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247,少女は見つめ合う

 リティアが動こうものなら、ディオンに捕まるだけ。恐らく今から危ない事をしようとする自分を止めようと、守ろうとする彼の優しさだとは理解する。しかし、このまま逃げていても終わりが見えている。だから、

「あのですね…」

わざと声が聞き取れるかどうかの音量で口を動かす。リティアの狙い通り、彼は聞き取るために耳を傾けて身体を屈めたので、その左の耳たぶに軽く口づけした。

「え!?」

頭の処理が追いつかないディオンの身体が、リティアから離れたこの瞬間を逃さなかった。

《クラゲさん!外に出ます!》

そう頭の中で声をかけて、触手側の壁に滑り込む形で彼から逃げれば、クラゲの外、水中へと戻れた。狙っていた骨を拾い、ブレスレットを巻き付けると、触手に喰い付いている亡霊の顔がこちらに狙いを定める。慣れない水中で魔術陣を描く。水の抵抗を受けるかと思ったが、青い精霊達がリティアの腕の動きに合わせる形で踊り、陸で描く時と変わらない速度で発動できた。氷柱が亡霊と自分の間に壁となり、更に同じ物を発動させる。亡霊の行く手を阻み、次なる攻撃を、と振り上げると、骨からブレスレットが外れて手元から離れていく。亡霊の方へと流れていくブレスレットを必死の思いで掴もうとするが、自分の氷柱が邪魔で触れる事なく、亡霊の上を泳いでいく。氷柱の間から手を出そうものなら喰われるが、あのブレスレットを失くすわけにはいかない。決死の覚悟で氷柱を壊そうと掴んだ瞬間、世界が暗闇に覆い尽くされた。墨のように不透明な視界では何も見えない。

「ギャァアァァ!!?」

亡霊の断末魔の叫びと共に、バキバキと硬いものが割れる音、少し高めのパリンとガラスが割れた音。何にも縋る事ができずに、水の流れで何処かへ動いていく身体は、温もりに抱えられた。そして、手首に丸い感触を持つ物が通され、細長い縄が身体に巻き付く。こちらが外そうと動く前に、空気をふんだんに含んだクラゲの傘の中へと、放り込まれた、何かに抱きしめられながら。

「リティアさん!リーフィさん!?」

ディオンの叫びで、リーフィが助けてくれた事を理解する。狭い傘の中で霞んでいた視界がくっきりと見えるようになると、手首にブレスレットが戻ってきていた。

「よ、よかった…」

「よくありません!!」

ブレスレットを撫でると、ディオンからお叱りを受けて、

「お二人共、僕に怒られる準備はできておりますか…?」

リーフィの静かに怒る声で、ディオンの身体に力が入る。耳に2人の声は届いているが、それに対して感情が動かない程、手首にかけられたブレスレットをジッと見つめるリティアは、下瞼に涙を溜めて口がへの字になりつつあるリーフィの首に抱きついた。

「フィーさん!助けて下さり、ありがとうございます!大切なブレスレットだったので!本当に!」

「ティアちゃん…ごめんなさいは?」

リーフィの頬に頭をくっつけて猫のように擦り付けるリティア。リーフィが小さくため息を吐いたが、

「ありがとうございます!」

「うーん。後でゆっくり話しましょうか。」

これ以上に伝える言葉が見つからない。ポンポンと背中を叩かれて顔を上げると、眉を下げたリーフィに頭を撫でられた。


 3人でクラゲの傘の中は余っている空間があまりない為、リーフィが足を折って座り、その上にリティアが座っていた。ディオンのみが傘の内側の壁に寄りかかる形で立っているが、傘は許容範囲を超えたのか、綺麗な半球を保てずに不安定な床でディオンはひたすら耐えている。

