213,少年は転がす
久々にガッツリと鍛錬ができることは嬉しいが、昨夜の事を許すわけにはいかない。なかなか着飾ることのないセイリンを指差して笑って何が楽しいか、ディオンには理解できない。ホールを歩く姿はあまりにも綺麗で、複数人の目が奪われた程だというのに。例え、ジェスダがセイリンを好いているのだとしても、あの接し方は腸が煮えくり返るものだった。あの時懸命に気持ちを抑えていたディオンは、発散できる今を楽しみにしていた。セイリンの屋敷の敷地内で鍛錬場があり、ディオンは動きやすい格好に着替える。全員での走り込みと筋トレが終わった後は金剛剣ではなく、昔から使っていたファルシオンで素振りをする。模擬戦では真剣を使う為、しっかり感覚を取り戻しておく必要がある。大きい刀身を振り被ると、セイリンの父親と話し終わった義理の父親がこちらへと歩いてきたのが見えたので、振り下ろす動作をやめて、ゆっくりと地面に剣先を向けた。
「ディオン、昨日はルーシェ家に直行したのだな。デークが残念がっていたぞ。」
「はい、他の方々の馬車が集まっていくのが目に入りましたので、セイリン様の身の回りのお世話をする為に急ぎました。あのお忙しいデークお兄様は帰ってこられているのですか?」
以前のハルドとの会話がチラつき、本当の親はどんな感じであったのかと気になる面もあり、この場では義理の父に対して『親子』らしい会話を試みていた。父はディオンと似ても似つかないイエローブラウンの髪をボリボリと掻き、
「うむ、そうだな…お前はあの方の従者であるからな。ああ、ただ早朝には次の任務で出立しているがな。」
「それは失礼致しました。」
ディオンの意見を汲み取ってくれたが、次の瞬間にはディオンの方が『従者』の立ち位置に戻り、一礼してしまう。従者として育てられてきたディオンにとって、最早『親子』という形を手探りするには遅すぎるようだ。その心の傷に気がつかれないようにいつもの笑みを絶やさずに軽い談笑をして別れると、ここを取り仕切るセイリンの父親の集合の声が響き、個人練習をしていた者達が一斉に集まる。
「これより模擬戦を開始する。相手から武器を奪うか、または首に剣先を当てる事を勝利とする。では始め!」
「ハッ!」
号令により、ディオンも騎士の中に混ざって模擬戦に参加する。広い鍛錬場で自然と3つのグループに分かれて模擬戦を開始した。ディオンのいるグループには、ジェスダは居なかったが朝のあの2人なら居るので、他の人の模擬戦中に声をかけに行く。
「ベルク殿、ガンドゥ殿、2対1で行いませんか?最近、勉学に忙しかった為、しっかり自分を追い詰めたいのです。」
「はぁ?誰が1だ?」
ベルクが片眉を引き上げて睨みつければ、ディオンは笑みを溢し、
「勿論、私です。如何でしょう?」
その言葉に2人の口元が歪に引き上がった。さてさて、どんな卑怯な手段を使うつもりなのか、と今から楽しみになった。
ディオンの模擬戦の時間が回ってきて2人と始める。最初は軽く剣で彼らの攻撃を流しながら様子見してどのように動くか観察したが、それほど時間をかける必要がないと見たディオンは、騎士の標準武器であるロングソードを振り回すベルクと、槍を前方に構えて突進するガンドゥを大剣でいとも簡単に弾いていく。ディオンは、ベルクの剣が手から離れた瞬間に間合いを詰めて足払いをして転がすと、ガンドゥの槍を真っ二つに斬り落とした。ほんの数分で決着がつく程に力の差は圧倒的だった。周囲からパチパチと拍手をもらい、ディオンは引き下がって一礼してから転がったベルクに手を差し伸べると、彼はこちらを睨みつけて、
「てめぇ…」
「手を振り払って下さってもよろしいですが、他の騎士の手前…できませんでしょう?」
