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284,少女は外す

 涙を拭ってから調査を再開した2人は、それ程話す事もなく順番に部屋を確認していく。2階も3階も見終わったが、宿泊用の大部屋と、数室の会議室がある中、あの1室以外にはカノンの髪の毛は出てこなかった。そして最上階である4階に昇れば、あの見晴らし台がある。しかし、既に球体はなくなっていて、ただ広いだけの何もない部屋だ。窓の外にある空が白み始めて、灯りがなくても部屋全体がよく見える。

「…」

ラドに何も話せないリティアの心には白波が立っていた。話を少し聞いただけだが、リティアは自分の両親もそうであったら良かったのに、と羨ましく思ってしまった。ラドの母親は亡くなったのだから、そう言ったら失礼である事は理解している。自分の両親が、仲良く話している姿は見た事はない気がする。自分を見下し、蔑むのはいつも母親。父親は帰宅していたとしても、顔すら合わせなかったからその表情をあまり記憶していないが、時折母親のヒステリックな叫びが聞こえて、父親の怒号が響いていた事はある。そんな事を思い出しながら、精霊が集まって光っている開いたままの窓に触れると、その窓が硝子の梯子に姿を変える。

「わあ!素敵な魔法ですね!」

「…リティア様、あまり無闇やたらに触られないで下さい。お怪我をしてしまいます。」

リティアが梯子を窓の枠から外す為にガタガタといじっていると、屈んで床を睨んでいたラドが駆け寄ってきて代わりに梯子を外した。梯子はどんどんその背を伸ばして、天井まで届きそうだ。

「なるほど。どうも天窓を開ける為の梯子のようですね。」

「ラド先生も、このような魔法を使えるのですか?」

ラドが窓と窓の間の壁に梯子を立て掛けて、ステップを1つ1つ足で確かめながら慎重に登り始めたところで、リティアが質問する。

「これは…、恐らく現代の魔法士には難しい所業と考えます。」

「え?そうなのですか?」

登り続けるラドからすぐに返ってきた返答にリティアは首を傾げると、彼は足を止めて下にいるリティアと目を合わせ、

「このように物質の在り方を変えるだけの事ができるとしたら、それこそ団長やリティア様のように全ての属性に長けていなくてはなりません。我々の隊長ですら、得意とする属性は雷、風、水です。全ての精霊を操る事は本当に大変なのです。」

「お父さんとお兄ちゃんが凄いのは理解できますが、何故そこに私の名前が挙がるのですか?」

窓を構成する物質をいじるには、使える属性が偏っては難しいという事は分かったが、魔法が使えない自分の名前を出された事が不可解だった。

「それは、貴女様が治癒に長けておられるからですよ。精霊達の凝集、あの白い光は全属性ではないと起き得ませんから。貴女様の声に、想いに応える精霊は、我々のように1種類、多くて2種類の世界ではないのです。」

「わ、私は魔法が使えているわけではなくて、精霊さんにお願いしているだけです。」

ラドの言い振りでは、まるで自分に魔法が使えているかのようで、リティアの背中が丸くなっていく。

「承知しておりますよ。それが貴女様の在り方ですから。」

「…わ、私が魔法を使えていたらきっと…両親から見放されていないかと…」

ラドの言葉は、やはりリティアに魔法が使えると言っているように取れて、リティアは口をモゴモゴさせながら、自分の中でラドと比べた部分、両親に向けられたものを考える。魔法が使えていたら、今も愛されていたのではないか、ってずっと引きずっている。魔術だけも頑張れば認めてもらえるかもと、己を奮い立たせて学校の門を叩いたのだから。

「団長は貴女様を…いえ、これを言うのは自分ではありませんね。もし、貴女様の魔法が目に見える形でしたら、幼い頃から…ハルドが言うように鳥籠の中に閉じ込められていたと考えます。」

