201,少女は見せる
まだ消灯時間ではないが、月が昇った時間帯にハルドからの呼び出し。それはシャワーと食事を終えたセイリンとリティアが、元通りのカノンと一緒に今日の出来事を話していた時のことだった。突然どこか行こうとすると確実にセイリンがついてくる為、
「あ、いつもの出待ちするのを忘れてました!これから行ってきます。武器を携帯しますので、カノンさんはゆっくりしていてください。」
などと慌てて制服に袖を通してみせると、突然のことにセイリンが驚きながらも分かってくれた。アリシアの破片もポケットに忍ばせてからパタパタと女子寮を飛び出して、調合室に到着すると目の前で背中から炎を滲み出したラドが扉を壊そうとしていたのだ。そんなこんなで、今に至る。ハルドからカップを渡されたラドは、淹れたての珈琲を一気に飲み干しておかわりを要求し、苛ついたハルドが大きな音を立てて珈琲豆の瓶をラドの前の机に叩きつけていた。ちびちびと珈琲を楽しみたいリティアからしたら、早く仲直りしないかなと考えてしまう。
「こいつの事は置いておいて。リティ、スティレットは回収できたよ。」
ラドへの表情と打って変わって笑顔を向けてスティレットを返すハルドに、リティアは苦笑いを浮かべた。有り難く受け取りつつ、
「ありがとうございます。わざわざ潜られたのですか?」
「いや、大型オオカブト蛾の死骸を陸に引き上げる為に、風で湖の水を巻き上げた時に一緒に飛び出してきただけだよ。」
質問をすれば、軽く答えてくれた。リティアは深々と頭を下げ、
「あの戦いでは本当に助かりました。勝手に戦ったらハルさんを困らせるかなとは思ったのですが、狙われている自分でやらねばと思いまして…。」
「あれだけの物を倒そうと思えるようになったリティは、ここに来て本当に成長したよね。」
机の上の手作りのサンドイッチを食べているハルドがリティアを褒めると、リティアの顔の温度が急上昇して顔を反らしたい衝動にかられたがここは我慢だ。
「そ、そんなことはっ…。その少し気になることがありまして、紙とペンをもらっても良いでしょうか?」
気持ちの高揚を誤魔化すように、ハルドから紙を受け取れば、すぐさまメルスィンの発言と行動、突然の手のひら返しを事細かに書いていく。
「もう1枚お願い致します。」
メルスィンの事が書き終われば、次は今朝のカノンからのお守りと帰宅後にカノンが見せた反応、リティアの口が閉まっていながらのアリシアの介入と、空から聞こえた男の声について。そして、旧聖教会の地下で聞いた声とセイリンから聞いた話も記載する。それを2人に読んでもらって、兄への報告書にまとめてもらうつもりだ。静かに読み進めたハルドから4杯目の珈琲に突入していたラドへと紙が移動した為、恐る恐るハルドの顔色を伺うと、
「リティ、本当によく頑張ったね!?」
大きな手が頭へと伸びてきて、ポンポンと柔らかく撫でられた。リティアの瞬きが増えると共に、ラドの背中の炎も勢いが増し、
「ハルド、煙で具合を悪くした生徒はいないのか?」
「俺も吸ったから分かるけど、あれに何の魔法効果もないよ。」
ギロリとハルドを睨みつけるラドを、ハルドは即答してバッサリと切った。2人のやり取りにヒヤヒヤとしつつも、リティアはアリシアと青年の破片を机に置いて彼らに見せると、ハルドもラドも目を凝らして観察し、
「核だね。」
「心臓部。」
2人の声が重なる。ラドはじっくりと眺め、ハルドはリティアへと視線を戻し、
「ここの記載によると、アリシアの棺を探してまんまと罠に嵌まった時の破片もカノンの核だったんだね。それ程の力を感じなかったから枯れる寸前でリティの手の中に収まるように仕組まれたと考えて良さそうだ。」
「そうなんですか?」
そう断言すると、リティアは首を傾げる。なぜ自分に渡す必要があったのかが理解できない。
「あの時の破片からあまり精霊を感じなかったからね。リティが手に握ることで、精霊が破片に戻ってくるって分かっていて回復を待ったんだろうね。」
俺達の傷を治すとの同じ原理、とハルドが説明を付け足すと、
「どうもきな臭いとは思っていたが、やはりカノンは警戒すべき存在だな。」
カップごと腕を燃やすラドに冷めた目を向けるハルドは、
「リティを牢屋に放り込んだアリシアが回してきた娘だからね。完全に信用する気は端からないよ。」
「私は今回の事でカノンさんを怖いと感じたのです。アリシアさんには感じたことのない感覚です。」
カノンに対しても冷たい発言をした。あんなに2人とも仲良さそうにしていたのに、と内心驚きながらも、夕方のカノンを思い出して身震いすると、ハルドはまたリティアの頭を撫でて、
「…どうであれ、カノンの件はこちらで預かるよ。ギィダンから聞いたのとの食い違いもあってね。彼女は真実の中に一匙の嘘を忍ばせてくる。夏季休暇はこちらの監視下で過ごしてもらう予定だ。その代わりケルベロスはリティと行くからね。」
こちらに笑顔を向けた。リティアも頬を緩めて頷き、
「分かりました。その、アリシアさんの破片は封印してもらっても良いでしょうか?こちらの破片は持っていてほしいと頼まれましたので、しばらく手元に置いておきます。」
「封印は任せて。では、カノンとメルスィンには気取られないように注意しながら接して。」
リティアが緑色の精霊が浮き出る破片をポケットに戻して、ハルドが紫の精霊が行き来する破片を白い指が入った木箱に入れて、緑色の精霊で四方八方を固めると、その上からラドの赤色も付け加えられる。引き出しに仕舞われたところまで確認してから次の話題をリティアから出す。
「あ、あと、空から聞こえてきたあの声なんですが…もしかして。」
「リティ。」
ハルドから強めの口調で待ったが入るが、
「リゾンドおじさまですよね?」
「ああ…ごめん。もっと前に手を打ちたかったんだけど。」
想像できる相手だったので言わせてもらうと、何も悪くないハルドが謝ってきた。リティアは首を横に振り、
「メルスィンさんの発言からも、ここに居て安全と言うわけではなさそうですね。」
「校内で絶対に手出しさせないよ。」
確認を取ると、彼の決意が滲み出る眼差しを向けられる。一族の問題だというのに、ハルド達にここまでしてもらって良いのだろうかとも思ったが、中間試験終了時のラドからのリティアを守るための指示を思い出して、
「…中間試験が終わった次の日に少し引っかかることがありまして。魔術士団長が訪問した日、知らない魔術士が女子寮をキョロキョロと見上げて何かを探していたようなんです。それもおじさまが関係していてもおかしくないかと思いました。」
その時の報告もさせてもらうと、
「変態だ。」
ラドが明らかに引く。ハルドが盛大にため息を吐いて、
「ラド、相手は命令通りに動いていただけだろ…。リティ、なるべく1人で行動することは避けてね。あと、しっかりこれを使って。」
リティアのペンダントを指差した。ハルドとの会話ができる飛龍の爪のペンダントは毎日外すことなくつけている物だ。
「が、頑張ります。」
リティアが苦笑しながら、使う事をよく忘れる胸元の便利グッズをギュッと握ると、
「俺からも良いかな?」
「はい。」
ハルドの瞳に捕らえられる感覚を覚えながら、
「今回の試験場に、彼が放った魔獣がまだ何処かに潜んでいるから十分に注意して。」
リティアは息を呑んで頷いた。