「リーフィさんが、どうやってここまで来たのかも気になりますが、まずはこの魔獣が何処に向かっているのか、帰れるかが心配ですね。」

「クラゲに食べられた君を助ける為に素潜りしましたが、このクラゲのおかげで命を繋いでおります。」

眉をひそめるディオンと、苦笑いを浮かべるリーフィ。本当に感謝しているリティアは感謝は何度伝えても伝え過ぎる事はないと、後ろを振り向いてリーフィに笑顔を向けると、見つめ合う形になる。

「亡霊を倒して下さり、ありがとうございます。」

チラッとリーフィがディオンへと視線を動かして、またリティアと見つめ合う。

「いやいや、倒したのはティアちゃんの魔術だよ。イカ墨のせいで前が見えなくてさっきは本当に困った…。」

リティアは、リーフィの視線の意味を瞬時に理解して話を合わせ、

「氷柱にぶつかってくれたのでしょうか。だと良いのですね。」

「それはどうでしょうね。ただ、イカ墨の後はついてきません。リーフィさんが魔術を使用したのではないのですか?」

難しいとは思っていたが、やはりディオンから怪しまれる。リーフィの瞳が揺れ動き、

「いえ、僕は…」

声が小さくなって俯いた。リティアは今の状況打破の為に、ディオンが更に怪しまない程度に納得できる言い訳をすぐに考え、

「私でもフィーさんでもないのでしたら、クラゲさんかもしれませんね。イカ墨で見えなかっただけでしょう。しかし、逃げている間にイカも見てませんので、それもクラゲさんが出した墨なのかもしません。」

「リティアさんは、あの亡霊は倒されたと考えているようですが。」

ニコニコと笑顔を向ければ、ディオンからの鋭い眼差しで跳ね返された。先程と同じだが、ここは通し切る。

「はい!墨で見えませんでしたが、バキバキと骨が割れる音が耳に届きましたから!あと叫び声も!」

「え、水中で声と音が聞こえたのですか?」

自信満々でパチンと両手を合わせると、彼から冷めた言葉が返ってきて、リティアが首を傾げる事となる。

「え、はい…そうですよ?」

「…」

何かおかしいだろうか?ディオンは黙り込んでしまい、リティアは鋭い瞳のままの彼と見つめ合った。暫しの沈黙を破ったのは、

「コホン…。この聖堂はただの廃墟ではございません。何が起きてもおかしくない『生きる海底遺跡』と呼ばれております。僕達ではなかったのですから、このクラゲまたは別の要因で亡霊は退治されたのでしょう。これは噂ですが、この建物の最上階には『御神体』が眠られているようですよ。」

スラスラとこの遺跡について説明を始めたリーフィだった。互いに目が離せなかったディオンもリティアも、そんなリーフィに注目し、

「な、何故そんな所があると言えるのですか?」

「まさか、ルナ様がお休みになられているのですか?」

信じられないディオンと、当たり前に受け入れるリティアの声が重なり、リーフィは迷う事なくリティアの質問に先に答える。

「いや、ルナ様とは限らないかと。人々が崇める『神』は至る所に存在するし。あと、ディオンさん、これは本当にある事ですよ。この海からならば空に浮かぶ天空城が見えます。僕達では説明しきれないような現象は数多いのです。」

恐らく今回の件もそうなのでしょう、と簡単にまとめた。最初からそう説明してくれれば良かったのに、と思ったが口には出さず、

「では、私にだけ聞こえた声は何かしらが作用したのかもしれませんね。」

「僕もあの絶叫が聞こえたので、確実に亡霊は退治されたよ。」

納得してみれば、リーフィも頷く。こちらの会話に眉間にシワを寄せるディオンも、

「私は勉強不足ですね。精進します。」

渋々と頷いた。彼からやっと得られた言葉にリティアが満面の笑みを向けると、また彼の頬と耳が赤くなる。こちらの会話を気にする様子はなく、クラゲは人骨が転がる通路から小魚が産卵している階段を昇っていき、迷う素振りなく何処かに向かって泳ぎ続けていた。

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