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211,少女は勝ち誇る

 ルーシェ家の人間の表情が凍りつくが、彼に言い返せる者はいなかった。ここでは彼が上だ。それでも呼んだということは、彼に相手がいなくてセイリンにまだ可能性があるからだ。若い者達はここで彼に共感の声をあげようにも、あげたら最後、セイリンから蹴り飛ばされた経験のある者達ばかりで乾いた笑いで精一杯のようだ。そうだと思うだろ!と、笑いながら周りの取り巻きに同意を求めるジェスダに、セイリンの方から軽やかに歩みを進めると、輪に入っていない父の顔が真っ青になり、壁で控えているディオンの片足が浮き、テルの片頬が膨らむ。いくらなんでもここで喧嘩を始めるつもりはないが…と、セイリンはジェスダの唇をツンと人差し指で突けば、彼の目は大きく見開かれた。

「ジェスダ様、そのように褒めて頂けて光栄です。ただ、私はお強い殿方と結ばれる運命に御座いますので、そのお気持ちに応えられないように思います。」

「はぁ…!?」

口紅の紅さが際立つように口元を引き上げてあげれば、彼の耳までその紅に追いつくように染まっていく。

「以前の私と比べられるほどに、私をしっかりとその瞳に焼き付けていたのでしょう?そこまで想って頂いているとは、存じませんでした。」

「なっ…、お前なんかを!誰が!」

セイリンがわざと自らの頬を手で押さえる仕草をしてみれば、ジェスダの声が裏返って面白い。

「ディッ君。あの人、図星を指されて顔真っ赤になってるね。」

「テル、静かにして下さいっ…!」

壁の方でコソコソと話すテルに、ディオンが自分の口の前で人差し指を立てたが、時すでに遅し。ジェスダに聞こえてしまったようで、ダン!と床を踏み鳴らし、鬼の形相でテルを指差して、

「セイリン、新しい従者を黙らせろ!」

「え、俺、従者じゃないですよー!学友のテルって言います。よろしくお願いします!」

反省の色がないテルが、にこやかに右手を挙げれば、

「おい、変なの入れるなよ!外へ出せ!」

ジェスダが自分の従者達に指示を飛ばして、ディオンが盾のように立ちはだかる。そこでセイリンは注目を浴びる為に、パンパン!と手を叩き、

「彼は、将来有望なのですよ。あの社交界の青薔薇と言われるカルファス殿から、魔術士団へと熱烈なスカウトを受けるほどの人材です。」

ディオンから以前貰った情報を含めてテルの紹介を簡単にしてみると、輪にいない参加者からも感嘆の声が漏れる。由緒正しい魔術士の一族の一人息子の評価は、場の空気を変えるだけの力があった。ジェスダの瞳がセイリンとテルを見比べながら揺れ、

「こんなヘッポコがか!?」

「見た目の割に木登りと水泳、長距離走を得意として、森の中を自在に駆け回るだけでなく、この年齢で薬草学にも通じていて、魔術も難なく使いこなせるのです。素晴らしいと思いませんか?」

セイリンがにっこりと良い笑顔を浮かべれば、先程までの勢いが消えるジェスダが俯き始め、

「…ゔっ。そ、それでセイリンの候補なのか?」

「いえ、テルは私の可愛い令嬢仲間の学友との仲を発展させている最中ですので、そのような目で見ておりませんよ。」

あらあらと、口元を押さえてジェスダに視線を注ぐと、目が合った瞬間に彼の唇が引き締まり、セイリンは密かに確信する。

「むぐっ!!?」

「これ以上話されないでください。従者の位置にいる私達は空気と同じにならねばいけないのです!」

テルがこの空気を壊さぬようにディオンのハンカチで口を押さえられると、ジェスダの従者達も力尽くで何かをしようとはしなかった。ディオンの助けもあって、この場はセイリンの勝利となる。ジェスダの茹で蛸になっていく顔を見上げながら、ホール内に大人しい演奏を流す指揮者に手を触れば、すぐさま曲調が変わり、ダンスのステップを踏みやすくなって、セイリンは負けたジェスダの手を取ってやる。負けを認めたのか、彼は大人しく踊り、それに続くようにホールの至る所で男女のペアが出来上がった。セイリンは、絶対に笑顔を崩さずにステップを踏む。少し前の自分だったら確実に蹴り飛ばしていたが、リティアが見て彼女に困られるような事は我慢しなくては。だから、ディオンの戦い方を真似てみたら上手くいったようだ。ダンス中は軽く談笑するものだが、ジェスダの口は尖るだけで何も発さないだけでなく、全身に不要な力が入っているようでガチガチだ。仕方なくセイリンから、

