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282,教師は調査する

 ケルベロスとスズランを家に置いてきてから、太陽が海の上に顔を出す前に漁で忙しい町の人々の目をくぐるように聖堂の扉を開く。暗闇の聖堂に入り次第、以前教えた灯りの魔術で先頭のハルドが辺りを照らせば、生徒達も渡したスティックで灯りを用意し、ラドは1番後ろで彼らの灯りの恩恵を受けた。海藻と朽ちた魚の悪臭が充満しているエントランスの大部分が見えてくる。床に転がる鎧を身に着けた白骨死体達。時間が許すならば埋葬するべきだが、騎士達への弔いをセイリンがしたいと言ってもさせてやる時間はない。だから、

「下手に死体に触れては危ないからね。そういう物を好む魔獣が隠れているかもしれない。」

最初から触らせないように理由付けをしてしまえば、誰も疑問を持つ事なく頷いた。本当に良い子達。自分の代わりにラドを調査に行かせるには、ハルドとリーフィで生徒を見る形で、尚且つ誰もついて行かないようにしなくてはいけないのだが、

「ラド先生!勝手に行っては危ないではないですか!罠でもあったらどうするのですか!」

ふらっと姿を消そうとするラドをすぐに追いかけていくセイリンに手こずった。エントランスに魔獣の気配はなし。結界が張り巡らされているだけあって、そこらの小物は入ってこられないのだろう。

《おい、セイリンを蹴り飛ばして良いだろ?》

《普通に駄目だろ。》

ラドから脳内に宜しくない発言が飛ばされて、顔を合わせずに返答するハルド。そこに先に階段を確認に行ったリーフィから、

《暗示をかけますか?》

《いや、あまりそういう事をすると記憶の有無から怪しまれる危険がある。》

提案を受けたが、ハルドはすぐに断る。ソラとディオンの試験の点数から見ても記憶力に優れたメンバーだ。こちらを魔法士とは思っていないだろうが、『何がおかしい』と認識したら行動全てが怪しまれる。

《私が一芝居打ちましょうか?ラド先生、ついてきてください。》

セイリン達とエントランスの壁画について話していたリティアがこの会話に入ってきて、

「…?」

「リティ、どうした?」

突然天井をキョロキョロと見渡し始めたリティア。いつの時代の模様かを楽しく話していたセイリンは、すぐに彼女の行動に反応した。

「リーズさんの声が聞こえませんでした?」

リティアが小首を傾げて同意を求めると、ハルド含め数人の顔が青くなる。待て待て、幽霊が呼んでいるとでも言うのか!?

「い、いえ。聞こえてませんよ?」

固まったセイリンの代わりにディオンが、若干身を固くして答えると、

「えっ、でも…。あ、ほら。」

ゆっくりと首を傾げていたリティアが、何かに反応するように素早く顔を天井に向け、そのまま天井を凝視する。

「私を呼んでる…?」

「リティ、危ないから単独行動はしないでほしい。」

ふらふらと行ってしまう彼女にハルド声をかけたが全く反応なく、まるで操られているかのようだ。そこにラドが焔龍号を構えてハルドの隣に並び、

「俺が追いかける。ハルドは、ガキ達が何かに連れて行かれないように注意しろ。」

それだけ言うと走ってリティアを追いかけた。ハルドはようやくリティアの行動理由を理解し、

「リーフィが1番後ろについて背後を警戒。皆はあまり傍から離れないで。1階から回ろう。」

リティアを追いかけようとしたディオンとテルを制止させた。リーフィはこちらの指示に従い、後ろに下がった。

《ラド先生と合流しましたー!》

脳内に流れてくる満足げなリティアの声に、ハルドはこめかみを押さえながら他のメンバーと一緒にエントランスの奥の扉を警戒しながら開いた。


 リティアの協力を得て、ラドは調査を開始する。スティックの灯りからラドが使う光体へ灯りを変更すると、数段明るくなって部屋1つ1つを隈無く確認できる。2階にある通路に面している部屋は8人部屋ばかりで、これといった収穫がない中、その中の一部屋でリティアが水浸しのベッドから枕をオピネルナイフで切り込みを入れた。何も言わずに行う彼女の隣で覗き込むラドは、出てきた物に目を疑う。

