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234,隊長は頼む

 リガの帰りを待たずに朝食というよりも昼食の時間帯に林檎を頬張るリルド。バフィンが購入してきた本には欲しい情報はほぼなく、人形の着せ替え方やアクセサリーの作り方が多かった。サキは魔石の交渉が上手くいかなかったようでタラタラと愚痴をこぼす。その永遠に続くかと思われた愚痴が止まったのは、団服に着替えたリグレスが入室したからだ。彼からも報告を受けて、実家に一度戻らないと難しいかと悩んでいたところ、

「『キリンです。どうぞこのまま聞いて下さい。』」

一度閉じられたはずのサキの口が開く。これにはリグレスも驚き、

「突然のキリンとの中距離通話ですか?」

「よく分からないけど、たまにこの兄弟がする『以心伝心』とか何とか。」

何も答えないサキに代わってリルドが答えて、リグレスを空いているソファに座らせる。リグレスが林檎をフルーツナイフで切り始めると、再びサキの口が開く。

「『副団長からの伝言となります。保管している魔石を一番隊に渡す事は難しいですが、特例的にお貸しする事は可能です。後日、同等以上の魔石をお持ち頂けるのであれば、ご希望の品をお渡ししましょう。』」

「これって、要は交渉成立かな。そういう事なら、俺が行ってこよう。サキ、今リルドが行きますと連絡して欲しい。」

思いもよらない展開に、リルドは食べかけの林檎をテーブルに置いてハンカチに包まれた魔石を両手で包み込んだ。サキは、リルドと目を合わせて頷くとすぐに、

「『直接、地下の保管庫へ来てください。』とのことです。」

次の伝言を口にした為、リルドは善は急げと扉を開け次第、雷で瞬間移動して保管庫の扉の前へと降り立った。本当ならこの件は全て引き受けるか、拒否するかしてリグレスを元の任務に向かわせなければいけないが、リルドにはそれができなかった。こういうのって脇が甘いっていうんだよな、とぼんやりと考える。価値ある精霊人形でなくても、これがリグレス達を守って負傷した魔獣でもリルドは動くだろう。仕事は暇ではないが、助けられるものなら助けたい。

「それにあの子が覚醒めさせたのだから、こんな結末を知ったら悲しむだろう。」

報告書の通りなら、リティアには精霊人形を覚醒めさせるだけの能力がある。それを一族の前で証明できない事が悔やまれる。他にもできる事が見つかれば、彼女の名誉回復は夢ではない。カツンカツンと誰かが階段を降りてくる音が響いてきて、リルドの口はきつく結ばれる。リティアの事は一族内でも隠された存在で、長らく魔法士団員を輩出してきたリグレスの家系以外の遠縁には彼女を知るのは家に仕えている者くらいだろう。一族以外はごく一部の人間にしか伝えられていない。マーサは父から聞いていて知っているが、その息子達には伝えていない存在だ。靴の音の方向を見据えれば、姿を現したのはマーサだった。リルドはすぐさま一礼し、

「この度はわがままを聞いて下さりありがとうございます。」

「いえ、歴史的に価値のある精霊人形の件ですからね。いずれは魔法士団の利益に繋がりましょう。」

礼を言うと、マーサは静かな口調で返し、ごく一般的な鍵穴のない扉に触れて、その扉にかけられた魔法罠を解除すると、見えなくなっていた鍵穴が6つ出現してひとつひとつに合う鍵を差し込んでいった。ガチャ、ガチャと鍵が外れる音が鳴り止むと、独りでに扉が開かれた。ランプのないこの保管庫を照らす為に、各自光体を出現させてから入っていく。魔石ひとつひとつにメモ紙が貼ってあり、討伐日時と場所、魔獣の名前まで記載されている。

「時間はかかると思うのですが、1つずつ試してみてもよろしいですか?」

「どうぞ。その間、扉が開かないように見張っておりますよ。」

リルドは許しを得て、保管されている魔石に触れてそこから手の中に収まっているカノンの魔石に精霊を流し込もうと試みると、精霊は空っぽの魔石に入る事なくすり抜けていく。魔石のサイズ関係なく地道に試すが、手応えなし。分かってはいたが、死者を蘇らす事はやはり不可能だ。それでも最後の1つまで確認する。ひたすら時間を費やし、確認が終わってふぅーと息を吐けば、カノンの魔石に若干の変化が見られた。