「…?目に見える形?ハルさんが鳥籠?何の話ですか?」

ラドの瞳はリティアから絶対に外さないで向き合っているが、彼の言っている事がリティアの理解の範疇を越えていた。

「自分は、大精霊ルーナ教の信徒ではありません。信徒のハルドから聞いた話ではございますが、長女の貴女様はあの宗教でのトップに就く事になるようです。その力の発現を確認でき次第とはなりますが。身の回りには大勢の大人達、今のように自由に走り回る事も友人と笑い合う事も経験できなかったでしょう。」

「…そ、そうなのですね。全く知りませんでした。」

リティアに衝撃が走る。足を支えている力が抜けて乾ききった床にペタンと座り、そんな知らない世界を想像する。歩くにも、食事をするにも、周りを囲むように大勢が控えて、何気ない発言1つについても言及されるかもしれない。何処に行くにも、大人の許しを得なくてはいけない子どもの自分が、見上げる大人の表情は笑顔とは限らない。

「今の貴女様は、そうならなかったという事は、自由なのです。今ならば広大な世界を堪能できます。」

「自由ですか…このキャンバスに色を乗せるのは私次第と言えば、聞こえは良いですが、それをずっと味わえるだけの物を持っていないんです。」

『自由』…その言葉で、窮屈な想像から開放されて、学校で本を読んでいる自分、いつものメンバーと勉強をする自分、カノン、ケルベロスやハルドと楽しく談笑する自分がパッ、パッ、と何度も頭の中で切り替わる。それも学校を卒業したら、まっさらな紙へと成り下がる。両親に認めてもらえなければ、この先の未来は思い浮かばない。

「手のひらに山程乗せられておられるのに何を仰いますか。持っていなかった自分と異なり、リティア様が気が付かれていないだけで、貴女様の周りは様々な可能性で溢れ返っておりますよ。」

「そうでしょうか…?」

小さく息を吐くラドは再び梯子を登り始め、リティアは縋るように彼を見上げた。

「貴女様が独り立ちなさる時にでも、セイリンか、ディオンにでも声をかければ、今とは異なる生活に飛び込む事だって有り得るのです。」

「お二人共にですか??」

ガタガタと長い間開いていなかった天窓を力任せに開けようとする彼から、リティアは自分の手のひらに視線を落とす。こんなにも空っぽであるのに、あの2人に何を言えば良いのか、全く分からない。

「ええ。天窓が動きましたので、屋根に登りますか?」

「は、はい!!登ります!!」

ラドはそれ以上は教えてくれる事なく、密着していた天窓を外して屋根へと登った。声をかけられて、リティアも続くように登り始めると、階段を昇ってくる足音が大きく聞こえ、

「リティ!スカートで梯子を登らないんだ!」

階段を昇り終わって1番に顔を出したハルドに、怒られた。降ろされては堪らないと、大慌てで駆け上がれば、

「ラド!!リティに何させているんだ!」

ハルドの激怒に、ラドは一瞬身震いした。ハルドの後ろをぞろぞろと皆が揃い、

「良いな!俺も登りたい!」

「眺めがとても良いので是非!」

テルが嬉しそうに両手を上げたので、リティアは天窓を潜りながら手を振る。ハルドの鋭い瞳がこちらに固定されていた為、逃げるようにラドに引き上げてもらいながら屋根へ足を進めた。太陽が、この果てしなく広がるスカイブルーの海から顔を出し始める。誰よりも早くに登ってきたのはテルでもハルドでもなくセイリンだった為、ラドの瞳が大きく見開かれていたが、すぐ後ろからリーフィ、テル、ディオンと続いて屋根へ登る。ソラも一生懸命登ってきて、最後にハルドだった。

「おお!綺麗な朝空だね。これは絶景だ。」

ハルドが天窓から顔を出すと、その怒り顔からふわっと笑みが溢れた。リティアとセイリン、ソラは屋根に座り、テルはディオンに支えられながら日の出を楽しむ。リーフィは誰よりも後ろで辺りを見渡し、ラドは懸命に汗水垂らしている漁師達を見下ろす。

「リーズさん、今この町はとても素敵な色をしておりますよ。」

自然とリティアの口から溢れた言葉は、この海原へと吸い込まれていった。

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