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267,少女はしがみつく

 ガタガタと震えるリーフィに向けるハルドの眼差しに、一度はリティアも怯んだ。しかし、自分のせいで巻き込まれたリーフィを責めさせるわけにはいかないが、

「た、大切なリティア様を危ない目に合わせて申し訳ございません…」

「そんな下らない言葉は不要だよ。リティだけじゃない、君は町全体を殺そうとしたんだから。」

深々と頭を下げたリーフィを見下すハルド。堪らずリティアは、この至近距離で声を張り上げ、

「フィーさんは、懸命に戦って下さいました!フィーさんがいなければこの討伐は成功しませんでした!」

応戦をするが、彼はまるで子どもでも宥めるような眼差しをリティアに向けてくる。

「リティ…。リルがつけたリティの護衛だよね?リグから聞いたけど、あのリゾンドの三男だったようで。リティを害する理由は十二分にあるわけだ。」

「そ、それは…。その…」

それに比べて何度もリーフィを刺しに行くハルドの視線に、リーフィはどんどん縮こまっていく。ハルドからリーフィを隠す位置までリティアが横移動し、

「いい加減にして下さい。フィーさんの事を何も知らないハルさんに、その件で傷つける資格はありません。」

「リティ、昔馴染みであろうと人は変わる。彼に良いように扱われているだけである可能性があるんだよ。」

反論すると、ハルドに手で退けられながら憐れまれた。この間、ずっと静かにしていたラドは、珈琲をおかわりを自分で入れている。

「フィーさんは、誰よりもお優しい方です。お披露目会のあの時、私を罵った叔父様の後ろで私の為に涙を流して下さったのです。そのような方が、他人を騙す事をするはずがありません。」

「信じたい気持ちは分かるけどさ…。」

それでもやめないリティアを見て、ハルドが呆れ返って後頭部を掻くと、蚊の鳴くような声で、

「ティアちゃん、ごめん。僕のせいで君が危ない目に会ったのは覆らない事実で、お父さんの子どもである事も覆せない事実だよ。叱られるくらいで終わるなら、ハルドさんはお優しいんだよ。自分の主を守れない無能は、斬り捨てられておかしくないんだから。」

「フィーさんは無能なんかじゃありませんっ!」

リーフィが泣き始めて、リティアは慌てて屈んでリーフィから溢れる涙をハンカチで拭う。拭っても拭っても全く止まらない涙に、ハンカチは萎れていった。リティアが、リーフィの隣に座り直して肩を抱く形になれば、まだ謝ってくるリーフィ。

「はぁ…この怒りの矛先を何処に向ければ良いのだか。こういう性格の人間と巡り合うのは、最早俺の宿命かい…?」

ハルドは肩を竦めてから盛大なため息を吐いて、

「君は、いつ頃魔法士団に入団した?今までどうやって鍛えてきたんだい?」

そう質問すると、彼もソファに腰掛けた。リーフィはブルッと震えながらも、

「こ、今年に入ってからです…。入る前は、ずっと母と一緒に刺繍作家さんの手伝いをしておりました。」

「…え?待って、サンニィール家でありながら、君は戦闘経験が少ないと言う事かい?」

頑張って答えると、ハルドは呆気にとられた。「は、はい。母が亡くなってから…父に無理やり稽古させられていただけです。」

「なんてこった!リルも、よくこんな未熟者をリティの護衛につけたものだね。何も起きないと踏んだのかな…。」

リーフィからポツリポツリと語られる言葉に、ハルドはシワが寄った眉間を人差し指で押さえた。恐る恐る顔を上げて相手の表情を確認したリーフィは、

「申し訳ございません。お話を頂いた時から、こんな出来損ないでと鍛錬に精を出したつもりでしたが…役立たずは直りませんでした。」

本日何回目か分からないが謝罪の為に頭を下げた。ここでラドがやっとこちらに視線を送り、彼がふぅーと息を吐くと、炎の渦が飛んできてリーフィの髪を少しだけ燃やす。これに驚いて恐怖したリーフィが顔を真っ青にして、リティアを自分の背とソファの背の間に引き込む。

「彼女は渡さない…!!」

その叫びに共鳴するかのように黒い靄がリーフィから溢れ出して、漆黒の大蛇がラドに喰いかかると、ハルドは愉快そうに笑みを浮かべてラドを観察し、当の彼の顔が『ガア』に変化して大蛇の頭を灼熱に襲わせる。しかし、大蛇はその熱から逃げる事なく、ラドの首に喰い付いた。

