273, 少女は張り上げる
時折、結界が張り巡らされた家から出ようとするセイリンとディオンを引き止める事に骨が折れた。何としても、彼らに魔法での戦いを見せるわけにはいかない。リティアは、懸命に食事からお菓子作りまでして、引き止めていた。料理をした事がないソラには、包丁を使わないで良い生地作りをしてもらい、アップルパイまで焼いた。作っても作ってもケルベロスがつまみ食いに来て、テルとの攻防が始まると、かけっこが始まってセイリンもディオンも巻き込まれていた。時間稼ぎはしっかりできたと、リティアは密かに確信していた。だって、
《町に帰ってきたみたいだよ。良かったね。》
ロゼットが、こうやって教えてくれていたから。胸が高鳴ると同時に、怪我の状態が心配になる。扉を叩かれる前に会いに行った方が良いのではないだろうか?洗い物をソラに頼んで、扉を開けると、3人が向かってきている姿が目に映る。居ても立っても居られなくなったリティアは、家を飛び出した。まずはハルドに寄りかかるリーフィを、次に隣のハルドを抱き締めると、精霊が2人の身体の中に吸い込まれていく。ラドも抱き締めようとしたら、スパッと断られた。無事に帰ってきた3人を、
「昼食にしましょう!いっぱい作ったんです!」
全力の笑顔で家の中に誘った。
武装したままの家の中の2人には1度脱いでもらってから、教師達と一緒にキッチンの椅子とテーブルをリビングに運んでもらって、全員で昼食を摂る。卵はリティアの隣にあり、時折中から音が聞こえていた。食事の合間に振り返りながら話を聞いていた。
「では、追い払ったのですね?」
「あと少しだったのですが…申し訳ございません。」
魔獣が南下して行ったと聞いて胸を撫で下ろすリティアに謝るのは、キッチンのテーブルで食事をしていたラド。カトラリーをテーブルに置いて、わざわざ頭を下げてくる。
「本当にごめんなさい。僕が気を失わなければ首を落とせたのに…。」
「フィーさん、ご無事で何よりです!」
そして彼の前に座るリーフィの背中が丸くなり、リティアは慌てて声を張り上げた。リーフィの隣に座るハルドが、小さくなったリーフィの頭を軽く撫でると、
「とりあえず町に降り立つ危険性がなくなったから、この話は少し置いておこう。」
「カノンの事を話して下さいますね?」
話を切り出し、スープに口をつける前のセイリンが鋭い眼差しを彼へと注ぐ。
「そうだよ。リーフィは知らない話だと思うから、このまま食べていて良いからね。」
「は、はい…」
真剣な表情になったハルドがリーフィに優しくしていて、リーフィも嬉しそうだ。カノンの事も知りたいが、リティアは2人の間に何があったのかも気になった。
「カノンちゃんの心臓が『魔力枯渇』を起こして、今は眠りについているんだ。魔力注入の為に、今は王都にいる俺の知り合いの魔法士達に預けているよ。」
「魔力枯渇…?」
さらさらと説明をするハルドは、しっかりと何を言うかを考えてきたのだろうと思う程に端的にまとめられていた。しかし、テルが首を傾げたので、
「カノンさんの身体の中にあった石が白濁したのですね。」
「そういう事。魔力注入がかなり大変らしくて、当分帰ってこれないけど…。」
リティアが代わりに補足すると、本当に他の人に任せましたとでも言わんばかりに、肩を竦めるハルド。
「折角、ハルドが服やアクセサリーを山ほど贈ったんだがな。」
「…ハルド先生、かなり甘やかしてません?」
ラドが鶏肉を口に運びながら鼻で笑うと、セイリンの呆れた声がハルドを刺しに行く。
「良いんだよ!可愛いカノンちゃんを甘やかして何が悪い!その為に卓上鏡も買ったんだから!」
珍しく声を張り上げるハルド。カノンが楽しく過ごしていた事を容易に想像できて、皆が和んだ。
「そのお人形は、愛されているんですね。」
