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197,少女は聴こえる

 目を開けていられない程の速度をこの身体に感じながら、スティレットを決して離さないように意識して相手に突き刺し、これだけ硬い装甲に穴が開いてキングが翅をバタつかせるが、リティアはしがみつく。近くで刺すにはスティレットの硬度が足りない為、それ以上の力を得るには速度と更にかけられる重さが欲しかった。キングの翅が少し落ち着いたところで、口に咥えたスティックを右手に持ち直して、ハルドに習った灯りを発動させてからスティレットと差し替えるようにスティックをキングの体内へ侵入させると、ジュウウウウと音を立てて焦げた匂いがリティアの鼻を掠めた。ここで忍ばせていた小瓶から魔女茸の粉末をスティックで広げた傷口に振りかければ、ブクブクと水膨れが広がって内部の傷を悪化させる。痛みに悲鳴を上げるキングの身体が急激に傾き、リティアは慌ててスティレットを開いた傷口に深く差し込んでしがみつこうとしたが、スティレットよりも広がった口では安定せず、リティアの身体がズレ落ち始め、

「リティ!風を送る!」

ハルドの下から声と同時くらいに身体が浮き上がる程の暴風が地面に反射して、キングとリティアの身体に直撃した。キングは風に耐えたが、簡単に持ち上がったリティアはスティレットから手が外れてしまい、スティレットがキングに刺さったまま、再び上空へと小さな身体は吹き飛ばされる。

《こちらは仕留めた。迎えに行けばいいか?》

《大丈夫です!そこから離れてください、雷を落とします!》

ケルベロスからの脳内会話にすぐに返事をすると、リティアはハルドの風を浴びたままの空中で魔術陣を描いて雷雲を発生させた。スティレットに誘導されるように雷が集中的にキングを傷つけ、暴風が止んでリティアの身体が落下し始めると、森を飛び回って蛾の群れを潰し続けた飛龍牙が急カーブしてこちらに戻ってきて、リティアの足元付近で回転速度を下げる。

「乗って!」

ハルドの声が響いて、リティアが大きな飛龍牙にしがみつくと、振り落とさないようにゆっくり回転して地面へと降ろされた。メルスィンが腰を抜かしているようで、アゼル達に起こされている最中だ。飛龍牙の上から足を退けてキングを見上げると、全身を痙攣させながらクイーンの死骸にぶつかるように落ちていく。キングに刺さったスティレットからはまだ黄色い稲妻が見え隠れしていて、クイーンからずれ落ちて湖へと身体を落としたキングを中心に稲妻の波紋が広がり、絶命と共に静まる。静寂な時間は束の間、森からオオカブト蛾の群れが溢れ出し、大空の遠く彼方へと次なる君主を求めて旅立った。リティアがその光景に目を奪われていると、ハルドが声を張り上げ、

「魔獣を陸に引き上げるから、打ち込み棒と縄を持ってきてくれ!」

生徒達の捜索、避難誘導をしていたであろう騎士達の大きな返事が至る所から木霊のように聞こえると、間もなくしてわらわらと騎士達が集まってくる。立てなかったメルスィンは、集った騎士の1人が抱えて旧聖教会へとアゼル達と共に連れて行き、アゼルが振り返りながらリティアに手招きをしてきた事に気がついたリティアが、

「ハルさん、あの」

「お疲れ様、今は一度建物に戻ってて。」

湖底に沈んだであろうスティレットを拾わないで良い事を伝えようとすると、ハルドの指示で故意に被せられて、

「は、はい。」

お辞儀をして去ることしかできなくなった。


 教会の中では、魔獣との戦闘や避難中に怪我をした生徒達を優先して椅子に座らせて、手が空いている生徒が手当てをしていた。メルスィンも椅子に座る側のようだ。

「チーム毎にまとまっていてください。今、担任達が全員が無事か確認しております。」

教頭の声が室内で反響し、リティアは渋々と、呆けた顔のメルスィンの背後に回って床に座り込む。中級魔術ばかり発動していた為、体力の消耗が激しかった。ここで世話になる事は2回目だ。担任が近づいてくる姿を何となく視界に入れながら、ステンドガラスの鮮やかな色彩に目を奪われていると、

