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249,四番隊隊員は震わせる

 何故彼女だけ海に放り出されたのか、全く理解ができない。このクラゲは元々彼女を害する為に、こちらに手を貸すように見せかけていたのだろうか。しかし、自分が放った精霊が取り込まれた精霊の群れからそのような悪意は感じていない。そうであるならば、

「守る力が、悪意に負けたのですね。」

「どういう事ですか?」

闇の魔法で守れたと感じたリティアが球体に吸い込まれて、助けに行けないもどかしさを抱えながら呟けば、何度も蹴破ろうとするディオンに睨まれた。

「そのままの意味です。このクラゲはこちらを守ろうとしているというのに、ティアちゃんは落とされたのです。」

リーフィの目に形のない亡霊は映らない。自分が見えないのであれば、彼に見える筈もない。無形の敵とどう戦うかを必死に考え、彼に暗示をかけて魔法を連射する方が早いと判断し、彼と目を合わせようとすると、目の前がチカチカと光った。まるでそれをさせないような力が働いている。

「うっ…」

どうもそれは彼も同じであったようで、目を瞑って小さく呻いた。少しでも見ようとすればずっと点滅する光。これでは埒が明かない為、

「はぁ…」

ため息を吐いた。他の方法として、背後から黒き蛇を動かしても良いが無形の敵と戦えるとも限らない。そして、これだけ強力な魔石を壊してリティアを救い出す事も危険な行為だ。抵抗する膨大な力で、リティア諸共消し去られるだろう。

《白き娘の事は安心すると良い。この娘を害する怨念はこちらが引き受けよう。》

悩んでいるリーフィの脳内に低い男性の声が響き、

「今、頭の中に声が!」

「聞こえましたね。この声…知っています。」

ディオンの目が大きく見開かれ、何かを探すように見える範囲を見渡し、リーフィは共感しながら瞼を閉じて記憶の中の声の主を探す。

「え。」

「しかし、彼は今彼女に働きかける事ができないような所にいますので、恐らくは他人の空似。または僕を安心させる為の罠でしょうか。」

こちらに注目するディオンの目の前で、シャツ下の小剣を抜き取ると、

《ルナもそのように愛されていたのならば良かったのだが、私の目の届かない場所で傷つけられていたな。》

脳内に伝わる声に心を強く掴まれる感覚に襲われ、一瞬で視界に映る物が変わった。リーフィの前で広がる光景は、『愛情』を求めながら手を伸ばすと嘲笑う大人達に苦しめられている子ども。醜い顔の女が白銀の髪を引っ張り、泣き叫ぶ幼女の姿。それはまるで幼き日のリティアのようで、今すぐに抱きしめて助けたい衝動に駆られる。

「それは、聖女ルナ様の事でしょうか!?」

その幻覚から引き戻したのは、冷静ではない怒りに満ちたディオンの声だった。リーフィの視界から幼女の姿は消えて、目の前の球体の中でリティアが浮いている。今の景色を彼は見ていないのだろうか。見るからに聖女だっただろうに、と思ったが口にはしなかった。

《はて。白き娘が、目を覚ました時に伝えてみよ。『そなたの父はそなたを愛している』と。私は幼き娘にその言葉すら届けてやれなかった。》

その言葉が最後と言わんばかりに、球体が、クラゲが、空間を白に埋め尽くす程に光り輝いた。ディオンは咄嗟に腕で目を塞ぎ、リーフィの瞳は開かれたままで、

「私で良ければ引き受けましょう。」

強い意志を感じるリティアの声がその耳に届いた。リーフィは彼女がこちらに帰ってくると直感的に理解したが、それと同時に何か問題を持ち帰ってくるようだ。眩しさの中からリティアらしきシルエットが、海底の怒号と共に飛び立ち、それに続くようにクラゲも泳ぎ出す。長らく眠りに就いていたこの海底遺跡が『目覚める』。自分の所属を公にして、魔術士団員と共闘するしかないかもしれないと、唇を震わせた。


