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268,少女は戸惑う

 今日こそは魔獣と戦おうと意気込んで階段を降りると、リビングに赤毛混じりのアッシュの髪を持つ見知った顔がソファで寛いでいる。しかも銀色の大きな卵を片手に抱えて。その存在にセイリンの胸が密かに高鳴った。勿論だが、相手もこちらに気が付き、

「何をしてる?」

「それはこちらの台詞です!突然現れて、怖いではないですか!」

気怠そうにこちらに顔を動かさずに視線を向けるラドに、ムッとしたセイリンは大股でソファまで近づくと、大きな卵が震えているように見えた。

「2時間前からここで休んでいるから、突然ではない。」

「そ、そうですか。ハルド先生は、ご一緒ではないのですか?」

駄目だ、会話にならない。大欠伸をかくラドに別の話を振ると、

「リティア君とリーフィを連れて外に行った。」

答えてはくれたが、『何処に』連れて行ったのかがない。こういう部分で話し辛いのは、今に始まったことではないではないのだが、

「カノンもハルド先生と一緒に外ですか?」

「その件は、ハルドが帰ってきたら改めて話す事になる。」

この言葉にセイリンは戸惑った。カノンは一緒ではない、それだけでなく、何かがあった事を意味しているのだから。意識していなかったが、セイリンの手が震える。一緒に来たがっていたカノンに何があった?ラドは、見るからに答える気がない。

「きっと何があったかをこちらが当てたところで、ラド先生は言ってくれないのでしょうね。」

「…当てても仕方ないだろ。暫し待て。嫌でも今日中に知る事になるのだから。」

セイリンが肩を落とせば、寛いだままのラドがため息を吐いてから、

「その話は置いておけ。話が進まん。」

手をひらひらと動かしてきた。カノンの事を何だと思っているのか。セイリンも彼を真似るようにため息を吐いてから、

「今にでもテルを叩き起こして、言ったら泣き喚きますよ。その騒音を我慢できますか?」

「やめておけ。俺は大丈夫だが、我慢しきれなくなったお前もソラ君もキレるだろう。すぐに知ったところでお前達には何もできん。」

脅してみたが、見事に自分に跳ね返ってきた。確かにテルに至近距離で騒がれたら、長くは我慢が保たない。救う事ができなかった少女を思い浮かべながら膝をつき、

「ああ…可哀想なカノン。」

両手で顔を覆うと、ラドの長い脚で顔を蹴られそうになり、慌てて仰け反る。彼の瞳は冷たくそして鋭く細められ、

「勝手に喚くな。彼女に失礼だ。」

「…え?」

カノンについて興味がないように話していた彼から出た言葉とは思えず、セイリンは反応に遅れた。

「お前の主観で相手の幸不幸を決めつけるなと言っただけだ。迷惑だ。」

「…。」

こちらを見下ろすラドから目が離せなくなる。彼から放たれた言葉は、カノンの事を言っているようには思えなかった。ラドの断片に触れたような触れていないようなもどかしさに襲われるセイリン。気がついたら彼へと手を伸ばしていて、慌てて手を引っ込める。怪訝そうにするラドの片眉が上がったが、

「とりあえず両手を開け。」

彼に言われた通りに大きく両手を開いたら、ソファに座らせていた卵を投げつけてくる。反射的に落とさないように抱き締める。中で何かが動いているのが、振動で腕に伝わってくる。勿論だが、このサイズの動物の卵は存在しない。という事はそういう事だ。

「な、何で魔獣の卵を私に!?」

「それをどうするもお前の自由だ。」

卵を押し返すと、上から来る靴裏で卵を押さえられた。セイリンが鍛えているといえど、純粋な力では男に勝てない事くらい理解している為、とりあえずは卵をもう一度抱きかかえる。