「髪の毛ですか…?」

「はい、この髪が光っていたので気になりました。」

それほど長い髪ではないが、茶色い髪がリティアの手に乗せられた。ラドはハンカチでその毛を包みながら、

「不可解ですね。気持ち悪いというか。」

「形見とか、この戦いで離ればなれになった恋人または家族の髪である可能性があります。けれど、歪な程にこの部屋の枕全てが光っています。」

リティアが上下左右をぐるぐると見渡して頭を傾げた為、ラドは彼女の代わりにベッドの梯子に足をかけて枕を7つ床に落とした。そして、2人で切った枕全てから同じ色の髪の毛が出てきたのだ。

「な、何だこれ…」

「この時代の魔法士は、今みたいに団が分かれているわけではなく、騎士達の中に紛れていました。この髪は、一般の人の物ではないかと思います。」

気持ち悪いにも程がある。だが、リティアはそういう素振りを見せずに同じ長さの髪を彼女の手の上に乗せていく。

「こ、これはハルドに聞いてみましょう。魔法的な意味合いがあるのかもしせませんね。」

《それ、レインの『洗脳』の魔法罠。》

顔が引き攣っていくラドの頭に知らない男の声が響き、焔龍号を構えて周囲を警戒すると、

「ロゼットさん、ご存知なのですね。同じ仲間を洗脳する理由って…。」

リティアのスカートのポケットから緑色の核が出てきた。彼女の言葉から、この声は精霊人形『ロゼット』らしいが、そうなると同じロゼットの核をハルドが所持している事となる。精霊人形は、魂が複数に分かれるのだろうか。だとしたら、人間や魔獣よりも厄介だ。

《皆が皆、死地に赴いて同じ志の下で戦えるわけでは無いんだ。脱走防止でレインが妹の髪を切ってやったんだろうね。》

「妹さんがいらっしゃったのですね…」

ロゼットからの尤もらしい理由よりも、リティアは『妹』という存在に心が揺れ動いたのか、瞳を潤ませた。ハンカチで拭いてやりたくとも、そのハンカチには髪の毛が包んであり、代わりにラドの袖で拭おうと手を伸ばすと、

《え、ほら、君達も仲良くしていたじゃない?カノンちゃんだよ。》

「カノンさん…!?確かにレインさんに作られたとは言ってましたが!」

リティアは非常に驚き、大きく開いたその瞳から雫を落としてしまった。

「そのようです、彼女自体もそう言ってました。」

ラドも知っていた事であった。彼女の動揺を鎮める為にラドが耳打ちすると、瞼を閉じて暫しの沈黙をする彼女。そして、

「…ラド先生、髪を集めましょう!なけなしの魔力かもしれませんが、彼女由来の魔力です!役に立つかと考えます!」

カノンを助ける為にと、力強い瞳でラドを見つめる彼女に、

「はっ、今すぐに。」

ラドは敬意の念を込めて敬礼した。


 ここに置いてある物は腐り落ちた物ばかり。木製の棚に記載されている年式を見るだけで喜ぶセイリンを他のメンバーは静かに傍観している。武器庫だったのだろうが、ほぼ何もない。粉々に砕けた剣や、防具が置いてあったであろう棚のみとなっている。

「1つもないという事は、戦いの間にここは沈んだのか。」

「そうです。町を襲ったクラーケンと共に海底へ沈んだのです。」

ハルドとリーフィは事前に打ち合わせ済みで、それに乗っ取った会話をすると、生徒達が真剣な表情になった。自分達が戦ったクラーケンだと、すぐに理解できるだろう。ハルドがぐるっと見渡しながら先程の扉へ歩みを進め始めると、視界の悪い床に注意が向かなかったテルが木箱にぶつかり、木箱が簡単に砕ける。そしてその中には、

「な、何故こんなものが!?」

セイリンの悲鳴じみた声を掻き消すほどの音を立てながら、木箱に詰められた複数の魔獣の頭蓋骨が落ちてきたのだった。

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