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221,少女はお願いする

 こうなったらズブズブと落ちていくだけ。私もそうだから分かる。1つのきっかけで、他の不安を引き寄せて頭の中でぐるぐると悪循環。リティアは意を決してそっと彼の手を取り、

「木箱は閉めておくと中身が腐らないようですし、折角初めての町に来たので案内をお願いできますか?」

彼の意識の方向を変えることにした。リティアがニコニコと笑顔を向けると、バッと顔を上げた彼は何度も力強く頷き、

「は、はい!僕で良ければご案内致します!」

素早く立ち上がって木箱に蓋を持つリーフィ。やはりその視線は一角獣、ユニコーンの角に注がれながらゆっくりと閉じられた。リティアは勿論気がついているが、今は何も言わずに部屋に戻って出掛ける準備をしてくる。バッグを片手にパタパタと階建を降りると、ふんだんに刺繍が施されたオレンジ色のラップスカートをズボンを隠すように履いたリーフィが玄関で待っていた。

「わあ!綺麗な刺繍ですね!」

細かいステッチで織り成す花畑のような刺繍に、リティアが感激すると!

「ありがとうございます。未熟者の刺繍ではありますが…。リルド様からのご要望により、リティア様のパーティドレスの刺繍を担当致しました。」

ボソボソと話すリーフィは、赤く染まる頬を指で軽く掻いたが、兄からの自分用パーティドレスと聞いて首を傾げるリティア。3拍の沈黙後、ドレスから靴まで全て白で揃えられた兄からの贈り物を思い出した。セイリンが黒いドレスを着ようかと言っていた時の話だ。合点のいったリティアはパチンと両手を合わせて、

「まさか、あの純白のドレスの事ですか!?」

「そ、そうなのですけれども…やはり拙くて使い物になら」

また目を伏せ始めるリーフィにこれ以上は言わせない。彼が負のスパイラルに陥る前に、リティアは強めの口調で褒め言葉で覆い被す。

「とても素敵でした!!貴族出身の友達が、王都で活躍しているデザイナーかもしれないと仰っているくらいに素晴らしいものでしたよ!」

ニコッと笑顔を向けると、彼の目は大きく見開かられて、

「…ああ。分かる方には分かるのですね。」

ふわっと笑みを浮かべた彼にエスコートされながら家を出ると、

「多分、そのデザイナーはお師匠さんです。」

聞き取れるかどうかの声量で呟いた。


 午前で既に陽射しがギラギラと刺さり、町の人は麦色の肌が殆どであり、2人とすれ違う観光客らしき女性の大半は日傘を差して歩いていた。リーフィが市場に移動しながら隣を歩くリティアと、カフェのパラソルの下で優雅な時間を過ごしている貴婦人達をひたすら見比べ、リティアが首を傾げる。

「あ、すみません。折角の白い肌が焼けてしまうと勿体ないと思いまして…」

「先程から何度も雑貨屋さんには入ってますが、日傘は販売していないのですよね。」

雑貨屋はクラーケンの皮製品と貝殻の装飾品が棚に並んでいるが、日傘は愚か傘すら見当たらない。あまり必要とされていないのだろう。瞼を閉じて思案している様子のリーフィが、

「…そうですね。まあ、作れない事はないと思うのですが…」

「作れるのですか?できればお願いしたいです!」

自信なさげに言ったところで、リティアは素早くお願いする。リティアがテルのような無邪気な笑顔を浮かべるよう努めると、リーフィが何度も瞬きをしてから、

「が、頑張ります。」

はにかむ。2人で見つめ合えば、互いに笑みが溢れて他愛無い話を楽しみ、市場へ到着する。リティアは店前に並べられた魚介類の多さに驚き、白く濁った魚の目と目を合わせてみたり、パカパカと動く貝に砂を吐かれてみたり、と色んな店の人に笑われながら、市場でも人集りができている中心部に吸い寄せられるように向かった。巨大な針にクラーケンが宙にぶら下げられていて、その下には王国魔術士の団服を身に纏った4人が、町の人達と何かを話している。リティアは、初めて実物を見るクラーケンの目を注意深く探していると、