「え、フィさん、何で人形って思ったの?」
やり取りを静かに聞いていたリーフィから笑みが溢れ、テルは再び首を傾げた。
「話を聞いていれば、分かります。」
「ある程度の知識があるなら、分かるだろうね。」
リーフィが当然のように答えれば、ハルドが笑顔をリーフィに向ける。
「…精霊石でよろしければ、後海底から持ってきますよ。」
「これは頼もしいね。ただ、まずはゆっくり休んでからにしてほしい。」
耳を赤くしたリーフィが俯きながら提案すると、その笑顔のままでまた頭を撫でるハルド。凄く距離が近い。リティアの目は2人に釘付けだ。ハルドは勿論だがこちらに気がつき、軽く手を振ってきた。
「カノンは、待っていればまた会えるのですね?」
「会える、絶対に。」
セイリンが拳を握り締めながらハルドに確認すると、彼は力強く頷いた。
デザートのアップルパイも全て完食したラドが、
「町の外で、魔獣でも狩ってくる。」
なんて言うもんだから、食事中のセイリンとディオンの目が輝く。自分も行きたい、と。だが、ストレス発散したいラドからしたら、この2人は邪魔だ。
「今日の夕飯に、バーベキューはどうだい?食べ終わったら、必要な物を結構買うから人手ほしいんだけど。」
「俺もか?」
ハルドは気を利かせて、ソファに座って食べている子ども達に声をかけたというのに、反応するのはラド。それを知らない子ども達の目が輝く。特にリティアは期待に満ちた瞳で周りを見渡した。小さくため息を吐いたハルドが、
「お前は食べやすそうな魔獣を狩って解体してこい。」
ラドに、シッシッと手を動かしてリビングから追い出すと、テルがボトッとアップルパイのタルト部分をテーブルに落とした。
「え、肉は魔獣になるの!?」
「牛肉も買うけど、魔獣肉なんてなかなか食べれるものじゃないから、折角だから食べてみなよ。」
フォークのみが口の傍まで持ち上がったまま瞳が揺れるテルに、ハルドは思わず吹き出す。笑いが止まらないまま、
「リーフィは、魚をお願いできるかい?」
「はい、勿論。」
リーフィに頼むと、彼女はリティアみたく柔らかく微笑む。見れば見るほど、本当の女性に見えてくるが、魔法士団に所属している時点で世間では男の扱いだ。
「可愛い俺の生徒達は、買い物する俺の手伝いしてね。」
ラドが先に行った事で、慌てて口にかきこむセイリンとディオンの耳にしっかり届かせると、
「楽しみです!」
2人ではなく、リティアから元気な返事が返ってきた。
「リティとは約束してたからね。セイリン君とソラ君には野菜を選んでもらって、テル君とディオン君は、どこかでバーベキューのセットを借りれるかを聞いてほしいな。」
こうやって役割分担をしてしまえば、自らの意志を主張しづらくなる。本当はセイリンとのセットはソラではなくてリティアの方が喜ばれるが、リティアにはハルドの目の届く範囲に居てもらいたい。セイリンとディオンには不満そうな瞳を向けられたが、こちらがにっこりと笑顔を見せれば、食べる速度が減速していった。ハルドは食事に戻ろうとテーブルに視線を戻す時、リーフィがじーっと卵を見つめていて、
「その卵、今動きました?」
首を傾げると、
「はい!中で音がしてますよ!」
リティアが両手をパチンと叩いて笑顔を向ける。この2人のやり取りを理解できない子ども達は、互いに顔を見合わせるだけ。魔獣の誕生に携わった事がないハルドでも言わんとしている事が分かる。
《そろそろだ。》
《龍の卵であるなら、外へ出せ。家が壊れる。》
どこか優しい声の飛龍と、怒りを滲ませるケルベロスが脳内で会話している。勿論、リティア達にも聞こえるはずで、彼女の丸い目がこちらへと向けられた。ハルドが声をかけねばいけなさそうだ。
「皆、食事を途中でやめて。中庭に卵を出すよ。多分、生まれる!」
その一声で、セイリンの表情が引き締まった。