「…え?」

気のせいではない。紫色の精霊が数個だけ集まってきている。

《びっくりしちゃいましたー!やっとの思いで繋いでみたらカノンちゃんは死んじゃってますね!リティアには大切にして下さいってお願いしたんですよー!》

「ん?」

突然の女の声に辺りを見渡すが、マーサ以外は誰も居ない。こちらの動きにマーサが驚く。

「どうしました?」

「今、女性の声が聞こえた気がして。」

念の為マーサに聞いてみると、

「私は何も聞こえませんよ。」

「では気のせいですね…。」

彼は眉をひそめて首を横に振った。リルドはあまりにも鮮明な幻聴かと思い込もうとしたが、

《ここに学校の魔石があったようで良かったですよー!全くもう!》

頭をかち割る程の大声が頭の中に響いた。あまりの音量に頭を押さえて屈む。

《貴方が探して止まないアリシアちゃんです!》

ガンガンと鐘が鳴るように畳み掛けてきて、なかなか立ち上がれないでいると、マーサが眉を下げて駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか…?」

「は、はい。少しふらついてしまいました。この魔石にできる事はもうなさそうです。お付き合い下さりありがとうございました。」

彼が差し出した手を掴んで立ち上がってから、笑顔で礼を言えば、

《ちょっと!リティアみたいに無視しないで下さいなー!》

自称アリシアがギャーギャーと騒ぐが、マーサに悟られないように騒音の1つとしか思わない。彼女は既にリティアと接触しているのか、と今までの報告書にはそのような記載がなかった事に違和感を覚えながら、マーサと共に保管庫を後にした。


 ずっと喧しい自称アリシアに悩まされながら、皆が待っている隊長室へ戻ると、既にリガが買い物から帰ってきていた。カノンの身体のパーツにゴム紐を通して千切れるのではないかと不安になるほど強く引っ張っている。

「て、丁寧に組み立てくれるかな?」

「ゴムが弛いと立てないらしいのです。」

リルドの声が震えると、真剣に組み立てているリガの代わりにリグレスが答える。サキもバフィンもリルドの成果を聞きたそうに視線を向けてきた為、

「カノンの魔石に移ってくれる精霊は殆ど居なくて、何故だが自称アリシアが出てきた。」

「カノン嬢は、アリシアに侵食されたのです。彼女が出てきても何ら不思議な事ではございません!」

大袈裟に肩を竦めると、リグレスが白くなる程拳を握り込んだ。こちらの事に集中したくても、まだアリシアは喚く。

《人の話を聞きなさいよ!!リティアも話していても突然無視し始めるから、本当に良く似た兄妹ね!》

「話を聞けと騒いでいるんだよ。」

はぁ~とため息を吐きながら、リグレスの拳に手を優しく添えると、

「…ここまで来ても侵食されてしまうカノン嬢が不憫でなりません。」

《ちょっとー、カノンちゃんを大切に思っているのはアリシアちゃんも一緒なんだから!》

リグレスの悔いる声と、アリシアの怒る声が同時に聞こえて聞き取りづらい。そうしている間にリガによってカノンの身体があるべき形へと直され、ワンピースを着せられていく。

「そろそろ煩いんだけど、要件はなんだい?」

《カノンをこの魔石に戻す方法を知りたいでしょう?》

そろそろ黙ってほしくて、アリシアに声をかければ、彼女の声が聞こえていない者達の視線が痛い。

「君に聞かなくても実家を探せば、聖女ルナの手記が出てくると思うから間に合ってるよ。」

《…むむ。》

この取り引きに応じる気はない。対価が跳ね上がるのは手に取るように分かる事と、リルドの中で次にすべき事が決まったからだ。彼女の不服そうな声が聞こえたが、テーブルにハンカチごと魔石を置けば先程の大声の嵐は嘘のようにパタリと聞こえなくなる。

「リガ、まだ君に頼みたい事がある。」

と、汗ばむ彼に微笑みかけた。

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