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232,隊長は顔をしかめる

 旧校舎の調査隊であるリグレスが血相を変えて帰ってきた時、すぐに誰かが犠牲になったと判断したが、予想もしていなかった形に反応に困った。朝日がやっと昇り始めた頃に一番隊員を隊長室へ招集し、彼らの前でリグレスがソファに置かれたブランケットを丁寧に開くと、その中には身体のパーツが外れた幼女の人形。

「…彼女は?」

「精霊人形のカノンでございます。他の精霊人形と異なり、核として人間の魔石が入っていたようで、その魔石が今はこのように。」

リルドが確認を含めて聞けば、リグレスは大切そうにハンカチに包まれた魔石の破片を差し出してきた。元通りにする事は不可能だと誰が見ても分かる。リグレスだって頭の中で理解しているだろう。

「リグレスは、どうしたいんだい?」

「彼女を直します。精霊人形ロゼットが教えてくださった事が正しければ、彼女は目覚めるはずです。」

必死の表情を訴えかけてくるリグレスに、顔をしかめるのはリルド。ロゼットとの遭遇報告は受けているが、他人を手の平で転がすタイプの彼が人形の言葉を簡単に信用する事が理解できない。訝しんだのはリルドだけでなく、サキにも気になる事があったようで頭をボリボリと掻きながら、

「隊長補佐、お言葉ですがこの娘を目覚めさせるだけの価値があるのですか?」

「サキ。氷漬けになりなくなければ、黙りなさい。」

首を傾げると、リガの声が低くなって部屋の温度が急激に下がった。リルドから見れば精霊人形であるだけで勿論価値はあるが、そこではなく、こんなにもリグレスが焦燥している事が引っかかるのだ。

「リグレスが、この子にそれだけの価値を見出している理由を知りたい。勿論、精霊人形である事から価値はあるけれど、すっ飛んで帰ってくるほどに急を要するものなのかな?」

「理由は簡単です。同じ一番隊であるハルドの大切な『家族』だからです。それ以上の理由が欲しければいくらでも並べましょう。彼女は、ルナ様ではなく魔法騎士レインによって造られた彼の妹ですので、歴史的価値が高いと思われます。そして旧校舎調査で、彼女の存在に反応して新しい扉が開きました。それと精霊人形アリシアからの侵食を受けておりますから、そこから彼女の居場所も割り出せるかもしれません!」

まくし立てるように訴えてくるリグレスをリルドは静かに観察する。確かに理由は単純明白だが、そうではない。今のリグレスには、リルドの意図が伝わらない。これでは足元が掬われかねない。

「リグレス。」

「はい、如何なさいました?」

部下として従者として、リルドにはまだ穏やかな表情を向けてくるリグレスの中にある波打つ心に一石投じる。

「君には今すぐ大精霊ルーナ教の神殿へ向かってもらいたい。そこに一部の人間しか触れられない蔵書があるだろう。本当に助けたいと思うのであれば、まずは出会って間もない相手の話を鵜呑みにするよりも、大昔の本に詰められた知識を当たるべきだよ。」

「!?」

リルドのテンポをゆっくりにして出した指示でリグレスの瞳が大きく開き、ワナワナと身体が震えているのは見てよく分かる。

「一度立ち止まって冷静になって。話はそれからだ。」

「か、家族が傷ついて冷静でいられるとでも言うのですか!?」

宥めるように彼の背中を擦れば、珍しく避けられた。涙を溜めてはいないが充血した彼の瞳が、リルドを刃のように刺しに来るが、ここで向き合えるのはリルドだけ。下手に動くと火に油を注ぎかねない3人は息を呑んで見守る。

「いられないからこそ、そう努めるべきだ。大切な物を見落としかねない。ほら、まずは行ってらっしゃい。」

「…た、大変失礼致しました。」

リルドは目を逸らさずに少し眉に力を入れて下げてみれば、リグレスの瞳が揺れて先程までの威勢が嘘のように声のハリが消えた。その間に、リルドは動くに動けない隊員達に声をかける。

