281,少年は起こされる
鯨の魔石は、あれだけ騒いで空腹になったスズランの糧となった。セイリンは愛おしそうに、スズランがバキバキと魔石を食べている姿を眺め、ハルドは、ディオンとテルと一緒に川魚を捕まえ、ソラは魔術で流木から水分を蒸発させてから、炎の魔術で焚き火にした。最初は勢いが強く、水をかけるかを悩んだが、
「すぐ落ち着く。」
近くで腰を下ろしていたラドの言葉通りに、炎が良い感じに落ち着いたのだ。テル達が持ってきた魚の中には魔獣も混じっていたが、ラドに食べ方を教えてもらいながら口に運ぶ。この場にリティアが居たら、テルと一緒に瞳を輝かせていただろう、とぼんやりと思った。午後は、スズランをできるだけ海から遠ざけて水浴びを楽しませながら、各自練習と魔獣討伐を行った。セイリンは、薙刀の代わりにハルドからスティックを受け取り、防御魔術を魔獣と戦うディオンに放つ。テルは、ハルドにナイフの投げ方についてアドバイスを受けながらコントロール練習をしていた。ソラが先程の噴水を物にしようと、必死にスティックを回していたら、スズランが噴水の中に乱入するという騒ぎが頻繁に起きるのだった。
騒ぎ疲れたはずのテルは、家に帰ってきた後もテンションが高く、リティアとリーフィに只管「可愛い」「似合っている」と言い続けていた。笑顔で返すリティアと、恥ずかしそうにもじもじするリーフィを、更にハルドが目を細めて眺めていたが、ソラとラドは我関せずと屋台で買ってきた串揚げを食べていた。明日は海底遺跡に行くという事で、誰もが早めの就寝をする。ソラもハルド達が来てしまった為、スティックを自作する事での考え事がなくなって熟睡した。テルが隣で眠っていない事は、この夏初めての経験だ。そのくらいずっと一緒だった。そうであるのに、自分の事しか考えてなくて、苦しんでいる彼に手を差し伸べる事をしていなかった己に腹が立つ。眠りが浅くなったのだろうか、そんな思考が頭を駆け巡っていたら、トントンと肩を叩かれて瞼が持ち上がる。首だけ動かして顔を見る。テルではなく、ハルドだ。ああ、起きろという事か。ソラがゆっくりと上体を起こせば、
「お休みのところごめんね。」
「いえ。先生は休まなくて良いんですか?」
軽く笑みを浮かべるハルドに手を引かれながら、まだ重い瞼を擦りながら、珈琲の香りが漂うリビングへと降りていく。
「俺は仮眠を取ったから大丈夫。さあ、座って。」
ソファに促されて腰を下ろすと、珈琲を勧められて口に含む。…苦い。ハルドも対面する形で座って珈琲を味わう。
「ソラ君、実は君の期末試験の結果は不合格の一歩手前だったんだ。」
「な、何故!?」
ハルドの思わぬ発言に、ソラはテーブルへカップを落としたが、珈琲が溢れる事もカップが割れる事もなく、ソーサーに綺麗に戻る。試験の手応えは悪くなかったと考えているソラは、ハルドが次に口を開くまで彼を凝視し続ける。言われなくては理由は分からない。
「ソラ君の筆記は良くできていたよ。学年上位一桁に入る。けれどね。」
やっと口を開いたと思えば、笑みを浮かべるハルドは途中で切ってソラと目を合わせる。ソラの背筋に力が過度に入り、今にも筋肉が悲鳴を上げそうだ。
「実地試験で、君は他人をやり過ぎな程傷つけた。」
「それはあいつらが奪いに来たから!正当防衛です!」
ハルドから投下された評価に、真っ向から食いかかると、
「勿論、正当防衛だろうとは理解したよ。テル君を背中で隠すように魔術を使った。だけど、殺し合い不要な試験であれは如何なものか、と職員会議の議題に上がった。」
あくまで笑みはそのままのハルドに、自分が頭に叩き込んだ実地試験の注意事項を思い出しても、やはりそのような記載はない。ソラは、強く出る。
「傷つけ過ぎてはいけないなんて、そんな禁止事項はなかった!」
