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261,少女は爆発する

 柔らかい風がリティアの髪を靡かせながら踊り、

「こらこら、いくらなんでも怖いよ。リーフィお姉さんは過保護だね。」

「お姉さん…?」

精霊人形ロゼットがリーフィに向けた言葉で、リティアは首を傾げた。性別のないリーフィに敢えて『女』としたロゼット。その言葉を聞いたリーフィは不愉快そうで、

「僕は男でも女でもない、人間として不完」

「卑下は駄目って言ったよね。俺は外見の性別に囚われない人形だから、君の心の有り様が女性寄りである事は見れば分かるよ。」

自身に向けての棘のある言葉を吐き捨てようとしたところ、突然ロゼットの真剣な顔が目の前に現れた。これにはリーフィも腰を抜かして、咲き乱れている花の上に尻餅をついた。悪戯が成功したかのように笑うロゼットは、身体を象りながら、

「リティア、リーフィが一緒にワンピース着たら嬉しいかい?」

「はい!!フィーさんが楽しく過ごせるのでしたら私は嬉しいです!」

リティアに話を振ってきたので、リーフィの心を肯定する為ならば、と笑顔で答える。だが、ゆっくりと立ち上がるリーフィの表情は、明るくならない。

「…うーん。僕がそんな格好したら、気持ち悪がられる。」

「仕方ない!リティア、想像してごらんよ。リーフィのワンピース姿。」

悪戯っぽく笑うロゼットに促される形で、リティアは裾部分に刺繍が施された生成り色のワンピースを考え始めると、目の前でリーフィの服が想像した物に変化した。してやったと表情を浮かべるロゼットがリティアの頭を撫でようとして、リーフィの大爪が飛び出す。彼は、その攻撃をスルッと躱して

「俺に怒ってもねー、考えたのはリティアだし?」

「え、あっ!ごめんなさい!」

笑っていて、リティアが慌てて謝った。それにリーフィの瞳が大きく開き、

「いやっ!?こちらこそごめん!」

リーフィまで謝ってくる。その困らせてしまったリーフィに、リティアが恐る恐る尋ねると、

「フィーさんは、あまり好みじゃないですか?」

「…可愛いよ。元々、刺繍が広がるスカートは好きだし。でも、この姿では歩けない。」

スカートを広げて、リティアが急拵えでイメージした刺繍を見せてくれるが、暗い表情のリーフィ。ラップスカートは、リーフィからしたらギリギリのラインなのかもしれない。

「そうですか…残念です。」

どこか期待していたリティアの心も俯き始めて、この森でシトシトと冷たい雨が降り始めた。リーフィが驚いて空を見上げ、ロゼットが小さくため息を吐く。

「リティア、君は悪くないよ。これはリーフィが他者から向けられてきた目への怯えだからね。」

ロゼットのやや低めの声が響き、リティアにもリーフィにも緊張が走る。くるっと身を翻したロゼットの姿は風となり、集まっていた緑色の精霊が一気に散っていき、

《今後、彼女を泣かせたくなかったら自分が何をしたのかをその頭で考えて。何で、守りたかった笑顔を壊してしまうのさ。》

脳内に彼の声が届き、リティアの森が眩しく光り始めた。空が崩れる、地面が消える。リティアは落下する事なく、平衡感覚が物言わない状態で眩しさで何も見えない空間に投げ出される。

「…僕が傷つけたって事?」

リーフィの今にも泣きそうな声が、リティアを締め付けた。


 パチリと瞼が開くと、窓からは昇りきった太陽の光。リティアの頭は真っ白になる。ソラと約束したというのに!大急ぎでベッドを降りようと布団を引っ剥がすと、ベッドの傍にいつもの服装のリーフィがボロボロと涙を流している。右眼のダリアの花からも流れる雫をリティアはそっと掬うと、不安そうに瞳を揺らすリーフィが顔を上げた。

