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231,少女は抓る

 リティアがリーフィの涙をハンカチで拭うと、静かに見守っていたセイリンが口を開き、

「フィさんでしたね。自らを偽らない勇気に感服致しました。」

パチパチと拍手をする姿は、自分の従者を褒めるかのようだ。

「あなたの心が赴く方へ歩き続けることで、どれだけの壁にぶつかるのか…私にはまだどれほどのものか分かりませんが、あなたのように強い意志を持っていたいと思います。」

「どうして?勇気なんてないですよ。」

言葉を続けるセイリンに、首を横に振って否定するリーフィ。平行線になりそうな雰囲気が漂う。リティアは、静かにハンカチを下ろすと左手に持ち替えて2人を観察すると、

「性を持つ生物で溢れている中、あなたは私達に性を偽らなかった。偽る事の方がどれだけ簡単か、容易に想像できます。でもあなたの心はそれを許さなかった。それこそがあなたの勇気です。」

自信有り気な笑みを浮かべるセイリンは、なかなか言葉を受け取らないリーフィを称賛するが、やはりリーフィの心に響かない。それは頭で昔から痛めつけられてきた傷口が拒否しているからだ。よく分かっているリティアは、リーフィの視線がセイリンに向いた時、

「買い被りすぎで…いったあ!?」

その頬を右指で抓った。口で言って聞かないのであれば、別のアプローチをするのもありだ。まるでセイリンみたいだなと笑いたくなる気持ちを抑える。

「フィーさん、発した言葉には言霊が宿ると言います。もっと自分を大切にして下さい。」

キョトンとしたリーフィと向き合うリティアを、

「リティが力技を使った…?」

驚くのはセイリン達もだったようで、

「自分を傷つける口を閉じてもらっただけですよ。」

自分に言い聞かせるように理由を述べれば、

「ああ…僕のお姫様は、いつの間にか成長しているみたいで。」

「姫じゃありませんよ…!?」

何故かリーフィが目尻を下げて微笑んできた。もしかしたら、その話題を逸した事でホッとしているのではないかとも思ったが、まずは変なあだ名を否定させてもらう。

「はいはい、世界一愛らしい『僕達』のお姫様はお家に入ろうね。皆様、長らくお待たせ致しました。どうぞお入り下さい。」

まさかのリーフィが、リティアを軽くあしらってヒョイッと軽々抱き上げて、器用に扉を開けて皆を家内へと誘う。

「お、お兄ちゃんみたいに子ども扱いをするなんて…」

「ティアちゃんは、いつまでも妹だからね。僕からしたら大切な主様だよ。」

リティアがブツブツと呟くと、お姫様抱っこをするリーフィが素敵な笑顔を浮かべていて、リティアは恥ずかしくなって顔を両手で覆った。

「お邪魔します!」

「リビングが散らかっているので、先に2階の部屋に荷物を置いてきてください。お茶と軽食をご用意しますね。」

誰よりも早くテルが元気に入ってくると、振り返りながら微笑むリーフィに、

「リビングは散らかっていません!素敵な宝物の宝庫です!」

慌ててリティアが否定をする。この人が理解して受け入れるまで、何度でも伝え続けなくてはいけない。あなたが思っている以上の価値を私達は知っていると。それはアクセサリー作りだってそうなのだから。リーフィとリティアの思考の偏りは本当によく似ているから、彼に声が届かせられるのは自分だけかもしれないとまで錯覚する。

「なんだ、リティの魔獣素材で広がっているのか?」

「い、いえ、フィーさんのアクセサリーパーツがテーブルにあります。いくらなんでも、臓器をリビングで弄る勇気はありません。」

その気持ちを他所に玄関すぐの階段を昇り始めたセイリンは、リティアが自分の私物を広げていると認識したらしい。抱き上げられたままセイリンに目で訴えると、既に踊り場まで昇っていたテルがバタバタと降りてきて、

