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256,少女は散歩する

 リティアが身体を貸している間のクラーケンとの戦いについては、リーフィから事細かく聞いた。ディオンが鎧を身に着けて戦った事、セイリンが大輪の百合を咲かせた事、テルが集中的にクラーケンの触手に剣を投げて進攻を妨害していた事、ソラがリティアの笛を使って魔獣寄せをした事、そして『リティア』が治癒魔法を使用して魔術士の怪我を治した事。リーフィには、中に入った魔法士の魔石で発動したんだろうとの事だったが、妙に引っかかる。他人の中に魔石を入れるという事は、その肉体は魔石中毒を引き起こすという事だ。けれど、この身体にその症状は見られない。

「リティちゃん!これも食べて良いって!貰おう!」

早朝から機嫌の良いテルに手を掴まれて、色々な屋台へと連れて行かれている。それ程空腹ではないリティアからしたら、これ以上は食べられなかった。笑顔のテルから蛸の下足の串揚げを渡されそうになり、

「テルさん、もうお腹いっぱいなんです。なのでテルさんが食べられて下さい。」

微笑んでお断りを入れると、何故か青くなるテル。

「もしかして昨日の疲れで体調が悪いの!?」

「え、ちが」

持っている下足を何処かにぶっ飛ばしそうな勢いで迫りくるテルに必死に顔を横に振るリティアの間に、

「ティアちゃんは深夜にご飯食べたので、それ程減ってないってだけですよ。」

「あ…」

リーフィの腕が割り込んだ。顔がやけに近くなっていた為、これ以上の接近を阻止したのだろう。しかし、リーフィの発言でリティアの顔は熱くなったが、

「なーんだ!それなら良かった!フィさんも食べるよね!?」

「はい、頂きます。」

テルは何も気にならなかったようだ。テルから差し出された串揚げをリーフィは受け取ってその場で食べ始める。これを好機と思い、軽く散歩してきます、と手を振って2人と別れて歩けば、テラス席に座ったセイリンとディオンが主に女性達に囲まれて笑顔を振り撒いている。ソラは、この屋台の通りで見つける事ができない。あの髪色ならすぐに見つかりそうだが…

「おい、嬢ちゃんも好きなの食っていいぞ!」

気前の良いスキンヘッドのおじさんが小魚のフライを差し出してきたので、断りつつも聞いてみる。

「あー、オレンジの髪のー!ぶらぶらと砂浜へと行っちまったよ!いやー、あいつも凄かった!魔獣に襲われるのを承知で素足から血を流して走ってるんだから!」

頑張っていたなー!と、周りの男達に声をかければ同意と称賛の声が上がった。リティアは、丁寧に頭を下げて礼を言うと、人目を縫うようにその場を離れる。ソラを追いかける名目で、ここから逃げられればそれに越した事はない。子ども達の楽しそうな声が耳を掠めながらも、屋台がない砂浜へと足を運ぶ。そこでは、オレンジの髪の男性が『立ち入り禁止』と書かれた看板の隣から、聖堂を眺めていた。

