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2,少女は歯軋りをする


 5限と6限は、入学試験で行った問題の解答と解説の時間として設けられていた。一般教養科目の他に、魔術陣が描かれている用紙を渡されている。どれだけ筆記試験で高得点取ろうが、この魔術陣を発動させることができなければ合格にならない。また発動させることができても、ボーダーラインまで学力が追いついてなければ入学は出来ない。魔術士を志す者にとっては、浪人してでも入学したい学校なのだ。現役で入学したとはいえ、セイリンもその1人だ。窓側の席に座り、教師から一般教養科目の解説を聞きながらも、思いふける。両親に反対されながらも受験した学校で、ここで成果が出なければ全てが泡になる。騎士貴族のご令嬢が入学するような学校ではない。騎士貴族のご令嬢は飾り物で、いずれ家のつながりの為に親の決めた相手と結婚することが常識だ。それでも、それでも!と次第に両拳に力が入り、赤茶色から白に変わっていく。ハッと指を広げ手のひらを確認すると、爪が食い込み、跡が残っていた。

「この式に先ほど導き出したxとyの値を代入したから計算することで答えが-1になります。」

先程まで聞こえていたかも分からない教師の声がクリアに耳に入ってきて、セイリンは顔を上げると、額から汗が1滴落ちた。気を取り直して、解説に耳を傾ける。

「次に大問7の王国における酪農大改革について。近年、この国では魔獣による被害が拡大していて、酪農業者もまたその被害を被っております。主に放牧している牛や羊などが襲われ、廃業するところも出てきております。それを打開すべく行わられたこの改革の柱が、この問の答えになります。」

暗記問題については、解説がサラサラと進んでいく。これに対応している騎士達の苦労も知らないで簡単に言ってくれるなと、歯ぎしりを立てそうになる。漆黒の瞳を持つセイリンの忌々しそうな眼差しに教師は気がつくことなく、解説を進めていくのであった。


 どのクラスよりも早くホームルームを終わったディオンは、男女問わずクラスメイト達から放課後の予定を聞かれていた。

「ごめんなさい、お嬢様のお迎えがありますので。また明日、お話できることを楽しみにしておりますね。」

ニコニコと、一般市民であろうと、貴族相手であろうと崩れることのない笑みで受け答えしていく。学力と才能が物を言うこの学校では、世話係の取巻きを側に置くことの出来ない貴族も多い。入学してから、そういう相手を探すことが彼らのまず最初に行うことでもある。社交的なディオンにも白羽の矢が立ったが、既に主がいるならば手を出すと揉め事が起こる。聡明な貴族はすぐに手を引っ込めた。

「お、お先に失礼します…。」

コソコソと隠れるように元々小柄な体を更にかがめながらリティアが隣を通る。ディオンは終始笑みを崩さず、

「リティアさん、また明日。」

「…!」

気が付かれないと思っていたのか、見上げてきたリティアの目は大きく開かれて、振り返ることなく小走りで去っていった。

「まぁ、他のご貴族様と変わらないか…」

あれだけの人で溢れかえっている教室で1人の時間を過ごしていた彼女に目をつけ、出来るだけ違和感のないように近づいた。お嬢様の友人候補として。そんなこと考えながら、セイリンのいる教室へと歩みを進める。1年生のクラスだけでも6クラスもあり、全クラスを1つの階にまとめられるほど廊下が長い。2年、3年と学年が上がるごとにクラス数は激減する。留年、中退、退学は頻繁に起きるからだ。まだ言葉を交わしたことのない生徒と目が合えば、にこやかに軽く会釈をし、声をかけられれば他愛ない話をしてみる。相手の顔と名前は一文字もこぼさず頭に叩き込んでいく。4組の教室を過ぎ、5組の扉のそばを通ろうと一歩踏み出そうとしたら、勢いよく扉が外側に開く。咄嗟に膝を曲げ、軽やかにバックステップしながら後退する。

「ソラ!俺は先に購買で食い物買ってくるから!また寮室で!!」

「こらっ、テル!待つんだ…!」

ブワッとブラッドオレンジの色合いの長い髪が宙に広がった。鮮やか過ぎる髪を振り乱しながら、最奥の階段をドタバタと駆け下りていく少年。その少年を追いかけようと教室から出たが、とっくに姿が見えなくなっていてガクンと項垂れる少年は、駆け下りた少年と同じ髪色、同じくらいの長さがあり、ポニーテールにしてまとめていた。

「テル…あいつ、逃げたな。」

「ソラさん、先程の話は悪いものではないと思うのですが如何でしょう?」

項垂れたソラの後方からは、小太りの下級貴族が出てきた。ディオンには話の断片だけで、世話係をさせようとしていると確信が持てたため、スクールバッグと籠を音を立てずに床に置く。幸い面識のある下級貴族のご子息様と分かり、ディオンの鋼鉄とも言える笑みを崩さず、ソラを背中で守るように間に入り、

「ガードン・クラッシェン様、この学校でお会いできて光栄でございます。セイリン・ルーシェ様に仕えている従者でございます。」

右足を後ろに少し引き、左手を胸に当て会釈する。相手がぎょっとして青ざめていくことが手に取るように分かる。ルーシェ家は騎士貴族であるが、領地持ちの中級貴族。それに比べクラッシェン家は文官貴族で、王都から遥か離れた辺境の下級貴族だ。いくら従者といえど、その後ろにはルーシェ家がある。セイリン様が側仕えの従者をただ1人しか置かないことも、この界隈では有名な話だった。

