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199,黒少女は提案される

 最後一口のスープを口に含む事ができない。これを飲めば、姉が帰ってくるまでここに来ることはなくなる。それまでの間は点々としながら金を稼ぐ先を探すか、窃盗して生きていくしかない。シャーリーがカップを手に持ったまま水面に映る自分の顔をただ見ていると、既に食事が終わっていたリファラルが立ち上がり、厨房へと戻っていく。シャーリーはゆっくりと顔を上げて、その後ろ姿を目に焼き付けようと努める。元々、手に入らない物に触れさせて貰っただけで、こんなにも捨て難い物になるなんて思いもしなかった。ここを今のうちに出てしまおう。彼が帰ってきたら、私はもっと居座りたくなってしまう。シャーリーは涙を飲んでスープを飲み干し、椅子の音を立てずに立ち上がろうと腰を上げると、彼はトレーに湯気が立ったスープカップを2つ持って戻ってきた。シャーリーの目が釘付けになると、彼はテーブルにそのカップをシャーリーの前と、リファラルの傍に置き、

「もう少し残っていますので、もし良ければ飲みませんか?」

と促し、シャーリーの溜め込んでいた涙が頬を伝う。

「い、頂きますっ…」

椅子に座り直してスープで喉を潤すと、先程飲んだスープよりもしょっぱく感じた。リファラルはカップに手を付けないまま、顔を綻ばせてシャーリーが口に運ぶ姿を見守っていて、シャーリーとしては少し気恥ずかしい。シャーリーが飲み終わるまで、リファラルは自分のカップに全く目を向けない。いくらなんでもシャーリーも居た堪れなくて、

「店主は、飲まれないのですか?」

「はい、こちらもシャーリーさんのスープですからね。」

そう聞くと、リファラルが自分の前にあったカップと、シャーリーの空のカップを交換した。まだ湯気が立つカップだ。シャーリーがカップに触れると優しい温度で指先が温まり、

「どうぞ、まだありますよ。あと10杯は軽く。」

「ええ!?いくらなんでもそこまで頂けませんよ!」

リファラルが軽く笑うと、シャーリーの目は大きく開き、断りながらも自然と笑みが溢れた。

「やっと、笑って下さいましたね。」

「あ…そんなに辛気臭い顔をしてましたか。」

迷いが表情に出ていたのか、リファラルに心配をかけていたらしい。満腹になっていたシャーリーは、その温もりを求めて再びスープを頂戴する。

「シャーリーさんがここに足を運ぶようになる前から、貴女のことがずっと気にかかっておりました。」

「そ、そうだったのですね。だから、テルにあれこれと土産物を持たせていたのですか?」

シャーリーがカップを置いてから彼が話し出した件は、察しはついていた事だ。テルと出会う前から店に入らないかと声をかけられて、逃げていたのはシャーリーの方だった。入ってしまえば、今のように苦しむ事は分かっていたにも関わらず、自ら望んで彼らと取り引きをしたのだ。

「貴女に、少しでも食事を摂って頂きたかったのです。」

「同情していたんですね!そこまで惨めな存在に見えますか!?」

テルを使って自分に近づいていたのと同義である事を告白するリファラルに、シャーリーは衝動にかられて声を荒らげた。薄々と知っていた事だし、嬉しかった気持ちは嘘ではない。それでもこの心に膨れ上がるモヤのかかった何かの処理が上手くできなかった。

「貴女を見ていると、がむしゃらに戦い、良いように利用されてきた昔の自分達を思い出すのです。」

「そんなの、貴方の自己満足でしかない!」

シャーリーと目を合わせている彼は否定しない。多くの人間は、そんなことない、と逃げようとするというのに。シャーリーが、ダン!とテーブルを力いっぱい叩けば、カップがカタカタと揺れたが、リファラルは驚くことも避けることもせず、