《いない》

《アリシアさん?》

アリシアが突然頭に話しかけてきただが、リティアは何の話か分からずに首を傾げる。その間に担任が名簿を確認して、他のチームを探しに離れていく。

《彼がいない》

アリシアはリティアの声を聞いていないのか、会話にならない。リティアは言及することを止めて小さく息を吐こうとすると、

《あああああああぁ!!!!》

頭をかち割るような絶叫に襲われて、反射的に目を瞑って頭を押さえるが何も変化はない。

《奪われたぁ!彼は私の!私のぉ!》

耳を劈く声量で脳内を駆け巡るアリシアの悲痛。誰が見ているか分からない場所で顔をしかめるわけにもいかずに静かに耐えていると、

《ここだよ…》

小波のように心地よいと感じる青年の透き通る声が聴こえ、リティアの視線が緑色の精霊達によって誘われて、ある位置まで移動した。そこはステンドガラスの近くにある古びた扉で、教頭が立っていて見に行くことは難しそうである。

《ここにいるよ》

リティアの中で反響していたアリシアの悲鳴の音を小さく抑えて話しかける青年は、確実にリティア達を呼んでいる。

どうやって扉に近づこうかと悩んでいると、

「リティアさん、貴女って凄い魔術士なのね?」

いつのまにかこちらを振り返ったメルスィンが頬を紅潮させながら、リティアを見つめていた。リティアは彼女とは真逆とも言える冷たい視線を向ける。

「それは分かりかねます。先程までの失礼な態度はどちらへ行かれました?」

「え、その、あれ程の魔術を使いこなせる人だと知らなくて、ディオン君に纏わりつく虫くらいにしか思ってなかったの。」

こちらの表情を読み取る気がないのか、見ていないのか、彼女は自らの頬に手を当てて熱の帯びた瞳を注いできた為、

「そちらは、失礼な発言だと理解してますか?それともわざとでしょうか?」

リティアが睨みつけると、

「いや、えっと…ど、どちらの一族なのですか?サンディという苗字の魔術士なんて」

「偽名ですよ。これ以上その話題はやめてください。不愉快です。」

謝罪で終わらせるべきところをまだ話し続けるメルスィンに、睨みを効かせたままのリティアが強制的に話を終わらせた。

「怒らせるような事ばかりして、ごめんなさい…」

「はあ。」

ここでやっと謝罪してくるメルスィンに、リティアは分かりやすいように大きくため息を吐いた。アゼル達が心配そうにこちらのやり取りを覗いてきている。

「な、仲直りする為にできる事はありますか?」

これだけの態度を示したというのに、メルスィンの心は折れない。こちらからしたら仲直りも何も、そもそも相手から嫌がらせを受けていただけ。けれど、この機会を逃したら扉に近づけない…という考えがリティアの頭を掠める。アリシアの悲鳴が小さな声になったとはいえ、まだ聞こえている。

「…では、私があそこの扉へ入る為に教頭先生の興味を引いて頂けますか?」

「え、ええ。そのような事でしたらお安い御用です!」

リティアが教頭が立っているところを指差すと、メルスィンは目を輝かせて元気に頷いたので、リティアがゆっくりと立ち上がると、アゼルに腕を掴まれる。

「勝手に離れるのは良くないよ。」

「アゼル君達は、リティアさんが外の空気を吸いに行った事にしておいて下さい。」

リティアの代わりに、メルスィンがニコニコと笑顔でアゼルに迫ると、アゼルはその圧力に負けて力なく頷いた。

「では、メルスィンさんはしっかりこなしてくださいね。」

「仲直りの為にいってきます!」

リティアが彼女に頭を下げると、貴族令嬢らしい優美な足取りで教頭に近づいていく。リティアとしては気の許せる相手ではないが、今回は彼女の謝罪の気持ちを利用させてもらうことにした。

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