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238,隊長補佐は言い聞かせる

 カノンを覚醒めさせる事ができなかったリグレスは、何かを閃いたリルドに追い返されるようにとんぼ返りしたが、ヒメに跨がった形での往復でも4日は要した。任務地でもある学園都市の城壁を潜る頃には日はどっぷりと落ち、白い月が空に昇りかけていた。この時間であれば本日の調査は終了している為、ハルド達の家に入る事はせず、庭にヒメを返してから宿泊しているホテルの1室へと向かった。事前にハルドからの報告があったとは言え、リグレスの数日間の無断欠勤は、団長のリデッキよりもリゾンドを激怒させる。リグレスからの謝罪と報告に、リデッキは静かに頷き、

「そうか、ご苦労であった。たいして睡眠も取れてないのであろう、もう休みなさい。」

「心遣いありがとうございます。」

彼はまるで自分の息子のように接してくれ、慈悲深い眼差しを向けてくれたが、

「長!このような自分勝手な無断行動を取る輩を許すというのですか!」

副団長不在のこの調査隊で大きな顔をしている四番隊長のリゾンドが、テーブルを強く叩いて怒鳴った。リグレスも無断で帰省したので言い返す事はできない。すみません、と頭を下げようとすると、リデッキから手で制止され、

「単独行動は一番隊の特権であろう。四番隊長のお前が口出す話ではない。」

「しかし、それは任務地での調査中の話でしょう!そいつは、任務を放棄して王都へ帰ったのですぞ!」

彼がリゾンドを窘めるが、リゾンドはその勢いを止める事はなく、リグレスを指差して更に激しく怒鳴り散らす。鼻息まで荒くなるリゾンドと対照に、リデッキは冷めた目で彼を見下ろし、

「くどいぞ、リゾンド。精霊人形の件を一番隊に任せたのはこの私である。その人形が壊れたのだ。資料が保管されている王都へ向かう判断は間違っていない。一番隊と二番隊を率いていたリグレスの代わりは、お前よりも遥かに戦闘経験豊富なあのハルドが務めていたのだから問題はない。」

一番隊はリルドの意向で精霊人形を探しているが、それはリデッキの命令があったからではない。リグレスを守る為に嘘を吐いていると、すぐにリグレスには理解できた。

「なっ…」

どう足掻いてもリデッキに勝つ事ができないリゾンドは、ここで言葉を失った。リグレスの中でリゾンドは、リグレスが少年時代には既にハルドの事が苦手だったと認識している。新人や異端いびりを好んだリゾンドは、何をやってもハルドには勝てなかったそうだ。もう10年前になるが、入団したてのラドに喧嘩を売っていたのもリゾンドが多かった。まだ人間社会に馴染めていないラドを守ったのは、あのハルドだ。今はそれ程の事は勃発していないが、いつ衝突が起きても不思議ではない。リデッキがわざわざリグレスに頭を下げて、

「愚弟が煩くてすまないな。リグレス、もう休みなさい。魔法団の誰よりも精霊を見極めるその瞳の力を明日の調査でも奮ってほしい。」

「承知致しました。さらなる結果を持ち帰る事ができるよう努めます。」

慌てるようにリグレスも頭を下げた。団長に頭を下げさせてしまって申し訳ない。彼から下がるように指示されて部屋を後にすると、鬼の形相のリゾンドが追いかけてきた。息を切らしながら捲し立ててきて、

「リグレス!決して私は許さんぞ!お前の父親に」

「おやおや、リーフォックが何かやらかしましたか?」

リグレスの宿泊している部屋から、香ばしい香りを漂わせた私服姿のリファラルが見計らっていたかのように出てくる。サーッと血の気が引いたリゾンドの顔芸に吹き出しそうになるが、リグレスはぐっと堪えた。

