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259,少女はからかう

 間もなく太陽が顔を出すという頃に叩き起こされた。瞼を開ければ、全く気配を感じなかったというのに、リティアがニコニコと可愛らしい笑顔でこちらを覗き込んできていたのだ。楽しみにしている彼女の為に、起きないわけにはいかない。リビングへと降りていけば、既にディオンが珈琲を用意していた。ケルベロスはいつも通り床に転がっている。

「テルとソラは、フィさんが起こしにいっているのか?」

「はい。私は部屋に入られる前に起きましたので、珈琲淹れて待っていて欲しいと頼まれまして。」

セイリンの質問に笑顔で答えるディオンが、こちらにカップを手渡してきた。それをそのまま隣のリティアに回し、セイリンがニヤッと笑いながら、

「リティ、何でディオンを起こしに行ってやらなかったんだ?面白い顔が見れただろうに。」

「殿方の寝室に入るのは、結婚するまでやってはいけないと教えられてますから、それはやらないですよ。」

リティアをからかおうとしたら、想像していた反応と異なった。赤面して慌てるのではなく、丸い目で首を傾げる彼女。

「…問題が起きるならな?ディオン相手に起きるわけがない。」

「セイリン様、リティアさんが困っておりますよ。」

リティアの心が靡いていないぞ、とディオンを睨めば、彼はわざとらしく肩を竦めた。そこに大欠伸をかくテルと、元気のないソラが降りてくる。

「おはよ。」

「お二人共、おはようございます。」

リティアがカップを持ったまま、彼らを振り返って微笑んだが、

「ソラさん、隈が酷くありませんか?」

「それはそうだろうね。部屋に入る前からブツブツとずっと何か言っていたから、眠ってなかったんだと思うよ。」

眉を下げてソラに駆け寄ると、ムスッとする彼の代わりに後ろから来たリーフィが答えた。隣のテルが苦笑いをした途端、ソラが彼を肘打ちする。痛そうに横腹を擦るテルと、寝不足のソラを見比べたリティアが、

「で、ではソラさんの体調もよろしくない事ですし、今日は止めた方がよろしいのではないでしょうか?」

「行く。大丈夫。」

彼を心配するが、拗ねた子どものような表情を浮かべて嫌がるソラ。端から見ているセイリンからしたら、その仕草はまるでテルだ。普段はそういう兄弟としての似たところを見せないソラでも、寝不足で素が出たか、と納得し、

「駄目だ。頭がまともに動かない奴は足手まといだ。」

セイリンはカップをテーブルに静かに置いてから、バッサリと切った。後方支援をするようにディオンが無言で頷き、笑顔を消してソラを凝視する。

「うーん。どうしようか、ティアちゃん。」

言うことを聞かないソラに対してリーフィも困っているようで、リティアに視線を向ければ彼女も即答する。

「分かりました。今日はやめて明日に」

「大丈夫だ!今までだって、一睡もせずに勉強していた事もある!」

リティアが言い終わる前に、声を荒げたソラ。睡眠不足で頭が回らずに、自分の要望だけを押し通そうとするソラの様子に、テルが可哀想になるくらいに狼狽える。

「そ、ソラ、でもさ」

「申し訳ございませんが、今回の決定権は私にあります。魔獣が現れる危険性のある聖堂に貴方を連れて行く事はできません。魔獣の存在がどれ程危険か、理解なさっていますよね。」

テルが彼を説得しようとしたところをリティアが制止し、彼女はカップを持ったままではあるが、凛とした態度でソラを窘めた。

「うっ…」

リティアの正論に強く出られなくなったソラがボロボロと涙を流し始め、セイリンはテルと入れ替わっているのではないかと、何度も2人を見比べるが、テルはテルだった。ソラの態度にもリティアの態度にも驚いた彼は、コソコソとリーフィの腕にしがみついている。袖で涙を乱暴に拭うソラは、まるで齢10にも満たぬ子どもだ。そこにまるで彼の姉になったかのようなリティアがふわっと微笑み、