見下ろす形のディオンが微笑むと、ベルクはチッと舌打ちしてから手を取って立ち上がる。先輩達の前で問題は起こしたくないだろう、と暗に言っただけだが、悔しそうなベルクがギリィと歯軋りまでしてくれる。少々、優越に浸りながら鉄壁の笑みを向けておくと、ベルクはガンドゥに連れられてグループの中へと戻っていった。他の年配の騎士と共にいる父も良い笑顔で大きく頷いていて、誰もが2対1を簡単に終わらせたディオンに注目した為、ディオンはこの集まりを自らの独壇場とさせてもらう。
「先輩方。もしよろしければ、私と模擬戦をお願い致します。学校で過ごす3年間を1人の騎士としてあの街一帯を守り、皆様と共に戦えるようになりたいのでございます。」
「1人で街を守れるかよ!」
ディオンが笑みを周りに振り撒けば、すぐにジェスダが怒鳴り、他の騎士の視線が彼へと動いたが、
「いや、ディオンならできるかもしれないぞ。」
「セイリン姫の従者として魔術も学んでいるんだ。俺達より強くなるだろう!」
数人の先輩が乗り気になると、周囲の人間が祭のように騒がしくなっていく。年配者はヤレヤレと額に手を置くが別段止めることなく、顔色が悪くなるジェスダの取り巻きは先輩達に感化されて祭に参加の意志を見せた。ディオンが剣を振り上げれば、まずは先輩騎士達2人が名乗りをあげて2対1の模擬戦という名の祭を始める。2人のロングソードが剣舞のように舞い、ディオンは身を翻しながらファルシオンで応戦し、くるんと身体を回転させながら振り下ろせば、ファルシオンの重さでロングソードは地面へと叩きつけた。オオッ!と歓声が上がり、次から次へと相手を名乗り出る為、ディオンは淡々と笑みを絶やさず連戦を熟していったが、最後までジェスダが剣先を向けてくることはなかった。
昼の休憩時間は各々自由に過ごしていて、ディオンは再戦を申し込んでくるベルクや、他の先輩の相手をしていると、ジェスダが割って入ってきた。
「休憩時間は体を休める為に設けられているんだ!いつまでも剣を振ってないで座るなりして休め!」
凄い剣幕で怒ってくるジェスダに、下級、中級騎士貴族出の先輩騎士達はたじたじになり、ピンボールが弾けるように散っていき、ディオンだけが残される。仕方なく、相手が居なければ振る必要のない剣を鞘に仕舞うと、
「俺は許さねえぞ、自分から自滅する行為なんぞ!」
「はて、何のお話でしょうか?」
やはり怒られた。しかし、理由が分からず首を傾げてみると、
「いいか、あんな馬鹿げた事を言ったが為に、セイリンを狙う輩の情報が入っても仲間が駆けつけない可能性を上げたんだ。ここに集まった奴らは、無駄に地位がある能無しが多い。お前の一言で守るべき主に害が及ぶぞ。」
「いくらなんでもそれはないと思いますが?」
捲し立てるように怒るジェスダに冷静に突っ込むが、
「有り得るから言っているんだ。馬鹿な真似はよせ!お前のせいでセイリンに何かあったら!」
「ジェスダ様はお嬢様をからかって楽しまれているように見受けられましたが?」
彼の勢いは止まらない。セイリンの事を想うのであれば、もう少しやり方はあるだろうに、と核心を突きに行くと、
「お前だってセイリンの陰口を叩く輩がこの集まりでも半数を占めるって知っているだろ!」
「少しでもおかしいと思っているのであれば、せめて守ろうとして下さい。どうして一緒になって嫌がらせをするのですか?」
ジェスダが半ばキレ気味に話しの論点をずらしてくきたので冷静に対応すると、
「そんなことしたら…俺が騎士団に居られなくなる。」
唐突にジェスダの勢いは消失し、恐怖に怯える瞳をディオンに向けてボソボソと呟いた。それを蔑むように見下ろしたディオンが、
「本当に、王都勤務の騎士団は腐ってますね…!」
「…っ!!」
そう吐き捨てると、ジェスダの目は大きく見開かれて揺れ動いた。王都の騎士は貴族出身が大半を占める。自身の地位を守り、誰かを陥れて這い上がることに悦を感じる輩ばかりであることは、セイリンもディオンも幼い頃から教えられてきた事だ。それでも騎士団改革の為、未だ救えぬ民の為と、立ち上がるは我が主。セイリンはそれだけの覚悟があってその門を叩くのだから。