「ソラさん、こちらにいらっしゃったのですね。」

「ああ…。凄いな。」

彼の隣に並ぶと、チラッとこちらを見ただけで視線はすぐに聖堂へと戻った。

「こんなに綺麗な状態で残っていた事ですか?」

「いや…建物を覆うように結界が張られているみたいだ。入れない。」

何が凄いのかを聞いてみれば、侵入しようとした事が分かる発言が返ってくる。看板より前に出ようとして弾かれるソラが、少し痛そうな表情を浮かべながら、

「俺もいつかこういう事ができるようになるのか?」

純粋な疑問が溢れる。リティアの目には、この結界は魔術ではなく、魔法。精霊が硬質に変化しているが、どこにも魔術陣が描かれていない。

「…これは魔術陣がありませんから、大昔からの魔法ではないでしょうか?」

「そうか…。できるようになったらテルを守れるのにな。」

簡単に教えれば、どこか落胆した声のソラ。リティアの首は傾げられる。

「テルさんを?もしかして切磋琢磨っていうものですか?私は歳の近い兄弟が居ないので羨ましく感じます。」

「…そういうわけでは。いや、日々練習だな。そうだ、リティアさん試してみればどうだ?」

リティアは互いに守れるように競い合うのかと、理解したが、ソラから同意は得られなかった。ソラが、こちらの腕にぶら下がっている透明な傘を指差してきたので、

「あ、この傘ですよね。どの傘よりも防御力に優れた物です。わあ!綺麗ですね!」

彼にぶつからないように注意して広げると、陽の光を反射して、ステンドガラスのように色鮮やかな影がリティアの足元に現れた。楽しくてスキップしたり、くるくると回ってみたり、とリティアは影で遊んでいると、

「それ、魔石がついているからスティックになるんだろう?」

「なるほど、そうかもしれませんね。」

この幻想的な輝きにあまり興味なさそうなソラに指摘を受けて、リティアは傘を閉じて魔術陣を描いてみる。少し重いが、できない事はなさそうだ。簡単な水の槍を海に向かって飛ばせば、

「俺も欲しい。」

ボソッと呟くソラ。この傘には、リティアが持参した木箱の魔獣素材と、昨日の精霊が作り上げたクラゲが使われている。あと1人分なら何とかなるだろうと、

「まだ資材ありますでしょうから、お願いしましょうか?」

「あ、いや。傘ではなく、自前のスティックが欲しいってだけだ。」

提案してみると、ソラの首が横に振られた。本来なら1年生は持ってはいけないものだ。リティアも休みの日くらいしかこの傘は持ち歩けない。没収される可能性があるが、携帯用スティックを作るには魔石は必須条件。精霊石でも代用できるが、どちらにせよ手に入りやすい物ではない。

「テルみたいに、メモ帳と魔石だけでも持つ事ができたらな。」

「…なるほど。テルさんは、それがあったから魂喰いセイレーンの人形を弾けたのですね。」

考え始めるソラの言葉を聞いて、リティアは納得した。あの時、テルが魔術を使用して魔石中毒症状がなかった事に違和感を覚えていた。魔石さえ手に入れば、ソレを持ち歩けるという事でもある。自衛の為にリティアも欲しいと思う。

「ソラさん、私達で作りましょう?テルさんみたいに持てるだけで戦う手段が増えます。」

リティアが笑顔を浮かべると、ソラの目が飛び出す勢いだ。彼は何度も瞬きをして、

「…リティアさんは、強いな。」

「どういう意味でしょう?」

よく分からない感想を言ってきて、リティアの首が直角に傾く。

「そのままだ。まず、魔石を手に入れないとな。学校に居る時よりも自由に動けるし、ハルド先生に渡す必要もない。」

「ハルさんも後から合流するとの事でしたから…」

それ以上の説明をしてくれないソラは、今後の動きを考え始めた為、学校内の活動であった採取サークルは、魔獣を倒してもハルドに魔石を渡していた。その為、今回の魔石探しでネックとなるハルドの件を念頭に置いてもらう。

「それ程時間がないと。」

これ以上は話すことなく2人共が頷くと、この町に駐屯している魔術士達がこちらへと歩いてきた。

「おはようございます。」

まずはリティアが一礼すると、彼らの頭は敬礼の位置まで下がる。

「これはこれは。この度は貴女様方のおかげで、あの凶悪なクラーケンを退治する事ができました。皆様のお名前を魔術士団内で共有してもよろしいでしょうか?」

「えっ…」

裏表ない笑顔を向けられて、リティアは言葉に詰まる。苗字は偽名といえど彼らの目につかないわけがないが、咄嗟の事で答えられないでいると、

「自分は大丈夫です。」

「本当ですか!では」

ソラが許可を出してしまった。彼らの瞳が一層に輝くと、

「『自分』は大丈夫ですが、彼女とその行いは伏せて下さい。彼女は操られていたので全くもって昨日の戦いを知らないのです。」

ソラは一歩前へと歩み出て、言葉を被せるように牽制した。それだけでリティアの心は水を得た魚のように潤い始めた。

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