「けれど、今から少しでも仮眠を取ってくださるのでしたら、町の皆さんに手を振りながらとはなりますが、日の出ている時間に行きましょう?」

そう提案すれば、彼の瞳はテルのような無邪気な輝きを取り戻す。リーフィは少し考える素振りを見せてから、

「ティアちゃんがそれで良いなら、僕は良いよ。皆さん、町の人に聞かれても内部の事は言わないで下さいね。」

彼女の提案を決定に変えた。


 まず寝る事が決まってからも子どもみたいにぐずったソラは、最終的にリティアの肩を借りてソファで眠った。こうなったら、他の者は雑魚寝だ。セイリンは2人と反対側のソファで横になり、テルはケルベロスの横で転がる。ディオンとリーフィは距離を取りつつ、どちらも壁に寄り掛かって仮眠を取った。長らく瞼を閉じて頑張っていたが、

「リティ、起きているか?」

眠れないセイリンが小声で声をかければ、彼女の瞼はパチッと開いて微笑んでくる。

「眠れませんか?」

「まあ。恐らくはそこの双子以外は起きているだろうよ。」

チラッとディオンに視線を動かすと、彼は小さく頷く。リティアが首を少し動かせば、セイリンの視界に入るところでリーフィの手が振られていた。リティアの優しい眼差しが眠るソラへと注がれ、

「そうですね。…ソラさんをあまり責めないで下さい。」

セイリンにそう頼んできた。この仮眠を取るにあたっても「俺が寝たら行くんだろ!」と怒り始めたソラをリティアが宥め、物理的にリティアが動けない形で寝る事に収まって、ソラがリティアに寄りかかった。羨ましがるテルと、一瞬だけ青筋を立てるディオン、困り果てるリーフィを他所に、ソラはすぐに寝息を立てていた。

「あんなに縋られたら、可愛く思えたか?」

「ソラさんは、今すごく焦っております。ハルさんが到着するまでにスティックを作りたいのです。」

セイリンがリティアを再びからかおうとしたが、今回は真面目な回答が返ってきて、なかなか上手くいかない。

「私達みたいに武器を持てばいいのにな。」

「セイリンちゃんは、良い意味でも悪い意味でも『慣れ』過ぎています。特に手に握るタイプの武器は、斬る時に伝わってくる独特の肉の柔らかさ、また充満する鉄の匂いは、そういう事に縁のない人には難しいかと思いますよ。」

ソラのスティックへの固執は、セイリンからしたら異様な物だが、リティアは彼に理解を示すのか。

「…そういうリティアは、慣れているように見えるが。」

「わ、私は…」

ソファで背伸びしながら軽く言ったら、リティアの瞳が震え、唇が小刻みに震えながら青くなっていき、セイリンは飛び起き、

「ティアちゃん!?」

リーフィがリティア以上に青い顔になり、ディオンも声を抑えて駆け寄ってきた。これには、深い眠りに入っていたソラも大きく目を見開いて起き上がる。リティアの突然の嗚咽に、誰もが彼女から目を離せない。リーフィが、彼女を優しく抱きしめて背中を一定のリズムで叩く。

「お、お兄ちゃんが…」

震えたままの彼女が、リーフィへと手を伸ばして何とか縋りつく。

「ーーッ!!」

ボタッと、ソファの座面に涎が落ちた。それはリティアでもリーフィでもない。ケルベロスがソファの背もたれから顔を出していた。

「あ、あ、あ、あああああ!?」

リティアの絶叫に、いくらなんでもテルも飛び起きて、バネのように飛び跳ねてこちらへと近づいてくる。ただ、その時にはリティアの意識は遠退いて、いつものメンバーの誰もが何が起きたか理解できなかったが、

「何も思い出さないで…いて…」

そう呟くリーフィの涙に、テルの表情が引き締まった。

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