「お前の嫌いな魔獣だろ?手も足も出ない状態のそれを殺しても良いんだぞ?可哀想とは思わないだろう?」

「そ、そんな事をするわけないではないですか!赤子殺しをさせるおつもりですか!」

フッと歪んだ笑みを浮かべるラドに、反抗するセイリン。人間で言えば、まだ親の腹にいるべき子どもだ。それの首を折る事なんて、セイリンにはできない。

「ほら、軸がぶれた。」

次に向けられる冷めた瞳。ここでやっと、セイリンは試された事を理解する。次に口を開くのはセイリンではない。彼だった。

「それは『魔獣』だ。大きくなれば、人間を害するのだろう。お前は何を言っているんだ?」

「あ、貴方は…」

以前ヒメと会わされた時を想起させる発言。そうだ、魔獣は人を捕食する。それをこの目で見てきたのだから、よく知っている。だが、あの不憫な子猿に引導を渡したのは私達だ。セイリンは言葉に詰まり、ただ彼を見上げるだけ。

「自分の発言を顧みるんだな。それは、すぐには孵化しない。」

それを最後に、彼はリビングを出て行く。セイリンは、ディオンが降りてくるまでその卵を抱えて涙した。


 仮面をつけたハルドは、リーフィの猛攻を余裕で避けていく。飛龍牙を剣と盾の代わりに扱い、リーフィの大爪を弾いていた。時折発射される黒い蛇も、ハルドの風の刃で斬り刻まれていく。

「面白いねー、それどうしたの?」

「い、た、だきもの、です!」

ハルドの問いかけに、息を切らして答えるリーフィ。圧倒的不利でも諦めないで、風に乗って空へと駆け上がるリーフィを見て、ハルドは目を細める。

「頑張るねー。偉い偉い。」

次の瞬間、足元を風で掬われてリーフィの身体がバランスを崩して地面に落下した。背中から落ちて痛みに歯を食いしばるリーフィは、すぐに立ち上がってもう一度立ち向かう。

「君は、あまりにも戦闘経験が少ないようだけど、その武器を貰えるだけの事はしていたんだよね?」

「…、わ、かり、ません。ただ…」

空から風の刃を降らせるハルドの攻撃を避けながら、リーフィはじわじわと距離を詰め、

「ただ、リデッキ様、の期待に、応えたい、です!」

大穴から噴水の如く海水を噴き上がらせた。水飛沫を浴びたハルドの一瞬の隙をついて、リーフィが水の柱を駆け上がってハルドの首に抱きつき、片手を頭に、もう片手で肩を引き裂こうとする。突然父親の名を聞かされたリティアは、揺れ動く瞳で2人を見守る事しかできない。振り払おうとするハルドの腕に、蛇を巻き付かせて動きにくくさせたが、

「下がお留守じゃないかい?」

素早くハルドが蹴り上げた。しかし、リーフィは痛がる素振りもなく、足が入り込んできた股の間を締め、ハルドを固定する。

「…まさか、ついてない?」

「ティアちゃんの前でする話ではありませんので!」

リーフィは再び水を噴き上がらせると、水の柱の中へと引きずり込む。泡を口から吐き出すハルドの抵抗を受けながら、泡を身体に纏うリーフィは真っ逆さまに海へと落ちていった。これには、動揺していたリティアも慌てて崖下を覗きに行ったが、2人の姿が見えない。崖から降りる事は危ないので、大穴から降りようとロープを持った時、

《娘よ、急ぎ町へ戻れ。》

水龍の声が脳内に響き、スカートのポケットから飛び出してきたロゼットが緑色の人間のシルエットでその姿を現す。

《良くない者がここを通るから、飛ぶよ!》

風で籠を引き寄せ、リティアを抱きかかえ、彼は崖から落ちた。海面が近くなると、水中で戦う2人が見えた。声をかけようと口を開けると、水飛沫が上がって口に入る。

「ロゼットさん!?」

「え、この精霊の集合体がロゼットなのかい?」

海から飛び出してきたリーフィが武器を仕舞うとリティアに手を伸ばし、ハルドが訝しみながら緑一色のロゼットから籠を受け取る。

《俺の事はどうでも良いから、急いで!右瞼に傷を持つ飛行型がくる!》

「ガルーダか!」

ロゼットの言葉にハルドが歯軋りを立てて、リーフィの腰に手を回した。その後は、目が乾き、何も視界に飛び込まない程の速度で飛び、町の近くの砂浜へと降り立った。残されたロゼットは、ちゃっかりリティアのポケットに戻ってきていた。

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