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217,少年は後にする

 ビナの手作りパンを堪能して患者を捌いた次の日の朝は、バンズリーが仕留めてある程度処理が終わった猪の肉をブロックで差し入れしてきた時に、「ソラ坊ー、元気か?」なんて気にかけてくれて、ソラの表情が自然と柔らかくなった。早速、母が貰った肉を薄切りにして焼くと、家にあったパンにマスタードをつけてレタスと肉を挟んでテーブルに昼飯として用意しておき、本日の業務も滞りなく始まった。連続で怪我をした3日目でソラの無愛想さに慣れたトレジャーハンター達は、聞いているのかすら分からないソラにあれやこれやと武勇伝らしきものを聞かせてきて、適当に相槌打てば良い方。全く反応を示さずに、処置を終わらせてしまう事が殆どだった。昼間の患者の対応が終わって、診察室での昼食兼休憩時間に父が口を開き、

「全く学校について言わないが、どうなんだ?少しは役立ちそうなことはあるのか?」

「ある。今はまだ治癒魔術を使う為に必要な物を携帯させてもらえないが、仲良くしている友人の知人にあたる先生が薬に詳しくて、新学期から教えてもらうことになっている。」

まともな親のように学校の事を聞いてきたので、診療所に関係しそうな話のみに絞り、

「ほう!それは楽しみだ、遠方の、しかもなかなか珍しい学校に行かせた甲斐がある!」

それを聞いて腕を組みながら嬉しそうに頷く父に、

「まあ、俺に向かなくても治癒や補助系の魔術は俺よりもテルが長けているし、薬の調合もテルは既に先生の手伝いができる程になっている。」

「なーに、ソラの方が遥かに出来が良いんだ。すぐにあんな奴を抜かすさ。」

テルが自分よりも凄い事を伝えると、父が当たり前のようにソラを持ち上げてテルを貶してきた。耐えろ、と自分に言い聞かせながら、

「…何でテルを褒めないんだ?」

「あれを褒めて何になる?」

疑問を投げかければ、平然と返してくる父と、

「…。」

ソラの話す気力はなくなっていき、マスタードの味が強すぎる冷めきったサンドイッチを無言で食べる。リティアが以前作った、あの素朴なかぼちゃのチップスが無性に食べたいと思うようになっていた。


 夕方からの駆け込みの患者が多く、診療所は夜中になっても閉めることができなかった。そうしているうちに市場で買っておいた蒼茸の軟膏瓶が軽くなり、治療に支障をきたし始める。

「市場はもう開いてないからな…、作るにも時間がかかる。」

「軽症者に塗らないのは良いが、深い傷の人は使いたい。」

父もソラも悩みつつ、できる限り薄く使って誤魔化しながら処置をしてみたが、それほど時間は掛からずに底をついてしまった。父が処置の手を止めて、商人が泊まっている宿を探しに診療所の扉を開けると、

「おお!?立派な馬車が我が家の前に止まっている!!」

「まさか!!」

父の裏返った声を聞くとすぐに患者を放置して、母が止める声も聞かずに慌てて飛び出すソラは、馬車の窓から手を振っている友人に手を伸ばし、

「ディオン!テルがいるなら、あいつの蒼茸軟膏を買わせてくれ!!」

両親に、いや周囲に居合わせた街の人間に聞こえる程の大声で頼みこむと、

「ソラの為なら良いよ!あげる!」

ブルブルと小刻みに震えるテルが勇気を出して馬車から降りてきた。その手にバッグを抱え込んでいるテルを、ソラはどうしようもなく愛おしく抱き締めると、

「今更帰ってくるなん」

「ああ、自己紹介が遅れまして申し訳ございません。私、テルとソラと仲良くさせて頂いているディオン・ラグリードでございます。」

顔を真っ赤に膨らます父の言葉に被せて、笑顔のディオンがそれ以上を言わせないように気を回してくれた。この街に比較的近くに邸宅を構えるラグリード家は、よく世話になっている騎士貴族である為、父の顔色が一瞬で変わって深々と頭を下げる。

