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209/838

209,隊長補佐は圧力をかける

 祖父の店から市場にフラッと行って買い物を済ませたら、ある意味秘密基地へと足を進める。住宅街の細々した小道を進み、ブルルと嘶くヒメに人参をプレゼントしてチャコールグレーの煉瓦造りの家の扉の鍵を開けてリビングまで入っていき、

「ハル、ラド、おはようございます。」

「リグ、おはよう。カノンちゃんがまだ寝ているから静かにね。」

キッチンでトントンを何かを切っているハルドと、ソファの脚の隙間に隠れているラドに声をかける。ハルドの声が風に乗って耳に届き、リグレスは苦笑しながらラドを覗き込む。

「分かりました。ラドはそこで何をしているのですか?」

「奴がくる…ので。」

彼が隠れて声を潜めても、来るものは来る。何故、そこまで毛嫌いするのかが不思議で仕方ない。

「あー。カノンちゃんが起きるまで待ってもらうかな…」

風を利用してこちらの会話を聞いているハルドの呟きを掻き消すほどの…

「ギャハハハッ!ヒメちゃんみっけ!」

「うるさああい!」

ジャックとカノンの大声が響き渡って、ハルドのため息が漏れ、リグレスも肩を竦める。

「起きてしまわれたようですね。」

「カノンちゃんの支度をしてくるから、ラドは2人を迎え入れて。リグは鍋の火を見て。」

指示を飛ばすと否やハルドが階段を昇っていった為、リグレスはラドが隠れられるほどの大きなソファをポイッと退かして、

「ほら、ラドも動いてください。」

「うう…」

大きな子どもを促してからキッチンへ向かうと、ハルドの手料理が出来上がりつつあった。シンプルな野菜のスープと、色目にカットされたピンクグレープフルーツが乗ったサラダ、林檎や蜜柑、レモン、桃、プラムが乗ったバスケット、サンドイッチ以外にラドの好物のステーキが鉄板に乗せられて用意されている。リグレスは、クツクツと音を立てるスープをかき混ぜて、溢したり、焦げたりしないように気をつけながら、まな板の上にある細かくカットされたトマトの山をスープの中へと流し込んでヘラで潰していくと、ミネストローネ風になっていく。トマトの香りが引き立ち始めると、階段を降りてくる一定のリズムと共にぐずる声が近づいてきて、

「カノンちゃん、真っ赤なスープ嫌い!」

「じゃあ、俺ちゃんが食べさせてやろっかぁ!」

カノンのイヤイヤに、ドタドタと廊下を歩いてきて喧嘩を売るジャック。カノンの顔が大量の涙でぐちゃぐちゃになって、

「ハルドちゃん、あの人倒して!」

「そういうことなら助太刀する。」

その顔をハンカチで拭うハルドに命令すると、何故かラドが話に乗る。それを見ていたケーフィスが、何食わぬ顔でサラダを装い始め、混沌とした状況に苦笑するハルドはカノンを宥めながら椅子に座らせた。カノンの前にサラダを置いたケーフィスが、

「カノンさんは、グレープフルーツ食べれるのか?」

「酸っぱいのイヤ!」

聞くと、カノンがブーッとパンパンに頬を膨らました。その後ろでハルドがジャックとラドに笑顔で拳を見せれば、睨み合っていた2人は身を固くしながら席につく。

「そうか…。桃は?」

「好き!」

表情を変えることのないケーフィスが、ナイフを片手に桃をバスケットから取り出すと、カノンの天使の笑顔が炸裂した。丸く収まる事を確認したハルドがスープの味を微調整をしている間に、ケーフィスは彼女の目の前で桃の皮を剥いて、実を種をつけたままの半分をジャックのサラダに有無も言わさずに押し付けてから、カノンのサラダに細かくカットして乗せた。カノンの目は桃に釘付けになっている内に、ハルドがスープを小さなカップに入れて彼女の元に運ぶ。リグレスも全員のスープ皿によそって、

