195,少女は保つ
リティア達の巾着袋が膨れ上がっているからか、採取に行く先々で他のチームにスティックを向けられて脅された。その度に、リティアからメルスィンに冷たい視線を向ければ、彼女は手を震わせながら魔術陣を描き、まだ魔術に自信のない生徒達の脅しを無力化する。事前に魔獣をある程度退治してある為、湖への道に人面鳥は羽休めしていなくて、上級生が手に負える程度の魔獣が地面を走っていた。
「湖周辺に生えている藻草を取りたかったのに、結構先輩方が集まっているんだね。」
「視界の良い場所で戦闘した方がやりやすいってことでしょう。」
アゼルとリティアは湖まで来て状況把握をしてから、他の場所へ移動するようチームに進言しようと声をかけると、
「皆さんもこちらの動きを見てますし、魔獣を倒して貰えるので安全に得点に稼げるのではないでしょうか?」
メルスィンが自慢気に持論を述べ、
「戦闘に夢中になっている人達が、こちらまで意識をすることは難しいと思いますので、蹴り落とされて湖で泳ぎたければお一人でどうぞ。」
リティアが冷たく言い放つと、メルスィンの瞳にじんわりと涙が溜まった。
リティア達が湖に到着した時刻は、セイリンが率いるチームはディオンのチームと合同で動いていた。チームの女子1人が地面から根ごと掘り出した柴胡を袋に放り込んで、
「今、地面が揺れませんでしたか!?」
怯えながらセイリンに縋ると、セイリンは彼女の頭を優しく撫でて、
「ああ、揺れた。少し様子を見てこよう。ディオン、ここは任せた。」
「承知いたしました。お気をつけて。」
ディオンにこの場を任せて、早歩きで振動が大きいところを探すように見回る。この前のテルの友人の発言が引っかかっていた。筆記試験で気をつけるような事が起きなかった場合、この広いフィールドで細工をする可能性が高い。ハルドが魔獣退治をしていた事からも、後から罠でも仕掛けられたら生徒達が被害を受ける。セイリンは、自らの内に秘めた焦燥を同室のリティアに知られないようにいつも通り接していたつもりだが、昨晩の彼女の机に置かれた複数の武器を見ると、バレたなと確信した。木の根に足を引っ掛けないように注意しながら、陽の光があまり差し込まないこの薄暗い森の中を目を凝らして警戒して足を進めていると、ザザッと草が掠れる音が右の方向から聞こえて顔だけ動かすと、頭に白い包帯を巻いた黒いワンピースを着た少女が走り去り、彼女が先程いた場所で煙幕が上がる。
「…あの少女が何故ここに?」
セイリンは呟くと、音を立てないように少女を尾行する。煙幕を風で流しても良いのだが、風向きによっては他の生徒を巻き込む為、ここは触らないでおく。2箇所、3箇所と煙幕を置く数が増えていき、視界が煙で遮られていく。ハルドやラドが監督としてついてきている中で、教師達が気が付かないわけがない。相手の次の行動を待っているのだろうか、ハンカチで口と鼻を押さえたセイリンは視界が悪い中で少女の左腕が掴める位置まで迫り、彼女の動きを監視する。
「ご苦労だった、後は餌として無様に逃げ惑うと良い。」
低めの男の声だ。聞いた感じは、自分の父より若くないだろう。
「それで、姉さんは今どこで何している?」
「死んだら会えるかもな?」
ゴボッと煙でむせながら必死に聞き出そうとする少女を嘲笑う男の声。セイリンは男の近くへ移動すべきか考えつつ、その場でスティックを構える。
「…それでこちらが絶望するとでも?」
「ほう?」
ふふっと笑いを漏らす少女。咳き込む音が頻繁に聞こえ、この煙幕の中で無理をしている事が丸わかりだ。風で煙を飛ばすべきかと魔術陣を描こうとすると、少女が声を張り上げる。
「既に学校内での目撃情報を得ている!お前達以外に情報提供をしてくれる人がいるんだ!今までよくも嘘を並べてくれたな!!」
「…対等に渡り合えるとでも思うのか?」
