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272,教師は怒鳴る

 ラドに乱暴だが、それでも腰から地面に落とされたリーフィは、目の前に現れたラドに驚きを隠せないまま、

「ありがとうございます。」

この戦いの中で丁寧に頭を下げた。ラドは彼に一瞥も与えずに、地面に足をつけたガルーダへと飛び込む。ガルーダは再び口を開いたが、まだ蛇が押し込まれていて、炎が喉で燃えるだけで事が済んでいる。ハルドは、リーフィの身体に火傷がないかを目視するが、全く何処も焼けていない。あの蛇が半身なら人体が傷を負うはずだが。

「ハルドさん、立ち上がれますか?」

律儀にも手を差し伸べる彼に甘える形で、ハルドはやっと立ち上がることができた。

「怪我してないかい?」

「はい、ハルドさんのおかげでまだどこも。」

聞いてみても、痛みを隠している様子もない。本当に火傷していないようだ。

「そうか。それは良かった。」

ハルドはそれだけ言うと、地面に転がった飛龍牙を風で手元に引き寄せる。ラドの攻撃はガルーダと同じ性質の炎の為、ほぼ効かない。だが、あいつは何度もその焔龍号で突いている。飛龍牙を飛ばしたハルドにリーフィが声を掛けてきて、

「ガルーダを海岸まで誘導して下さい!海水を噴き上がらせます!」

気の弱い彼が、いっちょ前に意見してきた。ハルドの口角が自然と上がる。まるでリティアの成長を見ているかのようだ。この短時間で、彼もまた成長し始めていた。

「ラド!聞こえたか!ガルーダを海に落とすぞ!」

「ああ!」

ハルドが声を張り上げると、ラドも返事をして攻撃位置を徐々に変えて、ガルーダの身体の向きをずらしていく。ハルドも飛龍牙を操り、できるだけガルーダの右側の胴体を掠らせて、ガルーダの興味を誘導していった。そのハルドの後ろから駆け出したリーフィは、誰よりも先に崖に近づいて海面を確認すると、そのまま飛び降りる。それに合わせて、ガルーダの口の中に詰まっている蛇が肉片を咥えたまま飛び出した勢いで、ガルーダは吐血しながら前のめりになった。その背中の片翼をハルドが斬り落としに飛び上がったところで、ガルーダの黒い靄の蛇が首に巻き付く。もがくガルーダの足元を攻撃しているラドは後方へ飛び退き、ハルドも揺れ動く背中に攻撃を入れる事が困難になってくる。飛龍牙を引き寄せて振ってはみるが、掠りすらしない。

「ハルド、退け。」

「ハイハイ。」

ラドがハルドの代わりに、その背中目掛けて飛び上がり、その足を魔獣の物に変化させてから空中で回し蹴りを1発お見舞いした。ズボンが破れる程に太くなった魔獣化の足の力は相当なものであるようで、ふらつくガルーダを崖から落とす事ができた。黒い靄が外れて、ガルーダの首が自由になると、長らく吐き出せなかった炎を下方に向かって放出し、片翼を懸命に羽ばたかせて体勢を整えようとしたその瞬間、炎を全て飲み込む程の巨大な水の柱が突出してきて、その水流にガルーダも飲み込まれる。身体を覆う炎が消え始めたが、この激流にハルド達は手を出す事すらできない。水を扱っている本人がようやくガルーダの胴体に辿り着き、その大爪で斬り刻む。首へと爪を伸ばした途端、水が一瞬にして消失した。力無く落下するリーフィ。ハルドは風を起こし、彼を迎えに…

「リカーナァァア!!!」

ガルーダは雄叫びと人の声が混ざったような地響きのような低い声で叫び、気を失ったリーフィにその凶悪な手を伸ばす。その名を耳にした事で動揺したハルドは、一瞬軌道がぶれて急いで持ち直した。どちらが先にリーフィを捕まえるか、競うように海面目掛けて降下すると、海面から白い岩肌の鯨達が口を開いて待っていた。下手するとリーフィを傷つける危険を承知でハルドが飛龍牙を彼に投げつけ、その機動力からもガルーダの手よりも近づく事ができた。すぐさま飛龍牙と入れ替わってリーフィを抱えて、もう一度入れ替わる。後は飛龍牙を手元に戻し、崖の壁面へと飛龍牙の尖端を突き刺してその場に留まると、勢いを止められないガルーダだけがそのまま落下する。ガルーダは空腹の鯨達との攻防の末、全身から緑色の血を流しながら南へと姿を消した。