「貴方達、皿の置き場を作りなさい。」

とテーブルまで運ぶと、ジャックが果物のバスケットを退かして、ラドが空になったサラダボールを流し台に持っていった。全員が座ったところで、

「では、本日も頑張りましょう。」

リグレスの一声で、一斉に食事を始める。今日の予定は、早朝からリデッキとリゾンドグループの校舎の結界を調査、リグレスのグループは午後から魔獣痕跡の調査となる為、午前中はゆったりとできた。学校の教師任務に就くまで一番隊の夜食を作ってくれていたハルドの手料理を久しぶりに口にすると、やはり変わらず美味しいと感じる。これを毎日食べているラドが少しだけ羨ましいと思うが、下手に口にすると後々面倒だ。

「おいしー!」

機嫌が直ったカノンが、ミネストローネで口元を汚しながらハルドに笑顔を向けると、微笑むハルドに口を拭かれている。ケーフィスの機転に感謝しつつ、ある事を思い出して口を開く。

「ケーフィス、団に戻り次第、貴方のところの長老と話がしたいのですが、こちらに呼べますか?」

「…あの人は難しいです。自分が代わりにお話を聞きましょう。」

ケーフィスが首を縦に振らなかったという事は、御高齢の長老の容態が芳しくないのだろう。それならば仕方ないが、近々跡継ぎ問題で慌ただしくなるということでもある。その前にある程度の手を打っておきたい。

「そうですか、では円滑に進めておいて欲しい案件がございます。」

「では後ほど。」

跡継ぎに関しては、ケーフィスの父が優勢だ。彼を通して話を進めても問題ないだろうと踏んでここで話を始めると、ケーフィスから切られてしまった。

「いえ、ここで大丈夫です。『養子』を1人、いつでも受け入れられるように準備をしておいて下さい。」

「…え。」

話を終わりにしてサンドイッチを頬張ろうとした彼に笑顔の圧力をかけると、カチンと彼の表情が固まる。魔法士間の養子縁組は別段珍しい事ではないが、ケーフィスのところは久しぶりの受け入れだ。ハルドが風で蜜柑を自分の手元に飛ばしながら、ニコッとこちらへ笑顔を向けてきて、

「ではあの子が覚醒次第、俺も動くね。御貴族様相手でも丸め込めるさ。」

「ハルは、話が早くて助かりますよ。では、よろしくお願いしますね。」

リグレスは感謝しつつ、サンドイッチをまだ口に運べないケーフィスに念押しした。ジャックもラドも自分の事ではない為、黙々と皿の上の物を平らげていて、キリッと鋭い瞳になったハルドが風を操作して、カノンとリグレスのサンドイッチを2人の皿に乗せて死守していた。


 近所に迷惑をかけないように結界で見えないように配慮しつつ、庭でケーフィスとラドが模擬戦をしている。リビングのソファに座るリグレスは、ぼんやりと元気な彼らを眺めて、部屋の片隅で小さくなっているジャックに視線を送ると、

「また…麗しのジャックちゃんが出てきてた。ラドと普通に話したいだけなのに…」

捨てられた子犬のような目を向けてきた。リグレスはふぅと小さく息を吐き、

「致し方ありませんよ。貴方が緊張しすぎるんですから。」

そこにハルドが紅茶と、人参のパウンドケーキをテーブルに置いていく。エプロン姿のカノンが角砂糖の器を持ってきて手伝っている。

「ジャックの感情の昂りで、体内の魔石が過剰反応を起こすっていうのも珍しいよね。」

ハルドがジャックにパウンドケーキを持っていくと、彼は鮒のように口を開く。それに眉をひそめつつ、

「それで多重人格とは言いませんが、内なるジャックが表に現れて、ああなると。」

「それって、かなり魔獣に近づいている証拠だよ?」

リグレスが一人納得すると、カノンから鋭い指摘が入った。こういう発言ができる彼女は、子どもっぽく振る舞っているが中身は成熟していると見た。

「な、治す方法はないのかな…?」

「ルナちゃんならできると思う。」

キッチンに帰ろうとするハルドの足に縋り付くジャックを、カノンは迷惑そうにペチペチと叩く。

「女神様ってどこにおわすの?」

なきべそをかくジャックをリグレスは静かに見下ろしながら、回覧した報告書はしっかり目を通せと、怒る気持ちを抑えていた。

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