「ら、ラグリード家のお方でしたか!声を荒らげた非礼をお許し下さい。」

「いえいえ。」

にこやかに返すディオンがテルを守るように背中に隠し、その間に震えるテルの手から調合室にあった瓶より一回り小さい瓶を受け取る。

「は、はい…ソラ、どうぞ。」

たっぷり入っているその瓶は、頼もしい味方だ。笑顔を浮かべる事は慣れていないソラは、

「恩に着る!!流石は自慢の弟だ!」

「…!」

懸命に顔に力を入れた。簡単にだが、テルにビナの事を伝えると、彼から遠ざけるように父の手を引っ張り、バタバタと診察室に戻ったソラは、テルのボトルを開けてラピスラズリ並に真っ青な軟膏を使って処置を再開していく。その深みのある青さに父の目が釘付けになったのを確認すると、

「テルの手作りだ。凄いだろ。」

それだけ言って、手を動かさせる。早朝にハルドの手伝いをしながら作った物を分けてもらっている軟膏だから、本当に質が良い。そもそもの軟膏の伸びも、皮膚につけた時の質感も全く違う。患者を返し終わる頃には、父は何度も、

「この軟膏がほしい。」

と言っていたが、一貫して断り続けてソラがボトルを抱えて、会計担当の母に声をかけた。

「この軟膏は、普段使っている物よりも遥かに良質な物だ。金貨4つは欲しい。」

「銅貨でさえ1枚も渡せるわけないでしょ!何であんな奴に!」

ダン!とテーブルを叩いて声を荒げる母に、

「母さん、いい加減にしろ。」

「え…?」

ただただ棘のような視線を向けて軽蔑すると、理解が及ばないのか、目を丸くしている。

「購入した物に金を払う事はごく当たり前のことだ。それを作った人間が気に入らないから等という、下らない理由でゴネるんじゃない。見てて本当にみっともない。」

「そ、ソラ…?親に向かって何てことを。」

言いたい事は最後まで言わせてもらう。そうしなければ気が済まない。普段それ程話さないソラの猛攻に、母の開いた口が閉まらなくなっていく。

「ずっとあいつに支えてもらって診療所を続けてきていたくせに、奴隷以下の扱いをするあんたに辟易しているだけだ。」

「2人ともやめなさい。母さん、払おう。本当に目が張るほどに良い物だったんだ。そこらで買える物じゃないし、これのおかげで今夜は乗り切れた。」

こちらもテーブルを叩いて見下すと、診察室から飛び出してきた父が割って入り、金貨を払うように指示して、母は渋々と取り出したので引ったくるようにソラのスボンのポケットに仕舞う。

「アナタ…。わ、分かったけど、何でアイツがここを支えているって勘違いしているのか分からない。」

「テルが学校で飯を作ってくれた時、我が家のハンバーグだった。それだけじゃない、蒼茸の特性を知っていて、採取、加工、調合ができた。あいつがいた時に粉薬と軟膏を切らした事は一度もないんだ。それでもあんたは認めないのか。」

まだこの女はテルを貶すか、ソラはギリィと歯軋りをしながらぶつけられる物はぶつけていく。

「…それは子どもとして当たり前のこ」

「違う、それは断じて違う。アンタは子どもとして接していないんだから。」

腰が引けてきた母の声は徐々に小さくなり、ソラが最後まで聞く耳持たずに更に畳み掛けると、

「いい加減にするんだ!ここで親子喧嘩はするもんじゃない!お前もソラも頭を冷やしてきなさい!」

遂に父が怒り、自分まで怒られると思っていなかったであろう母は震え上がり、ソラは表情を変えることもないのまま自室から荷物を持ち出して、父に頭だけ軽く下げて診療所を後にした。夜風は涼しく、散歩するにはもってこいの気温だ。ふらふらと月の光と、酒屋のランプを頼りにバンズリーとビナの家へと向かう。診療所の前に馬車がない時点で、テルから2人に伝わったに違いない。あそこの夫婦は、テルに会いたがっていると…。

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