「騎士団は慣れましたか?」

「…てめぇの居場所になりそうな所はないぞ。」

声をかけると、彼は周りを見渡すように警戒しながら小声で話し始め、

「…。」

「上層になればなるほど騎士同士での啀み合いが酷い。」

セイリンが口を開かなくても次の言葉が紡がれた。

「そうでしょうね。」

「やめておけよ、王都の騎士なんて。理想と現実のギャップに苦しむだけだ。」

勿論知っている内情だ。椅子取りゲームをしている王都務めの騎士よりも、旧聖教会に駐屯する騎士のような、地方に散っている騎士の方が団結できているものだ。セイリンはフフッと笑みを溢し、

「いえ。型破りな騎士になりますから、心してくださいね。」

宣戦布告とも取れる発言をぶつけた。ラドの元でより一層鍛錬に励まなくては、と密かに意を決しながらも、ジェスダには余裕を見せて優位には立たせる気はない。

「そんなことしているから、いつまで経っても相手が見つからないんだぞ。今夜はいらっしゃっていないが、そのままだとダイロ様達から蔑まれるぞ。」

口元を引き上げて肩を竦める素振りをするジェスダの目に、鋭い刃を突き立てるような眼差しを向けて、

「あいつらに恐怖を抱いていたら、何も成せないお飾りの令嬢とに成り下がる。」

「おお、安心した。いつものお前だ。突然、おすましして何かと思った。」

声を潜めて物申せば、ジェスダの身体の力が抜けてヘラッと笑った。内心ムッとしたが、流れる演奏が終わりに近づいたので、スッと手を離して目を合わせずに、

「曲も終わりますので、これにて失礼致しますね。」

一礼すると、ジェスダの手が縋るように追いかけてくる。髪に触れようとしてきて、セイリンは手で弾く行為は他人の目につくと考え、リティアが学校の通路の人混みを抜ける時のようにスルッと身を翻して、ジェスダの取り巻きの1人、セイリンの昔馴染みの空っぽの手を掬い取ると、その青年の金色の瞳が震え上がった。ニコッと笑みを向けて無理やり相手をさせれば、壁の方で楽しそうに他の従者に話しかけているテルと、視線で何かを訴えるディオンが視界に飛び込んでくる。ディオンの視線の先を追うように目を動かせば、ジェスダが1人残された形になっていて、手を繋いだ相手は小刻みに震えていた。自分で相手を探さないのが悪いと思っていると、他の一族の令嬢が声をかけてくれたようで事無きを得たらしい。セイリンは顔馴染みのみにダンスの相手をさせて、親を含む親族達に頭を抱えさせたが、勝ち誇りながら長い一晩を終えた。


 その頃、セイリンが話題に上げたカルファスとその従者達は、馬の速度を上げる魔術を使って深夜のうちに王都へ到着していた。カルファスにとって数年後の上司や先輩達に挨拶をする為に魔術士団本部へと足を進め、仕事終わりの先輩達に声をかけられれば、貴族らしく笑みを絶やさずに談笑に花を咲かせる。先輩達に見送られて団長室の扉を叩き、中へと招かれれば、貴族の仮面を外して魔術士団員の1人として振る舞い、

「ただ今戻りました。伯父様、いえ…ザルデット団長。」

一礼するや否や、報告書の束に目を通していた魔術士団長がゆっくりと顔を上げ、

「よく戻ったな、既に寮の部屋は用意してある。明日からよろしく頼むぞ、カルファス・フェルナード。」

目尻に深いシワを寄せた。

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