 崖上へと戻ったハルドは千切れたブレスレットを拾うと、リーフィに魔力を注入しながら抱きかかえて帰路に就く。異空間から取り出したズボンに履き替えたラドも斜め前を無言で歩いていた。

「リティかな?」

「ああ…御二方だ。」

ラドのそれだけで理解したハルドは、

「そうか…仕方ないね。とりあえず、あれだ。助かった。」

「…殺せなかった。」

リーフィを助けた礼を伝えたが、ラドは珍しく俯く。ガルーダが一族の汚点といえど、ラドとは血の繋がりすらないというのに。

「そうだな。また、機会はくるさ。」

ハルドがそこで話を切ると、魔力がある程度戻ってきたリーフィがゆっくり目を覚ます。

「お目覚めかい、お姫様。」

その身体を細さを皮肉っぽく言ってみると、思っていた反応と異なる表情が返ってきた。

「え、へ?姫?」

挙動不審に両手を動かしながら、リーフィはポッと頬を染めた。最終的に頬を押さえる両手。これは…

「大の男が女扱いされているのに、恥ずかしくないのか?気持ち悪いぞ。」

ハルドが何かを言う前に、彼を蔑むラドを反射的に後ろから蹴り飛ばした。不意打ちだったようで、あまりにも無様に焔龍号を放り投げて土に手をつくラド。

「ラド!彼は、いや、彼女は生物学的に言うなれば『無性』だ!心は女性に近いのだから失礼な事を言うんじゃない!」

「…はっ?」

肘をつくラドをハルドが怒鳴ると、ワンテンポ遅れて首を傾げてきた。見るからに全く理解できてなさそうだ。このやり取りを見ていただけのリーフィはハルドの腕の中で涙ぐみ、

「も、申し訳ございません。出来損ないなんです。」

「そんな話は1つもしてないけれど…。ただ君を叱らなくてはいけないね。」

何に謝っているのかが分からない発言をしてくる。そんな彼を、彼女を見下ろして、

「二度とあんな捨て身の攻撃をしてはいけない!!博打にも程がある!」

怒ると、頬を手で覆ったままのリーフィの目が丸くなった。

「俺達よりも力が弱い君は、どうしても不利になる!同じように戦えると思わないでくれ!死んだら元も子もないんだぞ!」

リティアがもし近くにいたら、と思うとゾッとする。目の前で仲の良い存在が『また』死んだら、次こそ彼女の瞳は何も映さなくなるだろう。丸い目のままのリーフィは、ハルドをじっと見つめて唇を震わせる。

「そ、そんな風に怒って下さる方は、ハルドさんが初めてです。怒られているのに、なんか嬉しいんです。」

ツーッと涙が頬を伝い始めたリーフィは、純粋な笑顔を浮かべてくる。これは、相当虐げられてきたと確信できた。リティアと似たような境遇に置かれていたのだろう。

「…こいつ、何言ってるんだ?」

「お前は黙ってろ。」

変な物でも見たかのような目を向けるラドに、ハルドは鋭く睨むと、

「怒っているハルドさん、とても格好良いです。」

リーフィの瞳が輝く。そこまで元気になったのならば降ろすか、と屈めば、ふらふらしながらも自力で歩き始めるリーフィ。仕方ないので腕を貸すと、恋人が寄り添うみたいな構図になった。

「そいつ、本当に大丈夫か?」

「まあ、趣向は人それぞれだから。うん。」

引き気味のラドと、彼、否彼女を見比べて、ハルドは苦笑する。どうも、自分に寄ってくるのは愛に飢える人間が多いようだ。出会ったばかりの頃のジャックや、ラドの眼差し、カノンの縋り付く姿。そして、リティアよりもテルの泣き顔が鮮明に脳内を巡る。そして隣の彼女か。リティアの為に使えるようになるならば、いくらでも与えよう。

「ハルドさんの仮面を見た事があるのですが、もしかしてティアちゃんがずっと床に臥せていた頃にいらっしゃってますか?」

突然のリーフィからの質問に、ハルドは彼女から目を離せなくなる。一部の人間しか入室許可が下りなかったあの部屋で出会ったというのか。そうなると、

「前髪が異様に長かった侍女だね?」

ハルドからの確認に、彼女はコクリと頷いた。

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