「バフィン、本屋に走って下さい。人形の組み立て方が書いてあるものをいくつでも良いから買ってきて欲しいのです。リガ、彼女を休ませておくのに裸では可哀想だから、何か使えそうなものを見繕って。サキは、嫌かもしれないけれど副団長に魔石を数種類頼んで来てほしい。もしかしたら必要になるかもしれない。」

リルドが精霊人形を探している事も価値を見出している事も知っている3人は、深々と頭を下げてくれた。リルドが指示を飛ばしている間、ただ呆然と立ち竦むリグレスを指差し、

「ほら、リグレス!ボサッとしない!君が持ってくる情報が彼女を救う手掛かりになるかもしれないんだよ!」

「あ、あ、ありがとうございます…リルド様。」

少しだけ叱ると、彼は誰よりも長く頭を下げた。

「仕事中は、俺に様をつけないんだよ。彼女が目覚めたら、皆でランチの時間になるかな。」

「いや、先に食べるべきっす。早朝から店やってる本屋を探してその帰りに食い物買ってきます。」

頭を下げて見ていない彼に軽く微笑んでみると、バフィンから冷静に突っ込まれた。


 リルドは静かになった隊長室で彼女の身体を慎重に確認する。幼い頃のリティアは人形遊びを好まなかった為、プレゼントしても椅子に座らせているだけだったから関節の動き方を見るには悪くない。

「こんな風に空洞なんだね。」

人間は骨と脂肪が詰まっている中、人形の腕や足の中はゆとりがある。劣化したゴム紐の素材を確認しようと首から出ているソレに触れると、何かの抵抗を感じた。事切れた彼女に意思があるとは考えられない為、胴体の隙間を覗くと羊皮紙が詰められていた。リルドは訝しみながら紙を擦らないように慎重に腹部の穴から取り出して広げてみると、人形の胴体の組み立て方と素材について記載がある。その中の記載の1つに目が止まり、リルドは静かに震え立つ。

「これが本当ならアリシアの1番近いところにいるリティが危ない…」

この羊皮紙を人形の中に戻すにはリスクが高い。リルドは机の引き出しから、何かの為と買うだけ買って使ってなかった羊皮紙を引き出して、危険な記載の部分を省いて書き写した。インクが乾くまでの間に引き出しに裏返して問題の羊皮紙を仕舞い込む。

「先に謝るね。君が目覚めたらサンニィール家で保護するから、妹を守るために嘘を仕舞わせてね。」

先程の羊皮紙が詰められていた形でリルド直筆の物を仕舞ったところで、扉がノックされた。

「リガ、ありがとうね。」

「いえ、子供服は部屋を埋めるほどありますから大丈夫です。」

リガがワンピースとドロワーズ、靴下を持ってきてくれたが、この身体を繋ぎ合わせなければ着せてやる事もできない。身体に合うか上から乗せて確認しているリガが、ふと胴体の中の物に気がついた。

「俺も見たから出して良いよ。」

本物は門外不出だ。絶対的に信頼できる人に渡すという選択肢すらないと考えている為、リガにも嘘を貫く。

「では、失礼します。」

真剣に読むリガが、フンフンと頷きながら彼女のパーツの向きを弄り始める。

「ゴムさえ新調すれば、身体は戻せそうですね。」

「そうだね。でも目覚め方は書いてなかった。」

魔石に新しく精霊を詰め込む事は今までもやってきたが、ここまで砕けた魔石を元通りにする事は不可能だと考える。リガも静かに頷き、リルドと共に空っぽの魔石に送り込むが、精霊達は留まる事なくすり抜けていった。

「普通の魔石と異なるようですね。」

「そうじゃないよ。魔石を使い切ったら、要は命が終わったら二度と戻らないって話さ。」

首を傾げるリガに、リルドは軽く首を横に振った。死んだ人間を蘇らせる事は不可能だと、リルドは嫌でも理解していた。

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