「1年生は、あまり魔術ができない『筈』だからね。今までそうなる心配はなかった。けれど、君はサークルでの練習の成果を目立つ方向に発揮してしまった。」
ハルドからの指摘に、ソラの瞳は極限まで開いた。『目立つ』ってそんなに駄目なことなのか?テルが傷つけられたように、それはこちらの不利益に働くのか?だったら、俺は誰とも関わらない方が、テルの為になるのではないだろうか。
「め、目立った…?」
ソラの膝に、迷惑そうなケルベロスが前脚を乗せてきて、その痛みに耐えていると声が大きく出せない。
「うん。良くも悪くもね。団体行動はあまり目立たない方が事が上手く運ぶ事は多い。まあ、会議では俺とラドが君を庇った。奪取しようと迫る相手を返り討ちしていた君と、戦闘意志のない相手を騙し討ちして殺そうとした2年生ならば、2年生が『危険』という結果になった。」
「待って下さい…そんな。俺は、テルを守ろうとしただけで、その2年生と一緒じゃない…」
教師に庇われる程の重大な事をしたという衝撃と、会議中の比較対象の悪さも相まって、ケルベロスの右の顔に抱きついて、必死に高ぶる心を抑え込むソラ。ケルベロスの真ん中の顔にその腕は噛まれて、ソラは慌てて離す。
「分かっているよ。ただ、今回の件はこれで落ち着いた。彼に関しては、『魔術力剥奪』が行われる。」
「剥奪なんかできるんですか…?」
立ち上がってケルベロスを退かすハルドは、ソラの目を覗き込みながら聞いた事がない言葉を小声で言ってきた。
「できる。されたら、この生涯2度と魔術が使えなくなる。良いかい?次も庇ってやれるかは分からない。だから」
「大人しくしてろって事ですね。」
最後まで聞かなくても分かる。ソラがキッパリと言い切ると、盛大なため息を吐くハルドが、ソラの頭を引っ叩いた。当たり前だが、午前中のよりも激痛で頭を両手で抱えるソラ。頭がかち割れるかと思ったくらいだ。
「今日2回目だね?正確には昨日と今日の1回ずつか。俺が言えた事ではないかもしれないが、人の話は最後まで聞くんだ。」
ハルドに怒られている筈だが、ソラから笑いが溢れる。
「先生も人の話を聞かないんですか!」
「そうだよ、それでリティに怒られたばかりさ。」
やれやれと肩を竦めるハルドに、ソラは我慢できずに腹を抱えて大笑いする。
「俺に注意できないですね!」
「そうだね~。でもそれだと困るな。折角、鍛えてあげようと思っているからさ。」
一緒になって笑い出すハルドに、ソラは首を傾げた。
「え?鍛える?」
「ソラ、どの業種でも、その道に長けている者は不用意に他人を傷つけないのさ。中途半端だから、その先に起きる悲劇を理解せずにやらかす。」
スッと笑いが消えた真顔を向けられ、
「…俺がそれだけ愚かだと。」
この圧力に抗う事はできず、ソラも笑う事をやめた。
「分かっているじゃないか。ここに滞在できるのはあと数日もないが、君とテル君は集中的に魔術練習させるよ。他の子は個人の自由だ。」
「テルがちゃんと練習するかは、分かりませんよ。」
ハルドの提案はソラにとって有り難かったが、轟牙の森での練習をあまりやらなかったテルにさせられる気がしない。
「できるさ。あの子はとても良い子だから、君を1人にはさせないさ。」
「俺は人質ですか?」
この発言では、ソラを鍛えたいと言うよりもテルを鍛えたいと聞こえて、ムッとするソラ。
「それはないよ。ただ、誰よりもテル君と近しい君を彼は見捨てないってだけ。」
「ほら、人質みたいなもんじゃないですか…」
言い換えられても、同じようにしか聞こえない。できるなら一対一で練習がしたい。その方が魔術を覚えるのは格段と早くなる。
「楽しみにしていてよ。今よりも成長させてあげるから。」
また笑顔を作るハルドに、ワシャワシャと頭を雑に撫でられて、ソラの髪がボサボサになった。