「あ、あ、ああ。わ、わかるよ。久しぶりだね、ディオン殿。あ、っとそのね、えっと。」

最早言葉を紡ぎ出すことも難しいようで、視線が漂い、額から大粒の汗が垂れていく。落ち着くことを待つつもりはない。ディオンは少し踵を浮かせると、ふわっと制服のローブを舞わせて体を45度ほど回転させ、胸に当てていた左手をソラへ差し出す。

「こちらのソラさん、及びテルさんは、入学式終了後にお話する機会がありまして、セイリン様の学友候補として勉学に励んで頂く約束をしておりますため、ガードン様のご意向に添えず申し訳ございません。」

「…!?そ、そうなのか。そ、それは失礼した。で、ではまた。その失礼するっ!!」

あたふたと慌てふためいて、手足の動きがバラバラになったみっともない礼をすると、重い体を上下左右に動かしながら、階段へ向かっていった。彼の姿が見えなくなったところで、ソラを指していた左手は体の横に戻した。次はソラの方へ体ごと向かせて、ニコリと更に口角を上げた笑みを浮かべる。

「先程はすみません。咄嗟に口から出てしまいました。こちらの発言はお気になさらず。」

「いや、こちらこそありがとう。助かった。世話なんてさせられたら、勉強時間がなくなってしまう。では、帰って読みたい本があるのでこれで。」

項垂れたソラは、これ以上話すことはないと言わんばかりに一方的に話を切り、軽くお辞儀して帰っていく。ディオンも声をかけることもせず、隣に置いた荷物を持ち、一呼吸置いてから6組へ向かった。


 窓際で他の生徒が帰宅することを本を広げながら待つ。ここ3日で話しかけてくるクラスメイトは激減していた。こちらとしても有難い。大切な時間を他のことに割きたくなどないのだから。セイリンは頬杖を付き、

「遅い。」

「申し訳ございません、お嬢様。それでは女子寮までお送りいたしますので帰りましょう。」

お嬢様と呼ぶなと何度言ったらと言いかけてやめる。笑みを絶やさないディオンに言っても意味がない。要は聞いていないということが、セイリンの経験上理解している。

「結構良いところからスカウトされたのでしょうよ。」

読みかけの本をバッグに仕舞う。そのバッグをディオンが受け取ろうとした瞬間、健康色の細い腕が掻っ攫う。ガタンと荒々しく席から立ち上がり、細目で牽制するセイリン。ディオンの笑みは崩れない。

「ヤキモチも焼いてくださり光栄でございます。ここに迎えに来ると信じてくださって嬉しいですよ。」

フンッと鼻を鳴らし、教室を大股で出ていくセイリンに寄り添うように歩幅を合わせて歩く。

「ところで、あの子は何なの。理由も言わないで巻き込むなんて可哀想じゃない?」

「そんなそんな、我が麗しきお嬢様の学友になって頂ければ有り難いなと思っただけでございますよ。」

「へぇ?」

最後の階段を降りる際に、ディオンが歩いてる左に顔を傾ける。鷹のような強い視線が貫く。

「本名隠しているご令嬢をわざわざ連れてくる悪趣味が何ほざくか。」

「いやいや、本心でございますよ。彼女はお気に召して頂けましたか?」

「…。どちらかと言うとリティアは貴方好みでしょう。」

「それは心外ですよ。我が女神は目の前にしかいらっしゃいませんよ。」

サラサラと下らない答えを返してくるディオンの周りを大げさに見渡してみる。ディオンは一度笑みを緩め、セイリンの視線が自分に向いたことを確認してから、再び笑みを作り上げる。

「貴女様が私の全てでございます。」

この反応すらも予測済みと言うことか。本心を一片も見せることのない従者の手のひらで転がされながら、この3年を過ごせと。これ以上話すことがないとセイリンが口を閉じれば、ディオンも何の話題も振ってこない。そのまま無言の2人は、校舎1階から繋がっている女子寮の扉前まで、到着した。

「ゆっくりお休みくださいませ。また明日6:30にはこの扉前でお待ちしております。」

「要らない。今日中にリティアを捕まえて彼女と登校するから、次会うのは明日の昼休みよ。」

「そういうわけにはいきませんよ。私が目を離すと、走り込みとか始めるではないですか。」

「へぇ?それこそ心外ね。あの内向的なお嬢様と走り回れと言うのね。」

「絶対に担がないで下さいね。」

「ほう…なるほどその手があったのね。」

笑みを浮かべるのはセイリンの方だ。ディオンの表情は崩れることのないが青ざめている。セイリンは、してやったと優越感に浸りながら、軽く手を振って扉を閉めた。


 寮内は、多くの女子生徒がロビーで寛いでいる。ここでも取巻きになれる相手探しの狩り場と化している。

「女だらけってこんなに居心地が悪いのね。」

あのか弱い小柄のご令嬢が居ないか、隅々まで確認する。この狩り場では格好の餌食だ。

「あ、あの。自分はそういうの苦手ですので。」

「大丈夫よ。制服の着替えの手伝ってくれたり、荷物を持ってくれたりしてくれればよいだけだから。ね?」

寮内の階段の方から声が聞こえた。紛れもなくリティアだ。セイリンは、食物連鎖のピラミッドの上にいると勘違いしている輩を見据えながら、歯ぎしりをした。

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