を斬り上げた。大蛇の毒針がこちらへ降り注いだが、光の矢が全てを射止める。牡鹿の口から液体が、着地したばかりのリゴンへ飛び出し、リグレスが彼を肩で押して代わりに浴びる。ジュウウウと液体が当たった鎧と共に胸が溶けて、その激痛に耐えられず転げた。よろけたリゴンが慌ててこちらへ来ようとして、歯を食いしばりながら手で制止する。

「リグレスさん!?」

ケーフィスの手がこちらに伸びて、リグレスを起こそうとしたが、その手も突然床から飛び出した毒針に刺され、呻き声があがった。リグレスの瞳に映るのは、ケーフィスが仮面の下から溢れる大量の汗をかいて力無く地面に倒れ込むその瞬間だ。スローモーションだが、色はもう識別できない。己の水すらも動かせない。唇を噛むリゴンが2体を睨みつけ、ジャックがガタガタと震えていた。

《※※※※!!》

脳内にリティアの声が聞こえた気がした。リグレスの心臓まで到達する胃酸を止める術がない。こんなところで死んだらあの方々に多大なご迷惑を…

「ああぁあああぁ!!!!」

ジャックの絶叫で、まだ生きているこの現実へと引き戻されたリグレスは、ジャックの身体が燃え上がる瞬間を目の当たりにした。そのジャックを見たリゴンは、魔獣どころではなくなったようでブルッと身震いする。炎がこの部屋を飛び回り、ジャックの姿が消えていた。そして、細く白い手がリグレスの視界に飛び込み、動かなくなりつつある心臓へと触れられた。

「リティア様…?」

「出来損ない!!その汚らわしい手でリグレス様に触れるな!」

何故ここに彼女が?という疑問を浮かべるリグレスのすぐ傍でリゴンの怒号が響いたが、小さな手から溢れ出す精霊達にこの心臓が急速に治癒されていき、視界が回る感覚に襲われるリグレスは酔いそうになる。

「黙りなさい、愚か者。」

「ルナ様でしたか!失礼しました!」

発言がリティアではない。リゴンを睨む彼女に、リグレスはサーッと血の気が引き、傷が癒えた上体を起こしてすぐさま頭を下げた。本来のリティアからはこのような対応をされた事がない為、動揺が隠せないリゴンを彼女は睨んだ。大蛇の毒針が降り注ぐ中、ピクリとも動かないケーフィスへ駆け寄る彼女。不思議な程にその毒針を飛び回る炎の渦が掻っ攫っていき、炎が盾のような役割をしていた。

「貴方は、その愚者を連れて外へ。こちらも今から治療します。」

「それでは、ルナ様が危険な目に遭われます!私が盾になります!」

床に座った彼女の手を介して眩い白い光がケーフィスの身体に集まる。こちらの治癒を待つわけがない牡鹿が突進してきた為、彼女の前へ飛び出て水の盾を出現させると、

「大丈夫よ。炎の子、しっかりと友人達を守れるでしょ。」

炎の渦が、ルナとリグレスの目の前で火力を強めて火柱となった。火の粉が意思を持って飛び、牡鹿の胴体をジュッと焦がして、牡鹿が呆気なく逃げていく。この火柱の中にジャックの姿は見えないが、これがジャックの『魔獣化』である事は誰が何を言わなくても分かる。その彼が、火の粉を向こうの魔獣達に飛ばして対抗している中、

「ジャック…!貴方を見捨てて逃げたくなどありません!」

この手を伸ばして『彼』に触れようとすれば、見えない壁に阻まれた。ルナが治療しているケーフィスから小さく呻き声が上がる。彼女の強い眼差しがリグレスへと向き、

「行って。そして、リティアに伝えて。貴女がその手を伸ばせば、まだ間に合う子が居ると。」

「ルナ様、何故あの出来損ないに言葉をかけるのですか!」

言伝てを頼むルナに、リゴンは悲鳴のような声を張り上げた。

「愚者は黙って。私はまだ待っていられるから、あの子が辿り着くまでここにいる。でも早くしないと間に合わなくなる子もいるの。」

ルナの声に呼応するように、見えない壁がリグレスを押し出そうとする。ケーフィスが意識を取り戻しておぼつかない足取りで立ち上がったが、こちらへと倒れ込んできた。このままでは戦えない。彼を担ぎながらこの場を離れるしかないのか。こちらをその瞳で捕える事のないルナが、四方八方に白い光を放ち、その光と踊るかのように炎の渦が予想もできない速度で牡鹿の翼を燃やした。光の雨が降り注いだ大蛇の身体には大穴が開いていく。それでも、見えない盾をすり抜けた毒針がリグレスの傍に飛んでくる。己の水で、懸命に戦うこの炎を消すわけにはいかない。

「ルナ様!ジャック!必ずお助け致します!だから!」

先にケーフィスとリゴンを外に逃がしてから、後ろ髪を引かれる思いでリグレスが部屋を脱出する時、

「レイン、しかとその瞳に映しなさい。このルナを怒らせると何が起きるかを。」

彼女の怒りに、空間に漂う精霊達が共鳴して龍の形を模していくのであった。

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