206,教師は貫かれる
ハルドの視界の向こう側で、痛みが引いたのかジャックが、のっそりと立ち上がった。もう少し待て、と目で訴えれば、口から犬歯を剥き出しながら頷く。
「そいつの腹の中なんて、カノンに分からないだろう?君の感情を利用しようとしているだけだ。」
「ハルドちゃん、そんなことないよね?」
拒絶されたレインが飛龍牙を蹴り飛ばしたので、ハルドはできるだけ自然に上空へ飛龍牙を逃がし、カノンの不安で塗り潰されそうな瞳を覗き、
「カノンちゃんの目に映るそれが俺だよ。リティが妹のように可愛くて、生徒達とするお茶会と採取の時間を待ち遠しく待っているのは君も知っての通りだ。」
ハルドが微笑めば、カノンの表情に笑顔が広がる。彼女の心は一緒に薬のストックを作ったり、職員室のキッチンでお菓子を作ったり、早く放課後にならないかと楽しみにしていたその時間を思い出したに違いない。勿論、ハルドのように人の心を働きかけるこのやり方を経験した事あるだろうし、それをレインが許すわけはない。ハルドより動きは遅いといえど、この至近距離。
「ほざけ。」
レインが飛び込んできて、ハルドはカノンを大風を吹き荒らして空中へと飛ばしてすぐにレインと向き合って、その鋼の腕で創り上げられた剣を腹部で受け止めた。剣は飛龍の鱗の防具をも貫き、カノンの悲鳴が響き渡る。
「いやああああ!」
レインは気にすることなく、剣を手の形に戻してハルドの内臓を引き出して、更に心臓部までと、もう片手を伸ばすと、
「ねぇ?俺ちゃんとあそ…ボ?」
狂気に満ちたジャックがその気配を消して、レインの片手を槍ほどに伸ばした炎の双剣で、気持ち良いくらい綺麗に切り落としていた。その隙を見て飛龍牙がハルドとレインの間に回転させながら落下すると、レインは無くなった肩を押さえて飛び退き、ジャックへと視線を動かす。
「どういう事だ!?『何も』感じなかったぞ!」
「それは、そうでショ。だって先程マデ、あんたと呼吸を完全に合わせていたンだから。違和感はなかっタよね、ギャハハハ!」
完全にイカれた人間のように下品に大笑いするジャックに、レインの気を取られている内にハルドは屈んで自分の腸を左手で詰め込む。恐らくは飛龍のおかげか、正気のままでも痛みは感じない。カノンが必死に自分の力で空間を漂ってきて、ハルドの肩へと手を伸ばす。その手から茶色い光が溢れ始めていて、
「ハルドちゃん!ハルドちゃん!すぐに『戻し』てあげるからどうか耐えて!!」
「カノンちゃん。危ないから…」
こちらを治療しようとしているのが見て取れたが、こちらも力技で治しつつあった為、下手に魔法の衝突が起こる方が危険だ。来ないように声をかけるが、
「大丈夫!だって私は!お人形だもの…壊れたって誰も悲しまない。」
彼女はこちらの言葉を別の意味で捉えた。身体を構成する精霊全てを差し出すつもりのようで、精霊が枯渇すれば人形は動かなくなる。すぐに理解したハルドは、血を浴びていない右手で彼女を頬を引っ叩き、
「ぜ、絶対にそんな事を言ってはいけない!」
「ハルドちゃん!?」
空気を振動させる勢いで叱ると、彼女の瞳は酷く揺れた。厳しく言い過ぎたかと思ったが、同じ事をリティアが言ったとしても必ず叱る。
「君の命をそうやって粗末に扱う事自体が、君を愛する人達への脅迫に他ならない!」
彼女の光が止んで、ハルドの空中に残った右腕に抱きついて、ごめんなさい、と呟きながら泣き始めた。少しは反省したであろう彼女が掴んでいる腕を上体に引き寄せて、その額にキスを落とせば、彼女は涙を溢しながらも微笑んだ。腸を詰め終わったところで、腸を詰めている間に赤く染まったレザーブレスレットから光が溢れて腹部の傷が癒えていく。
「ハルドちゃん…身体が治っていく?」
「そうだね、リティから貰った御守りのおかげだ。」
目をぱちくりとさせるカノンに、今にも千切れそうなブレスレットを見せれば、