少女は嘘の取り引きを持ちかけられていたに違いない。何を言われようが余裕を感じられる男の声。彼1人で少女の首なんて簡単に締められるだろう。守らねばと、セイリンは構えたままで彼女の傍まで近寄り、
「でかい声出せば一発だ!ハルドのおっさん!!」
「なっ!?」
「はあ!?」
彼女の一言で男とセイリンの声が重なったが、瞬時にセイリンは少女の前へと飛び出して男がいるであろう位置にスティックを向けて盾を出現させる。とりあえず彼女は、テルとハルドの知り合いだ。予感は的中。ガンッ!と盾に何か硬い物がぶつかる。
「どこの女か知らんがどけ!」
「退かぬ!弱き者を守らねば!ルーシェ家の名に恥じぬ戦いをするまで!」
ギャーギャーと喚く男に自らの在り方を宣言すれば、
「面倒な貴族だな!貴様らは!」
一族を貶す発言を受けても、セイリンは平常心を保ちながらもう一度盾を出現させて物理攻撃を防ぐ。
「逃げられると思わないでほしいな?」
爽やかな声が反響するように聞こえたと思えば、強風によって煙が瞬く間に消失、罵声を浴びせてきた男はフードが外れないように左手で押えて、右手のロングソードを振り回すが、疾風の如く現れたハルドに蹴り飛ばされ、剣を宙に飛ばして本人は顔を地面につけるように転がる。
「謀反一族の末裔なんぞに捕まってたまるか!」
負け犬のように吠えた男は、一瞬でその場から姿がなくなり、ハルドの足が男の居た位置を踏むが土以外何もなさそうだった。
「魔法だと…?」
セイリンが目の前で起こった事に愕然として立ち竦むと、ハルドが頭を軽く叩き、
「シャーリーさん、セイリン君、無事かい?」
声をかけてくるが、すぐに反応ができない。魔法を使う人間が、弱き者を害そうとしたこの事実を目の当たりにして頭の処理が追いつかなかった。ハルドは、セイリンが背で守ろうとした少女と話をする。
「おっさん、ちゃんと顔を見たか?」
「見たよ、君も見たかい?」
おっさんと言われて怒らないだけでなく、普通に話を続けるハルドの懐の深さ。少女は悪気ないようで、
「勿論だとも!」
得意げに胸を張っ…
「うわあああああ!!!」
かなり大勢の悲鳴が森を揺らし、セイリンがハッと悲鳴の方向へと顔を向ければ、巨大な蛾が空から降りてきた。ハルドは目だけで2人の顔を見る。
「煙幕は、ただの目眩ましと…。シャーリーさんはまだ持っているかい?」
「いや、あれで全部だ。」
シャーリーが首を横に振ると、背中に背負っていた飛龍牙を身体の重心の移動を利用して空へと投げ、
「分かった。セイリン君、申し訳ないがこの子を連れてチームに戻って欲しい。俺はあの蛾を退治する。」
その飛龍牙が向かった方向へと走り出しながらセイリンに指示を飛ばす。
「わ、分かりました!何としても守り抜きます!」
「はあ!?てめぇに守られる筋合いはない!」
セイリンが連れて行くために彼女の手を掴もうとすると、力一杯払われた。ムッとしたが、怒鳴るわけにも…
「テルを悲しませたいのかい?」
既に距離が開いていたハルドの一言が効いた。抵抗していたシャーリーの口がきつく締まり、セイリンに大人しくついてくる。彼女の足元を確認しながら走りやすい平らな地面を選び、先程の採取地へと戻れば、ディオンの魔術が連続で繰り出されていた。大風の刃がオオカブト蛾の群れを斬り裂き、他の生徒も炎の小槍で戦っている。セイリンもすぐさま傘を出現させて鱗粉の雨からチームを守ると、シャーリーの腕を引っ張り、ディオンの隣に立つ。
「待たせた!こいつら、どこから湧いて出た?」
「あの大型蛾と共に向かってきたようです!」
ディオンがもう一度大風の刃を発動させながら軽く説明をしてから盾を出して襲いかかってくる蛾をバッシュした。セイリンは、シャーリーを自分の背に隠して槍を飛ばして地道に数を減らすと、前方から火炎玉が複数個飛んできて、蛾の尻を燃やす。
「セイリン姫、ディオン殿、お待たせしたね。このカルファスが民を喰い物にする魔獣は一掃する!」
カルファスの一度の魔術発動で横に4つの火炎玉が出現して、蛾の大群に追い討ちをかけた。