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255/838

255,一番隊隊員は利用される

 針葉樹林の真下では狩りと子育てに追われる生物で溢れ返る。季節が巡り、白銀の世界に成り代わる前に皆が生き急ぐ。それは人間もさほど変わらない。伸び放題になっている銀色の髪を靡かせながら相棒の大金槌を振り降ろせば、簡単に狼の魔獣の頭を粉砕できる。魔獣は生きる為に他を殺すだけでなく、人間と同じく快楽の為にもその牙を剥き出しにする。だから草原を、森を守る為に今日も大金槌を振り回すガタイの良い男。そして魔石を取り出せば、市場で放り投げて端金を金を貰う。これが日常だ。子ども達が目を光らせて寄り付いてくれば、銀貨を1つずつ渡して、

「ほら、てめぇらの店でこれで買える物を持って来い。」

「おじちゃん!ありがとう!待っててね!」

元気に親の元に戻る子ども達に、自然と顔が綻んだ。市場での人々の営みをこうやって観察するだけでも飽きる事はない。ここに座っているだけで親に怒られて泣く子どもが、縋り付いてくる。

「マグノン、どうしたんだ?今日はやけに目が赤いじゃねぇか。」

「ぐすっ…僕だって品出し手伝いたくて、商品を持っただけなのに…」

金髪で青い目の少年の実家の店は武器を扱っている。まだ10も満たないこの年齢で下手に触れば大怪我する事が容易に理解できた。ポンポンと頭を撫でてやりながら、

「そりゃあ、てめぇにはまだ早いな!今はどうやって父ちゃんが並べているかを覚えておけ!」

「うー…」

笑いかけると納得していないむくれ顔を見せてくる。そこに母親が走ってきて、逃げようとするマグノンを日々鍛えている腕で抱えた。

「リーキー、ありがとうね。マグ!迷惑をかけないの!」

「…」

母親にマグノンを引き渡すと彼から睨まれるが、こんな顔を向けてきてもまた明日にはリーキーの元へ来る事も知っている。その頭もしつこいくらい撫でてから、

「俺は迷惑なんざかけられてねぇから。ほら、マグノン、今は覚える時期だ。父ちゃんの武器の説明の仕方を覚えてみろよ。商品は並べるだけじゃ売れねぇぞ。」

白い歯を溢すと、彼の瞳の輝きが変わってやる気に満ちた眼差しになった。手を振って別れれば、銀貨を渡した子ども達が、食い物を両手に抱えて持ってくる。果物、野菜、干物、燻製肉、珈琲を入れた水筒まで持ってきて、目の前には子ども達の笑顔が咲く。ここらの店の中には、あまりにも売れずに子どもに食わせるのも難しい所もそれなりに数がある。そんな所の子ども達がこぞって頼ってくるのだから、神に仕えていた身として応えてやるべきだ。血色の悪い灰色の髪の少女が持っている林檎を手に取って、手持ちのナイフで皮がついたまま切り分けて1人1人の口に運んでやると、子どもは一生懸命味わっていた。リーキーの自身の口に放り込み、

「やっぱりパナの家の林檎はあめぇな。明日も俺が市場に来た時は声かけてくれよ。」

林檎を持っていたパナの頭を撫でる。再び目を輝かせた他の子ども達が、我先にと首を伸ばしてきた為、順番に撫でて…誰も居ない所に手が動いた。

「おじちゃん、どうしたのー?」

「…ああ、何でもない。」

首を傾げる子どもにニカッと笑顔を向けて、親の手伝いに戻れ、と追い払う。そして静かになった所で、

「良くない。誰だ、お嬢の幻覚を見せる程の力を持つ輩は。」

俯いて歯軋りをすると、ギロリと敵を探す目で辺りを見渡した。だが、それらしき気配はない。子どもが置いていった水筒の珈琲を口に運びながら、記憶の中の片隅で不安そうな眼差しをこちらに向ける少女を、先程まで目の前にいた子ども達と遊ぶイメージを浮かべて途中でやめた。