 『私』であって、私ではない。この身体と心が異なる状態は不自然だ。産声を上げてからここまでそう長くなかったと、確信する。『彼』のような混沌の渦に巻き込まれていない。目まぐるしく脳内に映し出される光景をただ壁に張り付けされて無理やり見せられている。その内にガンガンと何処かにぶつけられるような痛みに苛まれ、私は意識を手放した。団長に昇格したばかりの『私』は2人目の娘を授かると同時に、妻を突如侵攻してきた魔獣に食い千切られた。まだ赤ん坊の娘と物事が理解できるくらいまで大きくなった長女を親戚に大金と共に預け、日々の対魔獣戦闘に明け暮れていた。会いに行きたくても、部下達も家族に会えていない状況で言い出せるわけもなく、季節だけが巡っていく。独り立ちできるまで成長した長女が故郷で戦いの狼煙を上げて、己の耳にその功績が届くまでにそう時間はかからなかった。自分の元で懸命に戦っていた魔法士の1人が、彼女との文通をしていると知って話を聞けば、彼は同郷であったと。海洋魔獣と戦っていた『私』はすぐに彼に命令して、激戦区になるこの町から逃した。娘と同じ年頃の女騎士1人と数人の騎士を同行させ、『聖女』を守れ、と。出発前の彼に『私』が愛用していた剣を渡し、その彼から受け取った手紙には娘達の事が多く記載してあり、下の娘が受けている暴行の数々を知る事になる。齢10にも満たなかった長女が何度も助け出そうとして、親戚に殺されかけた話まで、彼は知っていたのだ。

「お前は『親』に捨てられたゴミだ。」

と、まだ幼い下の娘を嘲笑っていた己の一族の腐った大人共。今すぐに親戚達を懲らしめて娘を引き取りたいが、戦況がそれを許さなかった。逃した魔法士達が町を出て日を跨ぐことなく『奴』が現れた。海からではなく、地下から現れて町を潰しに来たのだ。海からの進行を食い止める為の要塞が役に立たず、窮地に立たされる。覚悟を決めた騎士達は重い扉を開いて戦地となった町へ飛び出し、魔法士であり騎士である『私』達は、魔獣達を誘き出して倒す為に用意していた『切り札』を目の前に、命を対価としてソレを発動させた。この『切り札』は、先祖代々の心臓の集合体。要は人間のみでできた魔石である。そこに自分の心臓を捧げる事で、己の思い通りに動かす事ができる。この魔石を狙ってくる魔獣ごと、『私』は海に沈む事を、弟達は封じ込める事を願い、そしてそれは無事に叶ったのだろう。そして今『私』は、妻や上の娘によく似ている白き娘と共にある。彼女を依代として、再び戦おうではないか。球体は光り輝きながら海から空へ突き抜けた。


 ディオンが海の中へ引きずり込まれて助ける為に何度も海へ潜ったというのに、気がついたら砂浜で座っていた。ぼんやりとしているソラと、目を真ん丸く開けているテルも同じだ。そしてリーフィが居なくなり、代わりにケルベロスが尻尾を立てている。

「気を失ったのか?いや、今はそんな事どうでも良い!助けねば!」

「バフッ。」

ディオンが居ない状況だけ理解して、セイリンが勢い良く立ち上がれば、ケルベロスの左の顔にふくらはぎを噛まれた。ブンブンと足を振るが全く取れない。無理やりその口を開かせようとすると、ソラがフラッと歩き始めて、先程居た波打ち際ではなく、町外れの浜辺へと行ってしまう。慌てるようにテルがくっついていき、セイリンもケルベロスを外してから追いかけた。

「どうした、ソラ!何かあったのか!?」

大きな岩場でソラの肩を掴むと彼はこちらを振り返ったが、全く目が合わない。そして、その覇気がないまま、

「…そこ。」

と指差した先に、透明な布を被ったディオンとリーフィが打ち上げられていた。その2人はこちらを一瞥すると否や海へと目を向け、少し遅れる形で海が、大地が、セイリンが立っていられない程に揺らぶられた。

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