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220,少女は高鳴る

祝!220話!アリシアちゃんとカノンちゃんの関係性が悪化しない事を祈ってます、祈らせてください。

 馬の為に時折平原での休憩を挟みつつクピア町に向かっていると、朝日を反射する白い壁と青い屋根ばかりが並ぶ町が見えてくる。一定のリズムで揺れる馬車の中で、図鑑を両手に持ちながら窓から顔を出し、

「ギィダンさん、あの町ですか?」

「ええ。妹君様、あと少しのご辛抱ですよ。」

御者のギィダンに確認を取ると、背中に重量のあるものがのしかかってきた。リティアの足は踏ん張れずに床に崩れ、代わりにケルベロスが外を見る。

《全く、我らに跨がれば速いものを。》

「ケルベロス様、人の目がございますから難しいのですよ。」

ギィダンからの回答に、フン!と鼻を鳴らして馬車の中へ戻ったケルベロスは、リティアの上からやっと降りて席に戻る。リティアはよろよろと立ち上がり、図鑑を革のトランクに仕舞う。ここにはハルドから渡された木箱も詰められていて、兄の別荘に到着したらすぐさま確認をする予定だ。荷物を戻し終わったリティアも到着するまでお行儀よく座っていると潮風の香りが強くなっていく。馬車が音を立てて停止したところで扉が開かれて、懐かしい髪色が視界に飛び込んできた。外側が青灰色、内側に銀色を持つ珍しい髪で中性的な顔立ちの彼が手を差し伸べ、リティアもその手を取って軽やかに降りる。スルッと手を離してからペコリと頭を下げて、

「フィーさん、お久しぶりです。」

「リティア様、お会いできて光栄でございます。」

挨拶をすれば、彼が片膝を地面につけて屈んで目を合わす。藤色の左目と黒い眼帯で覆われた右目に驚いたリティアは、

「フィーさん、あの綺麗なダリアの右目は怪我なさったのですか?」

眼帯をはめるリーフィの頬に震える手で触れた。彼の右目の虹彩の模様はダリアの花が咲き誇っていて、リティアは幼い頃から覗き込むのが大好きだったが、今はそれが見えない。

「怪我はしておりませんが、王都では気味悪がれる事が多くて隠しております。」

「あんなに綺麗なのにですか?」

苦笑いを浮かべるリーフィと動揺を隠しきれないリティアを他所に、ケルベロスが大欠伸をかき、ギィダンが荷物を下ろしていた。

「ギィダン殿もお疲れ様です。もしよければ休まれていきませんか?」

「いえ、この後は主様の元へ戻る事になっておりますので、妹君様をよろしくお願いします。」

リーフィがそれに気がつき、飛び出すようにギィダンからトランクを受け取ながら声をかけるが、ギィダンが丁重に頭を下げた。

「承知致しました。では、リティア様とケルベロス様、こちらへ。」

リーフィに促されるように、大きな庭を持つ白基調の邸宅へと入っていくと、室内で風が踊っていてふわっと珈琲の香りが流れてきた。リティアは、以前リグレスに渡された紙の内容を思い出したが、リーフィ以外には誰も居なかったはずで、首を傾げる。

「フィーさん以外に誰かいらっしゃるのですか?」

「いえ、僕のみでございますよ。風の精霊の力を借りて香りを漂わせただけです。」

珈琲の香りが好きなので、と微笑むリーフィ。しきりにクンクンと鼻を動かすケルベロスが舌を出し、

《腹減った》

「お食事の用意は済ましてあります。すぐに運びますので、お待ちを!!」

ズカズカと香りの発生源へと向かうケルベロスを慌てて追うリーフィに苦笑しつつ、リティアは玄関のすぐ右手にある階段を駆け上がり、2階の窓から町を見下ろす。見渡す限りの青だ。真っ白な太陽の光を全身に浴びた海は鮮やかに輝くブルートパーズ、空はその青さが反射したようなアクアマリン、屋根をラピスラズリと例えても良いのかもしれない。目の前の宝石は形を持たず、手に取ることのできないからこそ美しい。初めて見る海は、リティアが本で得た知識のようにクラーケンが襲ってくるように思えないほど、静かに潮風で小波を打つ。もう少し肌に浴びたいと思い、窓の高いところにある鍵に背伸びして手を伸ばせば、緑色の精霊達が人の形を成して開けてくれる。