「お嬢は生きてたらもう成熟した女性でしたね…。」

無意識の間に口から溢れる敬語。誰かに聞かれていないかと、もう1度見渡すが近くに人はおらず。その口調こそ、リーキーの長年の生き方を現していた。


 誰もが寝静まった月が落ちていく時間帯だ。カノンの件だけでなく、地下階段の先であった事も包み隠さずに話せば、こいつは満足そうに嘲笑う。

「よくできた駒になったものだ。」

「チッ!」

リルドには全て伝え終えていて、自分にかけられた魔法も話してあるリガは、グリグリと頭を踏みつけてくる父親に利用される形になっていた。リーキー捜しは、旧校舎に派遣された調査隊が帰ってくるまでは行く事はないが、今のように扱われるという事でもある。絶対に部屋には入れないようにリルドやバフィン、サキに結界を張ってもらった為、特に人数が少なくなっている深夜の寮の通路で行われる暴行だ。

「ハハハ!お前のおかげでルナ様の御身体が今も無事である事も知れた。そして、私こそ精霊人形の次なる創生者になれるだけの知識を得た。こんなに素晴らしい事はない。」

ガン!と顔面を蹴り飛ばされるが、こちらは父親の魔法のせいで全く動けない。鼻血を出したリガの顔をまた踏みつけ、

「あの無能女には何の権利も持たせる気はない。早くくたばれば良いのだ。さすれば…」

そう耳元で嘲笑う父親は、上機嫌で去って行った。

「…大丈夫。君は無能ではない。」

どこかで傷つく彼女を想像しながら声に出すと、自然と力が湧き、グラグラとしながらも部屋へと戻って、椅子に座らせている動かないカノンの頭を優しく撫でる。

「大丈夫。絶対に大丈夫。」

自分に言い聞かせるように呟くと、顔を拭いてからベッドへと身体を投げ出した。


 …視界に広がるのは、雲で覆われて今にも落雷がありそうな不穏な戦乱の地で転がる人間の死骸ばかり。味方が死にゆく中でも健気に戦う銀髪の女性の姿が、リガの瞳に色鮮やかに映し出されていた。その周囲で戦いの場には不相応な白いワンピースのまだ小さな少女が泣き叫ぶ。

「いや!嫌よ!貴方だって嫌でしょう!?」

襲ってきた魔獣を剣で弾いた鎧を纏う騎士が、乱暴に少女を脇に抱えると、

「…決まっている。」

そう吐き捨てた。騎士は、更に群がる魔獣達を地面から無数の棘を突出させて串刺しすると、その隙に懸命に戦う女性が少女達に駆け寄り、騎士、少女の順にその頬にキスを落とす。騎士との視線の混ざり合いは一瞬ではあったが、互いに最期の別れを理解しているように見えた。

「大丈夫よ、※※。お姉ちゃんは戦いが終わったら、ちゃんと貴女の元に辿り着くから。だから早く行って!」

「絶対!絶対に約束だからね!いつまでも待っているから!」

女性に何度も手を伸ばして、ボロボロと涙を溢す少女をその戦地から連れ出す騎士。リガには少女の名前が聞き取れないが、女性と少女は姉妹関係のようだ。何故、女性を置いて男が逃げるのか、リガには全く理解ができない。魔獣に囲まれて独りだけになった女性が、リガの見覚えのある剣を天へと突き立て、

「お父様!どうか、私に力を貸して下さい!私はあの子を守りたい!」

剣から純白な光が溢れ出して、それが何かを理解するまでには時間を要した。魔獣はそんな物を気にする事はなく、突進していく。リガが助けようと駆け出そうとしたが、身体が動かない。ああ、これは夢か。そこで見せられている物を理解した。魔獣の爪と牙が彼女を引き裂こうと伸びた瞬間に、

「そうね!能無しの亜種はそれで良いのよ!さあ、私と!一緒に!」

魔獣の姿を消す程の閃光が弾け、

「私の雷神と踊り狂いましょう?」

雲から大雨の如く落雷が起こり、また彼女からも光の槍が飛び出した。いや、光ではない。『雷』の槍だ。地面に転がっている騎士の鎧がバチバチと雷を踊らせ、そこから大慌てで逃げようとする魔獣を感電させる。だから、騎士は少女を連れて逃げたのだ。共に戦えないから。女性の生き様を見せつけられた後は幕が下り、

「私はこの日から過去を全て偽り、姉として生きる事になった。」

女性の声が響き始めるとリガの身体が急降下する感覚に襲われ、

「民を救わんとする『聖女』として。」

凛と響く声に硬い地面に叩きつけられた。

「…ま、まずい。」

ベッドの上でダラダラと汗をかいたリガの瞳が大きく開き、

「何か良くない者に侵食され始めている…」

腕で汗を拭いながらそう確信した。

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