「あの時、私が手を差し伸べるだけの力と決断力があれば、妻を失う事はなかったと。同じ過ちを冒して失いたくはないのですよ。既に貴女の身は狙われております。」

「…そ、そんなこと知るか!私は失わない!絶対にお姉ちゃんに会うんだ!あいつらからどんな扱いを受けてもだ!」

慈愛に満ちた眼差しを向けられても、一度抜いた刃を引っ込められずにいるシャーリー。どれだけこちらが感情的に声を荒らげても、彼は態度を変えることなく、

「彼等は恐らく他に利用できる相手を見つけて、貴女に利用価値を見出さなくなったのです。近々葬るつもりだったのかと考えます。だからこそあのように危害を加えてくるのですよ。」

シャーリーの膨れ上がった怒りとは異なる方面から、自分に言い訳をしたいシャーリーの心を斬りつけにきた。彼の言葉で頭が一気に冷えて、自分の心のモヤの正体を理解する。シャーリーは、自分がここを捨てる為にリファラルに他人の不幸で悦に浸る人間で居てほしかった。それであれば、自分の中でこの短い期間の出来事を何とか割り切れると思った。だが、彼からの新しい切り口はシャーリーに現実を突きつけ、

「やはり、あいつらはお姉ちゃんと会わせる気なんてなかったんだな…」

シャーリーの手は白くなる程の拳を握る。全く姉の情報を渡して来なかった相手だ。藁にも縋る思いであいつらの話に乗ったが、あいつらは男達を使って暴行してきて、助けてきたハルド達が持ちかけてきた取り引きに手を伸ばしたのだ。実際、ハルドの方が欲しい情報を持っていた。

「彼の性格は嫌でもよく知っております。利用できなければ切り捨てますよ、自分の実の息子であってもね。既にそれで苦しんでいる子がいるのです…」

彼は、シワの深い手を伸ばしてシャーリーの拳を1つ1つ開いていき、右手を彼の両手が優しく包み込む。

「どうして…?」

先程までの勢いを失ったシャーリーは、彼の手の甲に涙を落とし、

「私はただ会いたいだけなのに…」

幼い子どものように泣きじゃくる。リファラルは表情を変えることなく、優しい眼差しでシャーリーを見守っていた。


 涙が収まったシャーリーの気持ちに整理がついてから、リファラルが口を開く。

「今後、どうなさるおつもりですか?」

「そ、そうですね。確実にあいつらを裏切りましたから、姉の情報をもらうまでは、名前を変えて住み込みで働くか、点々とするか…」

口が裂けても盗みを働くとは言えないシャーリーと、顎に手をやって思案するように瞼を閉じるリファラル。

「…」

「…」

双方共に沈黙。あいつらにもっと従順なふりをしても良かったが、あの状況では不可能だ。助けを呼ばなくては本当に喰われていたかもしれない。そんなことをぼんやり考えていると、リファラルがおもむろに立ち上がり、厨房へと手招きする。シャーリーは首を傾げながらも後ろからついていくと、テルが着ているエプロンを手渡され、

「住み込みで働くのでしたら、ここも一部屋だけ空いております。」

「あ、あの?」

突然始まった話についていけないシャーリー。リファラルは、ガタガタと下駄箱をずらして階段に繋がる扉を開き、

「部屋は下駄箱を退かしたこの階段の先に最奥ですね。」

「店主?」

店内の説明をしていて、シャーリーの目が点になるが、リファラルはそれには答えずにカウンターに戻った。慌ててついていくシャーリーの少し目の先で、よくリファラルが座っていたカウンターの床が真四角に外れて、

「シャワールームなのですけど、それはカウンター側の床に隠し階段があります。」

「なぜそこに?」

手すりがついた階段が続いていた。青白いランプが点灯している為、歩きやすそうではある。

「有事の際のシェルターです。」

平然と答えるリファラルに、最早何も言えない。

「シャーリーさん、部屋、3食付き、アルバイト代も支払います。喫茶スインキーで働かれては如何でしょう?」

リファラルからの思いがけない提案に、シャーリーは涙は尽きたと思っていた乾いた瞳から雫を溢して、頷きながらその場で泣き崩れた。

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