「そっか…リティアちゃんが素敵な贈り物をしてたんだね。ハルドちゃんが生きてて良かった。」
カノンがブレスレットに手を伸ばして精霊を少し分けて切れないように配慮してくれた。
「ありがとう。カノンちゃん、あのお兄さんにお灸を据えても良いかい?」
「うん、お願い。でも無理しないでね。」
ゆっくりと立ち上がってストレッチするハルドから、カノンはまた浮かんでハルドから離れていく。
「大丈夫。だって、また新学期からは君達とお茶会する準備に追われるからね!」
「大好き!」
いつものように笑顔を向けると、彼女からの溢れんばかりの愛情が返ってくる。ハルドは回遊させている飛龍牙を手元に引き寄せて、
「ありがとう。俺もだよ。ジャック、参戦するよ。」
返事を返しつつ、片手の再生が終わらないレインと楽しそうに戦うジャックに声をかけると、
「あぁん?イヤだ!俺ちゃんの獲物!」
まあ、予想できる返答が返ってきた為、ハルドが口角を引き上げる。
「ジャック、俺にボコられて勝ったことなんて一度でもあるのかい?2対1で、お前をまず潰してからでも良いんだけど。」
「ハル君、怒っちゃヤーよっと!」
ブン!と飛龍牙を投げ込んで、踊るように避けるジャックの傍でUターンさせてからレインを襲わせる。レインが鋼の腕で飛龍牙を弾くと同時にハルド自らを風に掬わせて飛び上がり、飛龍牙とハルドの踵落としで挟み打ちをする。残っている右腕で飛龍牙をもう一度弾く為に半身になったところに、ジャックが炎を身に纏ってタックルを仕掛けに行けば、レインの背中から身体を丸ごと覆える程の鋼鉄の龍の左片翼が生え、ハルドの足技とジャックの胴体を弾き、右腕で飛龍牙を止めた。
「こんな軟で、俺に灸を据えるだと?馬鹿げている。」
レインが転がるジャックと、身を翻すハルドに目をやって肩を震わせて笑うと、
「本当にそうかい?」
レインの翼が生えた方向と反対の右腕側へと、次の瞬間にはハルドが飛龍牙と位置交換をして、その顔をぶん殴ってよろけさせる。何が起きたか全く理解が追いつかない顔で瞬きをするレインに、
「何で、わざわざ扱いにくい飛龍牙を使っているか分からないからそうなるんだ。」
瞬間的に元位置に戻ったハルドが、よろけた側から飛び込んでその足を払い上げて転ばせると、ジャックの双剣が翼と身体の間を潜ってレインの背中を切り刻みにいく。
「ふ、ふざけるなあああ!!」
レインがもう片翼を生やして、ジャックを退けると、ピキッ、ピキピキッと、皮膚に亀裂が入って彼の本性を暴く。人間の顔のみをヒビが入った状態で残して、人間の指から巨大肉食獣の爪を生やして足は龍そのもの。人間でありながら、トカゲの尾を振り回して、再生させる事を諦めた左腕をそのままに右爪のみで襲いかかってこようとし、
《愚か者、戻りなさい。》
ルナの声が響き、レインが一寸のブレもなく静止した。
「リー?」
「お兄ちゃん、記憶が混濁してるみたい。ルナちゃんの声なのに…」
自分達しかいないこの部屋をひたすら見渡すレインを心配そうに見守るカノンが、ハルドの肩に止まった。
「あああぁあああぁ!!?」
レインの周囲に白と紫の光の群れが発生し、絶叫と共に、
「消えていったね。」
ハルドが呟けば、もうこの部屋に彼の姿はなかった。閉められた扉が独りでに開き、近くで青い精霊の力が大きく動く気配を感じ、
「皆のところに帰ろうか。」
「うん、帰る。それにしてもハルドちゃん凄いね。」
しっかり倒せなくてぶーたれるジャックを放置して橋へ戻ると、カノンが肩に座る。
「んー?」
「飛龍牙もハルドもパッと居場所を変えちゃうんだね。」
戦い方に感心してくれたようでニコニコと笑顔を向けてくれ、
「かっこいいでしょ?」
「とっても!!!」
ハルドが自慢げな笑顔を浮かべれば、彼女はハルドの頭に抱きついた。どんどん帰っていくハルド達にやっと気がついたジャックが、喚きながら走って追いかけてきたのだった。