「ありがとうございます。」

《どういたしまして。》

ブワッと風が舞い上がり、リティアのスカートのポケットへと精霊が戻っていった。ここに旧聖教会で見つかるように仕組まれた石がある。窓から顔を出して潮風に当たっていると、1階から声がかかった為、窓を閉めるだけで降りて行こうとすると、もう一度『彼』が動いて戸締まりをしてくれた。心の中でお礼を言いつつ、まだ口にしていない朝食を食べにリビングへと向かうと、既にケルベロスが焼き魚に食いついていた。リティアには魚ではなく、生クリームたっぷりのふわふわパンケーキが用意されていた。リーフィの分もあるようで隣に置いてあり、

「食べましょう。」

「はい、頂きます!」

ソファに腰かけて珈琲と共に頂戴する。リティアが食べ始めてから、リーフィも口に運ぶ。リビングから見える中庭には綺麗な赤い大輪の花が咲いている。

「お兄ちゃんは、いつからここに別荘を持っていたのかしら?」

「結構前だと思います。僕が来るまで、ハウスキーパーが入って掃除をしていたようです。」

リーフィが素朴な疑問に簡単に答えてくれる。

「そ、そうなんですね…」

詳しい事はリーフィも知らないと見た。兄が、ここに別荘を買った理由が分からない。クラーケン退治に魔法士が駆り出される事はほぼないからだ。あれの退治は魔術士が担当する為、詰め所が街の何処かに建っているはず。乱暴に骨を引きちぎるケルベロスから骨の返却されて、リーフィが食事の途中で立ち上がって片付けにいく。

《兄の買い物をお前が気にする話ではないだろう。》

ケルベロスの真ん中の口が魚臭い息を吐いてきて、リティアが欠伸しようとした左の顔をムギュっと両手で挟んで阻止する。リティアからケルベロスへと精霊が流れ込むのが見えた。

「馬車の中でも一緒に寝ていたのに不思議ですね。」

《移動中の馬車に常時結界を張っていたんだぞ。空腹になって当然だ。》

必死に欠伸をしようとするケルベロスの空腹は胃袋の話ではなく、生命維持に必要な精霊の事だったようだ。リティアの左手が真ん中の口に甘噛されて、驚いて手を離すと目の前で大欠伸されてしまった。

「く…臭い…」

《知らん。》

涙目で訴えると、その臭い舌で顔を舐められそうになり、リーフィの腕が間に入って彼が身代わりになった。ケルベロスは面白くなさそうに、腹を出し転がったので、2人は食事を再開した。


 2階のリティアの部屋へと案内されると、空のはずのクローゼットには新品の服、靴、バッグが入っている。どれも兄が贈る物と傾向が似ている為、用意したのは兄だろう。自分の持ってきた服はトランクに仕舞ったままにして、図鑑と木箱をリーフィに持ってもらってリビングへ戻る。テーブルに木箱を置いてその蓋を開けると、リーフィの目がキラキラと輝く。

「フィーさんもこういう素材がお好きですか?わ、私、内臓はあまり加工したことなくて…。」

幼い頃から魔獣から逃げていたリティアが触っていた素材は殆ど植物で、たまに小さな虫型の魔獣のみ。それらにこのような内臓素材はないので、図鑑を確認してもイメージが湧かなかった。

「え、えっと。内臓は触った事ないですが、ユニコーンの角が気になります。」

「粉砕して薬に混ぜますか?」

ユニコーンの角の粉を傷口に塗ると治りが早いと聞いた事があってそれかと思ったが、リーフィの首は横に振られた。

「いえ、薬作りはしませんよ。僕の母は採取物を使った装飾品の加工を得意としてましたので、少し手伝ったことがあります。」

「そうなのですね!!是非、使って下さい!出来上がりを見てみたいです!」

装飾品という発想がなかったリティアが、パチンと両手を合わせて笑顔を向けると、リーフィの瞳が揺れて俯き始めて、

「こんな出来損ないな僕なんぞが作っても大した物はできないかと…」

そう消えそうな声で呟く。目の前に入学当初の『私』がいると錯覚するほどに、彼の自尊心は低く感じた。

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