200,教師は含みをもたせる
祝!200話!
これから夏休みが終わるまで、物語が結構あちらこちらで同時進行になると思います。誰からいこう…。
学校に帰ってきたら、教頭から緊急職員会議の結果のみ知らされた。明日も明後日も試験を続行すると。今日だけの試験結果だと、不適合者を落とせないから。ハルドは快諾の笑顔を見せ、そこに居る他の教師達から労いの言葉と、軽食を受け取り、いつものように調合室の椅子に腰掛けた。そして左手を挙げて、自分が使っている椅子以外の椅子を宙に浮かせて、放り投げる勢いでその手を振ると、ガラガラと椅子が床にぶつかっていった。床一面倒された椅子の中には、脚が割れた物もある。ハルドはそれに一瞥せず、机に足を乗せて踏ん反り返る。
「ふざけるなよ?どこの屑だ、この決定を促したのは。ラドには下手に動くなと言ってはあるが、これ以上リティを狙いやすくする機会を増やしたくはないというのに。」
ブツブツと独り言を呟きながら空間を歪ませて、リティアのスティレットを取り出して、
「使えない魔術士達なんかにくれてはやらない。幼き聖女、愛する女神を必ずや俺が守る。」
《そうだな》
剣の柄を両手で包み、祈りを捧げる仕草で誓いを立てるハルドの声に合わせて飛龍の声が重なった。剣と手の平の隙間が光り、メモ紙が現れる。ハルドは、剣を机に置いてからメモ紙を広げて中身を確認すると、ふぅと小さく息を吐いた。
「シャーリーはこれにて無事保護か。もう少し泳がせたかったけれど、仕方ない。今度はどう出る?あの臆病者は…」
独り言が止まらない中、扉がノックされた為、指を鳴らして椅子を元の位置に戻してから、剣を引き出しに隠してにこやかに来客に対応しに扉を開けると、そこには。
「セセリ君?」
カルファスの従者の1人、普段から物静かであまり表情の変化を見せないセセリが、立っていられる事が奇跡とも思える程の顔面蒼白で立っていた。ハルドは、反射的に彼に肩を貸して教室内の壊れていない椅子に座らせ、紅茶を用意する。
「は、ハルド様、助けて下さい。」
カップを彼に手渡しながら視線を扉へと向けて鍵を締め、
「先生をやっている身に『様』をつけるって、学校と関係ない話だね?」
声を潜めて確認すると、セセリはギュッとカップを握り、
「はい…実は『見て』しまって。魔術士には相談できない事なのです。」
そうきたか。魔術士の家系から魔法士が出ることは珍しい事例ではあるが、ないわけではない。精霊に働きかける事ができる時点で、魔術も魔法も根源は同一なのだから。それを理解しない魔術士の一族からしたら、何処の種だと言われかねない事もハルドは理解している。だから、
「そうなのか、お疲れ様。それは今に始まったことではないよね。ずっと抱え込んできたのかい?」
「お、驚かれないのですね。」
セセリは、質問に答えるより先に首を傾げる。ハルドは軽く口角を上げて、
「驚かないよ。俺を誰だと思っているんだい?」
と笑って見せると、セセリの血色が少しだけ戻った。
「カルファス様が憧れを抱いている偉大なハルド様です。」
「おっと…それは知らなかったぞ。カルファス君に憧れてもらえる程の大物になった記憶はないのだけど。」
ハルドが両手を上げて大袈裟に驚いてみると、セセリの片頬に笑窪ができる。それを見て笑顔を向けるハルドは、自分の珈琲を入れて彼の隣に座る。
「それで、誰か相談できる人はいないのかい?」
質問に戻る。互いに忙しい身だ、無駄に時間の浪費は得策ではない。
「…はい。カルファス様とマドンだけにはこの『見える』話をしてありますが、相談は難しくて。」
セセリは目を伏せ、カップを揺らす。今こうして相談に来ていることも後ろめたいのかもしれないな、と思いつつ、
「そうか。ではセセリ君、俺にどうしてほしいんだい?」
「これを使える物にしてほしいんです。」
直球で聞けば、セセリは強い眼差しでこちらと目を合わせる。ハルドは小さく息を吐くと、他の教師達から貰った差し入れの1つを風を操って宙を泳がせてから、一口サイズの銀紙に包まれたチョコレートをセセリのカップの上に落とし、セセリはその優れた動体視力で簡単に空中で手を開いて掬い取る。そのチョコレートを手にして、きょとんとしている彼の隣で、先にチョコレートを食べたハルドが、