ドクン


自分の心臓が大きく音を鳴らす。重さで皮がだらけたクラーケンの全身から青い精霊と黒い精霊が滲み出てきていて、中でも精霊の数が多く内外へ移動している三角の部分にリティアの目が釘付けになり、白い巨体の見えるはずのない体内に一段と精霊が生成されている箇所を見つけて、唇を震わしながら隣のリーフィの袖を引っ張る。

「あのクラーケン、魔石が体内にあるようで生きていますっ!」

「えっ…ど、どうしましょう、魔術士達に伝えますか?あ、自分、身分隠しているので難しいかも」

明らかに彼の瞳が揺れ動く。これだけ大勢の人がクラーケンを囲っている今、

「彼らが話を聞いてくれるか分かりません。ただ私の目の前には、フィーさんがいます。」

「え、あ、えっ!?」

迷うわけにはいかない。リティアが魔法を使えないのだから、彼に魔法を使ってもらった方が確実だ。リティアは、しっかりと彼を見据えると、逃げたい気持ちに囚われているであろう彼の視線が泳ぐ。

「被害が出る前に、どうか。私はスティックを持っていないので魔術も使えません。お役に立てない。」

「…僕は。足を引っ張るだけの四番隊隊員です。」

ガヤガヤと町の人が魔術士を含めて談笑している中、この2人を気にする者は誰もいない。リティアは、逃げようとする彼にとっては酷な言葉を重ねる。

「お兄ちゃんがフィーさんを護衛につけたと言うことは、少なくとも次期長は貴方を評価しております。」

「…!うっ…そ、そんなことは」

すぐ視線を逸らしながら目を伏せようとする彼の頬を両手で挟み、リティアと無理やり目を合わさせて、

「フィーさん、お願いします。貴方が優しくて勇敢であることを小さい頃からよく知っています。」

と、微笑んでみせる。兄よりも年下の彼は、生家で忙しい兄達の代わりに相手をしてくれていただけでなく、あのお披露目会で追い出される自分の後ろで涙を流した彼を知っている。父と兄に手を繋がれてホールを後にする時に、振り返って見たあの光景は今でも鮮明に憶えている。彼があのリゾンドの傍で涙を流した…それは他ならぬ私へ向けられたものだ。リティアの言葉にゆっくりと頷いた彼は、

「ティアちゃん…。頑張るけど、怖いから…手を繋いでいてくれる?」

「はい、私で良ければ。」

久々の呼び名と共に彼の瞳に力が注ぎ込まれて、震えるその右手を両手で優しく包み込んだ。

「辺りを闇で暗くして人々の意識を反らしてから、クラーケンに攻撃する。」

「フィーさん、頼りにしております。」

倒し方を軽く説明したリーフィの視線が、リティアからクラーケンへ移り、凄まじい勢いで精霊が吸収される魔獣の上空に向けて左手をかざせば、太陽の輝きを通さない程の黒雲が市場から飛び出し、町を、海をも飲み込んだ。人々が状況把握できずに混乱する中、リティアだけはその闇属性の魔法の威力に目を奪われる。周りが全く見えなくなる程の暗闇の中、リーフィの右手がするりと両手の内側から外れて、ハッとして振り向くと彼は闇の中に紛れ、姿が見えなくなっていた。姿は見えないが、クラーケンから放出される青い精霊をかき分ける人間のシルエットを捕え、彼だと確信する。慌てふためく魔術士達が上空に魔術陣を描き始めたようで、魔術陣が集まってきた精霊達によって輝くと、吊り下げられていたクラーケンの頭が彼らの上に覆い被さるように落ちてきた。四方八方に散るように魔術のなり損ないが爆発し、住民はパニックを起こしたが、ズシンと地面に転がったクラーケンを合図として、瞬く間に黒雲が消失。リティアの隣には、眉を下げたリーフィが帰ってきていた。

「頑張ったからでしょうか?いつもよりも段違いに強い魔法になりました。」

彼は、へへへと照れ笑いを浮かべた。

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