「ラド、遊ぶなよ。」

喰い付かれたまま動かないラドに、ハルドが笑う。リティアは何もできないまま、リーフィに隠される形になっていた。

「最初の勢いこそ良かったが、途中躊躇したのは何故だ。毒牙が消えただろう。」

「ティアちゃんを泣かせたくないので、貴方方と殺し合いをするわけにはいきません。」

ラドの普段と変わらない声調に、リティアが背中に触れていて感じる震えを起こしながらも対峙するリーフィ。

「温いな。」

「どうぞ、いくらでも罵って下さい。僕の命を捨てて守るべきは、唯一無二の主であるティアちゃんです。」

ボワッとリティアの狭い視界が赤く明るくなったが、リーフィは避ける事をせずに今の体勢のままその炎を顔に浴びた。ジュッと焼ける音がして、リティアはリーフィの背中から這い上がる。リーフィの肩の上から顔を出せば、頬が焦げている。

「ここで殺されるかもしれないだろ?」

「ティアちゃんを案じている者が、彼女の前でするわけがありません。」

ラドが顔を戻せばこちらを見比べている。そんな彼を見据えるリーフィは、己の大蛇が2本3本と分裂させ始めると、

「両者、そこまで。刃を納めるんだ。」

大風を吹かせるハルドが止めに入った。大蛇の身体が風に煽られリーフィの方へ返ってきて、ラドは風に持っていかれないように上体を屈めて耐えている。大蛇がリーフィの身体に吸収されてから、リティアはその焦げた頬にそっと触れて治そうとすると、黒い鱗が一瞬現れて頬を完治させてしまった。

「…リティを守ろうとする姿勢は見させてもらった。だけど、足りない。あまりに実力不足だ。」

「御尤もです。」

完全に棘が抜けたハルドから指摘をされて、リーフィは再び頭を下げる。スルッと挟まりから抜けたリティアの瞳に映るのは、先程とは異なる穏やかな表情のハルド。ラドは変わらずという感じだ。

「この夏は鍛える人間が多くて大忙しだ。ラド、実力差を見せてくるから、子ども達が起きたら相手してて。カノンちゃんの話は彼を稽古してからだ。」

立って、とハルドがリーフィに促せば、リーフィが慌てて立ち上がり、すかさずリティアもリーフィにしがみつくように立ち上がる。

「リティは、お留守番。」

「いえ、お茶と軽食を持ってついていきます!フィーさん、急いで用意しましょう。」

ハルドがやれやれとこめかみを指で抑えたが、リティアは構わずリーフィを引っ張ってキッチンへと連れて行く。

「本当に成長したねー。」

リビングから出て数歩行ったところで聞こえたハルドの呟きは、リティアの耳に長らく反響した。


 この前の大穴の内部をハルドに見てもらってから、その付近で朝食を食べる。ハルドが異空間からシートを取り出してくれて、3人で向かい合う形で座った。

「それで、リティはここで見学するのかい?」

「はい、勿論。フィーさんが頑張ってくれているところを記憶に残します!」

ハルドの質問に、サンドイッチを頬張りながら答えるリティア。その隣でリーフィがお茶を口から吹きこぼした。

「は、恥ずかしい…」

「そこはしっかりしないとー。」

耳まで赤くなったリーフィの服を、いつも通りに戻ったハルドがハンカチで拭う。端から見ると、面倒見の良い兄が世話している形だ。ハルドは、こういう立ち位置が多いのだろうなと、リティアはぼんやりと思っていると、

「軽く胃袋に入れたら、すぐ始めるよ。食べ過ぎると戻すだろうからね。」

サンドイッチを1つしか食べていないハルドが立ち上がって、何もない空間の精霊達をぐりゃりと歪ませて飛龍牙を取り出す。リーフィも慌ててサンドイッチを飲み込もうとして…

「ぐふっ…」

詰まらせたのか、リーフィは苦しそうに胸を叩き、ため息混じりにハルドから平手打ちが飛んでくる。背中を良い音出して叩かれて、リーフィは無事に詰まらせた物を吐き出した。

「君は、子どもかい?」

「い、いえ!3月に、20歳になりました!」

既に呆れているハルドに、顔が赤いままのリーフィが訴えると、ハルドは盛大なため息を吐いた。

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