「え、俺見ていたい!作ってみたい!ね、セイリンさんもやってみたいよね?」

「そうだな、リティにヘアゴムを作るのも良いな。」

リティアの気持ちを汲んでくれて、セイリンも話に乗ってくれる。

「えっと…せめてテーブルの上からは片付けますね。」

リーフィは困っているような感じを含みながらも、頬を薄っすら染めている姿をリティアの目に映していた。セイリンの後を昇るソラが振り返りざまに、

「リティアさん、軽食を作る時に以前作っていた野菜チップスをお願いできないか?」

「はい、分かりました。」

そう頼んできたので、リーフィに降ろしてもらってキッチンへと急いだ。


 リーフィは片付けにそれほど時間をかけずにキッチンに立った。リティアは薄くスライスしたかぼちゃやレンコンを鉄板に乗せている最中だった。

「ティアちゃん、さっきは助けてくれてありがとうね。」

「何の話でしょうか?私は思った事しか口にしてませんよ。」

小声で感謝を伝えてくるリーフィにとって、セイリンからの言葉かけは苦しいだけだったということだ。そこはリティアも想像していた通りだ。

「そうなんだね…でもありがとう。」

ふわっと微笑むこの人の心の殻を破るにはこの夏しかない。サンドイッチ用のレタスを千切り始めるリーフィに、

「フィーさんの巻きスカートが可愛くて、作って欲しいってお願いしたら作ってくれますか?」

「喜んで。」

紅茶をカップに注ぎながら上目遣いをすると、すぐに快諾するリーフィ。

「ありがとうございます!お揃いで出掛けられる事を楽しみにしてます。」

「うん、僕も楽しみ!」

無邪気とまではいかないが、かなり雪解けた笑みが返ってきた。そこにディオンとテルが手伝いに来てくれたのでサンドイッチを2人に任せて、リーフィはパンケーキを焼き始め、リティアは焦げる前にチップスを取り出してから紅茶と一緒にトレーに乗せて、既にリビングで待っている2人に運んでいく。リビングではケルベロスがどデカく転がっていて、セイリンがケースの中を眺めていた。ソラは長旅で疲れたのか、うたた寝している。こうやって見るとテルとよく似ているが、口角の曲がり方が異なる。ソラはあまり表情を変えない為か、少し下がっているように見え、テルは寧ろグッと上がっている。

「リティ、寝てる子を起こすのはトレーを置いてからにしろ。」

「すみません…」

セイリンから小声でご注意を受けて、音を立てないようにテーブルにトレーごと乗せてから、ソラの頰をつまむ。ぼやーと瞼を開く彼の瞳には、目一杯のリティアの顔で埋め尽くされている事が、目に映り込むシルエットで分かる。

「…」

「おはようございます。」

反応のないソラに、ニコッと笑顔を向けて挨拶すると、

「ああ…」

彼は寝ぼけ顔で大欠伸をこき、

「おはよ、テル。」

「リティアです。」

本当に寝ぼけていた彼に、リティアは笑顔のまま突っ込む。ギョッと目を見開くソラの表情を見ているのが楽しくなる。

「他人の寝顔は可愛いよね。朝のティアちゃんもだよ。」

「フィーさん!?」

甘いパンケーキの香りを漂わせて入ってきたリーフィの一言で、ボン!とリティアの顔が一気に熱くなる。

「ソラ、馬車の中でも寝てたのにまた寝たのー?」

「慣れない馬車の長距離移動でお疲れなのですよ。」

サンドイッチを片手に持ったテルが、瞬きが止まらないソラの口に自分の食べかけを押し込み、ディオンが残りのサンドイッチをテーブルへ置いた。各自、自分の分を皿に分けてソファに腰掛ければ、リーフィがいそいそとケースをリビングから持ち出そうとする。リティアが紅茶を置いて駆け出し、それに合わせるようにテルも飛び出して、2人で片腕ずつにしがみつき、

「作りたい!」

「教えて下さい!」

まるで駄々をこねる子供のような構図になった。リーフィの表情は、純粋に驚きを表していた。

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