「…、魔術士一族の君をその枠から外すとなると、君がいずれ苦しむよ。魔術を捨てて魔法士の一族に養子になるならまだどうとでもなるけれどさ。」
「それは百も承知です。それでも、カルファス様に忍び寄る影を振り払いたいんです!彼が苦しみながら自らの首を何か大きなモヤに差し出す姿を『見た』のです、私がお守りしなければ!」
脅しも含めて忠告をすると、セセリからは迷いのないその瞳で貫いてきた。ここまでの衝動を湧き上がらせる彼の忠誠はなかなかお目にかかれる物ではない。口では何とでも言えるが、彼の目の奥に偽りはない。
「強い子だね。君のように未来視をする魔法士は珍しい。記憶を『見る』事ができる者はそれなりにいるけどね。力を強めて、更に詳細に知って危機へ先回りをしたいと言う事で良いね?」
「はい、お願いできますでしょうか?」
まだ若い彼への称賛と確認をすると、カップを持ったまま頷く彼。ハルドは笑みを浮かべて、
「そうだね、俺で良ければ。」
「ありがとうございます!」
まだ彼の手の中にあるチョコレートを指差せば、彼はようやく口に運ぶ。普段の口数から考えると、ここでは本当によく話す。いつもは抑えているだけかと思いつつも、
「魔法を強めていくには自分の中に溜め込める精霊の量を増やしていくしかない。」
そこには触れずに話を進める。空間を歪ませて白濁した2つ魔石を自分の手のひらへ落としてから、片方をセセリに手渡した。残った魔石を彼に見えるように傾けて、
「これは、殆ど精霊が残っていない魔石だ。ここに精霊を詰めると、ほら。」
白から透き通ったエメラルドグリーンの魔石へと変化させると、セセリは食い入るように魔石を観察しながら喉を鳴らす。ハルドは更に説明を続けて、
「こうなるように精霊の流れをイメージすることだけでなく、他の魔法士の近くにいる事で、君の中に眠る力が刺激を受ける事も多いよ。リティも含めて…ね?」
含みを持った笑みを浮かべると、セセリの瞳が大きく開いた。
セセリが教室を出て行ってすぐに女子寮にいるであろうリティアのペンダントに、飛龍の繋がりを利用して会話を試みる。
《今から調合室に来れるかい?できれば1人が良いんだけど。》
《すぐ行きます!!色々お伝えしたいことがありますので、紙とペンを出しておいて下さい!》
はいはーい。と軽い感じで会話を切れば、ハルドは慌てて壊した椅子に手を当てて修理を開始する。リティアに見つかれば、心配されるか、頬を膨らませて怒られるか。どちらにせよ、不要なやり取りが増える。最後の1つを直し終えたところでノック音が聞こえて、自らの手で鍵を開けると、リティアではなく、今にも炎を撒き散らそうと背中から炎が見え隠れしているラドが仏頂面で立っている。
「…」
無言のハルドがパタンと扉を閉め、開けようとするラドの力技との攻防戦が繰り広げるられ、
「ラド先生、こんばんは。何をなさっているのですか?」
通路から救いの手とも言えるリティアの声が聞こえた。
「ハルドが扉を開けなくて、壊してやろうかと思いましてね。」
俺が悪いかのように言ってのけるラドに、
「リティだけに用事があるからラドは後にしてくれ。後でストレス発散に付き合ってやるから。」
声が届く程度に扉を開けると、無理やり指を差し込んできた。扉でその指を押し潰そうかと一瞬頭に過ぎったが、リティアの目の前でやると後々面倒になる。
「ハルさん、ラド先生のご用事を先でも私は待てますよ?」
「ラド!リティに迷惑をかけるな!」
リティアのおどおどとした声が聞こえてきた為、堪らずハルドが怒ると、ラドの手が引っ込んで代わりに彼女の足音が近づいてくる。ラドが扉にかけていた圧力がなくなったところで扉を開けると、制服に着替えたリティアがパタパタと入室し、ラドがすかさず胴体ごと入ってくる。
「お、ま、え!」
「良いから入れろ。リティア様の前で馬鹿はしない。」
結局、力技のラドに負けてハルドが折れる形となった。