「ティアちゃん…傷つけてごめんね。」

「フィーさん。私、小さい頃にフィーさんと花冠を作るのが大好きでした。」

これはソラどころの話ではない。リーフィにこれ以上は謝らさせないように、リティアはリーフィの両頬を自分の小さな手で包み、目を合わせる。リーフィの雫が、次々と指を濡らす。

「僕も楽しかった。同じ花、同じ色しか使わない僕と違って、ティアちゃんの花冠はカラフルで色んな種類の花達が仲良くやってて。…羨ましかった。」

「羨ましい…ですか?」

涙を流したまま顔を歪めるリーフィに、リティアは首を傾げる。

「それはそうだよ。君は誰がどう見ても女の子だ。その姿、そしてそれらしい表現を許される。でも僕は違う。兄と共に男として育てられた事で、やりたくもない剣の稽古させられて、僕が少しでも母の手作りの装飾や化粧用品に興味を示せば、母の物でありながら、父は容赦なく捨てた。」

「酷い…」

大粒の涙と共に鼻水まですするリーフィ。リティアの手首を自分より大きな手で掴むと、リティアの膝の上に戻されて、ベッド脇のテーブルからティッシュを数枚取って鼻をかんだ。

「だから、母は僕だけを連れて家を出た。聞いた事あるよね。君のお披露目会の前日に両親は離婚したんだ。」

そして少し落ち着いたら、自身の事をポツポツと話し始めたリーフィの目をしっかりと見つめて、リティアは聞く姿勢を見せる。

「結構長く母と一緒に刺繍のお師匠さんの店を手伝いながら暮らしていたんだけど、一昨年その母が病気で旅立ってしまってさ…。それからは父に引きずり出されて、魔法士団に入団する為の稽古を休む暇なくさせられたよ。」

「それでは…今ここにいるのは、フィーさんの意志ではないという事。私のせいで振り回されているのですね。」

節々に感じるその頃と現在の心境の相違に、リティアはどれだけ無理をさせていたかを恥じる。リーフィの前で、こういう他人が聞いて気分の良くない発言はしたくなかったが、リティアはもう限界だった。リティアの手は震え、瞳からはツーッと涙が伝う。自分が魔法が使えないせいで、あとどれだけの人間に迷惑をかけなくてはいけないのか。するとリーフィの瞳が極限まで開いて、

「いや、それは違う。ティアちゃんの護衛の話がきた時、本当に嬉しかった。これだけでも、自分が頑張っていた事に意味があったと思えるんだ。」

リティアの震える手にリーフィの手が添えられる。リーフィもまた震えていた。しかし、リティアは首を横に振る。

「フィーさんは嫌だったはずです!自分が苦しんでいる中、私だけは祖母の家で守られていて、あなたを見向きもしなかったんです!そんな人間の護衛なんてっ!」

「ティアちゃんにそれは求めてない。君には笑っていて欲しいんだ。こちらの事情なんて気にしてもらう必要はない。だって、君は僕達の可愛い妹だもの。」

リーフィの顔が見えない程に涙が溢れて声が震えを帯びると、リーフィの震えた両腕がリティアの頭の後ろへ回る。リティアも手を伸ばして抱き締め、

「私だって!私だって、フィーさんに笑ってほしいんです!心から楽しいって!嬉しいって!私達は『家族』なんです!」

感情が爆発するままにリティアの思いをぶつける。こんな子どもじみた表現で届くと思えないが、もう止められない。

「私はフィーさんの『妹』なんでしょう!?だったら仲良し姉妹として一緒に好きな服を着て、色々な雑貨屋でアクセサリーや小物を選んで、夕方には2人で美味しいケーキと紅茶を味わいたいのです!」

リーフィのラップスカート姿が似合っているって思っていたリティアは、もっと色々なコーディネートが見たかったが、リーフィはあのスカートしか履いてくれなかった。胸から溢れる期待を口にすれば、

「そんな素敵なお出かけを僕だってしたい…。こんな僕にも袖を通してみたい服はあるんだ。お師匠さんから譲り受けた物でね。でも今の僕にはまだ難しい。」

掻き消えそうな程に小さなリーフィの声が、リティアの耳を掠めた。

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