「あ、あ…リファラル殿。」

リゾンドは、元四番隊長である彼に強く出られない為、先程の勢いはすぐに消失して口がモゴモゴと動いているが、言葉が出てこないようだ。リグレスの父リーフォックは、魔法士団ではなく聖職者であり、リーキーの父親よりも下位色の為、リティアの件では苦悩の挙げ句『中立』を取った。分かっていても、黙って従うリグレスではない。リゾンド達と比べて、実力的に自分の方が上であると自負しているリグレスは、リルドが望むのであれば一族内での闘争を厭わない考えだが、あの心優しき我が主が望むとは思えない。

「お祖父様、わざわざ届けてくださったのですか?ありがとうございます。」

「かわいい貴方が腹を空かしていては心配で眠れませんからね。」

口籠るリゾンドを横目にリグレスが礼をすると、リファラルの目尻にシワが寄る。

「それは大袈裟ですよ。この後、店に食べに行こうかと考えていたんです。」

「そうでしたか。食事摂られたらこちらに来ますか?」

リゾンドが割り込めない家族2人の会話を成立させれば、奴は蚊帳の外で口が閉まらないようだ。リグレスは、喧しいリゾンドをこれ以上絡まれるつもりはないので、ここで部屋に入らせてもらう。

「いえ、今夜はここで頂いて、翌朝にでも好物を作ってもらいに行きます。お祖父様、お休みなさい。」

「ええ、おやすみなさい、リグレス。リゾンドさん、私の息子と孫息子について何がありましたら全て私が聞きますから、どうぞ近いうちにいらっしゃって下さい。」

何気ない会話をしているように見せて、サクッと釘を刺しに行くリファラルに、リゾンドの唇がブルブルと震えた。

「あ、いえ!な、何もございません!し、失礼致しました!」

バタバタと逃げ去っていくリゾンドを眺めてからドアノブに手を乗せるリグレスに、

「カノンさんの魔石の破片は、まだ校舎内にあるのではないかと私は睨んでいるのですよ。」

「!?…そうですね、十分有り得ると思います。」

後ろからかけられた言葉に、息を呑んだ。既に一番隊の誰かが、リファラルに伝えたということだ。そして、その可能性は全く頭から抜け落ちていた。ハルドに伝わっているだろうか…一筋の光が見えた気がした。

「覚醒めさせた少女が帰ってきたら、カノンさんの方からアプローチがあるかもしれません。」

「正確にはアリシアからでしょう。カノン嬢の魔石を餌に誘き出す可能性があります。」

リファラルは、故意にリティアの名前を隠していてこの話題を話し始める。ごく一部の団員にはカノンを覚醒めさせたのが彼女であるという報告は既に上がっているが、リデッキに個別に聞かされてもリゾンド達はこれを鵜呑みにしないという事も誰もが理解している。それでも真実は変わらない。カノンの覚醒を頼んできたのはアリシアなのだから、まだ何かを隠していてもおかしくはない。そう考えると、リグレスの握るドアノブが悲鳴を上げた。

「そうなりますと、彼女を守る者達の底上げをしておく必要がありますね。」

「なるほど。この調査で何が起きたとしても、ハルとラドには彼女達と合流するように伝えます。」

リグレスの肩にぽんと手を乗せたリファラルが、耳元で小声で伝えてきた事項は下手に誰かに聞かれては困る案件で、こちらも周囲を気にしながら声を潜める。

「それでしたら、お嬢ちゃんの傍にいる子に贈り物をしたいので、出発する前に店に寄るように伝えた下さい。」

「分かりました。ではまた明日。」

明日にでもハルド達に伝えなくてはと、頭に叩き込んでいると、

「あと、お嬢ちゃんには隠さず伝えて下さいね。でないと、アリシアさんからのアプローチによっては、こちらに不信感を持ってしまいます。」

「肝に銘じます。」

リファラルにこちらまで釘を刺された。リグレスはリティアを悲しませないように言葉を濁すつもりだったのだが、言わないという選択は取らせてはくれないようだ。では、と踵を返すリファラルが階段を降りる音でこちらも部屋へと戻る。テーブルの上には好物のオムライス。ここまで運んできてくれた祖父の愛情を噛みしめる。まだ温かい祖父の手料理を目の前にして、

「大丈夫、私なら彼女を助けられる。」

静かに自分に言い聞かせていた。

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