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192,少年はやり過ごす

 膝にできたかすり傷にも軟膏を塗って少女を横たわらせてから、裏から出ようと扉に手を伸ばすと、伝票を手に持ったリファラルが再びこちらに近づいてきて、

「シューズラックを退かして扉を開けると階段があります。彼女をそちらに運んで頂いてもよろしいですか?」

「分かりました。」

頼まれた事に首を傾げることなく、ソラは言われた通りに動く。聞こえてきた会話の断片からして知り合いの2人。ここで転がしておくよりも、階段を昇るとベッドがあるのかもしれない。簡易的な下駄箱を持ち上げて彼女の上を通して反対側に置くと、壁と同色の扉が出てくる。大きな音を出さないように慎重に開けて、2階から日が入り込んで眩しい階段を意識を失った少女を背負ってふらふらと昇るソラ。下手に重心を後ろにずらせば、頭から落ちる危険性がある。

「非力だな…」

運動が得意ではないので仕方ないのかもしれないが…と自分を慰めながらやっとの思いで昇り終わると、部屋が3つあって、その中の一部屋が扉が開いている。

「※※※…」

イシキがないまま何かを呟く彼女を背負いながらは開けられない為、その部屋へと入らせてもらう。扉を肩で押して足を踏み入れると、充満するインクの香り。机の上には原稿用紙が重ねられていて、原稿の端に『スインキー』と書かれていて、ソラはリティアに借りた本を思い出した。背負っている彼女をベッドの上に寝かせて布団をかけてから、ゆっくりと原稿を眺めていると、原稿の山からはみ出るメモ紙に目が行く。

「親愛なる白き婦人へ?」

ソラが首を傾げるのと同じくして、階段を上がってきた誰もが、ここの扉を押した。

「ソラさん、ありがとうございます。厨房から店内に戻られて大丈夫ですよ。」

「リファラルさん、この部屋で大丈夫でしたか?」

目じりにシワを寄せたリファラルが頭を下げてきて、ソラも下げてから確認をすると、

「はい、長らく帰省してない孫息子の部屋ですから。午後からは店を閉めて、その子の手当てを致しますね。」

目覚めたときに喉が乾いているでしょうから、と机の椅子を彼女の顔の傍まで動かして水差しとコップをその椅子の上に置くリファラル。

「学校に魔術薬があるのでいくつか持ってきましょうか?」

「先日ハルド殿から頂戴した薬がありますので、とりあえずは間に合うかと思います。お気遣いくださりありがとうございます。」

ハルドの魔術薬を使用する方が良いかもしれないと声をかけたが、リファラルに断られて思い出す。彼はハルドの知り合い。時折連れて来られたというのに、すっかり失念していた。頭をポリポリと掻くソラは、

「テルさん達が待っておりますので、今は戻られて下さい。」

「分かりました。」

お先に降りてください、と促されて待たせているテル達のテーブルへと戻った。

「お、ねぇ…ちゃ…」

少女のか細い寝言が頭を離れない。


 テーブルに戻ると、テルのハンバーグが半分にされてソラのオムライスの皿に乗っていた。テルのドヤ顔に小さく息を吐いてから、ソラもオムライスを切って煮込みハンバーグの器に乗せてやる。

「えー、良いのにー!」

「テルから好物を貰ったのだから、こちらもしっかり返さないと。」

オムライスを返そうとしてくるテルに手のひらを見せて制止する。育ち盛りがハンバーグ半分では腹が減って大変だ。

「こうやってみると仲良いなー。普段は、テルが半歩下がって歩いていたり、食堂で席取りをしてもらっていたり、トレーの返却をしてもらっているのに。」

「2人いるんだから分担すれば色々動きやすい。」

ケールが厭味ったらしく突っかかってくるが、ソラはサラッと流し、テルの口に一口サイズに切ったハンバーグを押し付ける。

「むぐ!?」

「それでどうする?俺としてはテルが採取経験豊富だから、テルを中心に動きたいのだが。テルの後ろの護衛は俺がやる。」

テルを黙らしてから作戦会議を開始すると、

「は?ソラも採取手伝えよ。」

ケールが目が大きく開き、ソラの口からため息が溢れる。

「ケール、本当にしっかり読んだのか?他チームからの奪取禁止の文字はどこにもなかった。ということは、手際よく採取しているチームから奪うチームが出てくるということだ。」

「ひぇ!?そこは暗黙の了解だろうよ!?」

それが普通の感覚かもしれないが、絶対に奪い取った方が楽な事を知っている頭の良い生徒も、既にいくつも魔術を使いこなせる魔術士の一族の生徒もいる。魔術士を志す生徒でスティック所持になっている以上、そういう相手との戦闘は避けられない。

「貰ったあの日の放課後にハルド先生に確認取ったが、記載がないことはやっても良い事項となっているとのことだ。」

「ひぃっ…」

信用に足りる情報を提示すれば、他の生徒の肩に力が入る。

「魔獣だけでなく、他の生徒も相手にするってことだ。俺はテルを守る。」

「俺だって自分の事ぐらい守れるぞ!」

そう断言すれば、ムキになってソラの口にハンバーグを押し込もうとするテルの頭を軽く撫でて、

「テルは優しいから、俺がやる。」

「ソラからそんな言葉を聞くとは…」

テルの口がポカンと開いた瞬間に、テルの腕を掴んでハンバーグを口に押し返した。テルは『優しい』から魔獣の為に涙を流した、そんな人間が他者を傷つけられるわけがない。その役目は俺が負う。ソラはぐっと言葉を飲み込み、作戦会議を滞りなく終わらせた。


 テルを含むチーム全員で学校に戻る途中、何人ものガラの悪い男達が裏路地で走り回る姿を目撃し、誰とも話さないソラは、テルの左側の裏路地に一番近い位置に移動して、意識を男達に向けて声を聞き取る。

「あのクソ女!まだ見つからねえのか!」

「クライアントの命令もまともに従えねぇ女なんぞ、潰してしまえよ!」

「姉の居場所の嘘の情報をチラつかせれば簡単に言う事を聞くって話だったじゃねえか!」

「仕方ねぇだろ、こっちは姉の居場所を知らねえんだから!」

ギャーギャーと騒ぎながら探す男達。この感じだと少女の姉は捕まってなさそうなので、それだけ聞ければ少し安心だ。

「あんたら、何しとるん?」

「ひぃ!?姐さん!?いや何もっ」

寝起きで不機嫌そうな低めの女の声が聞こえたと思えば、ドタバタと走っていた足音が止まり、呼吸が震える音がこちらまで届く。

「これだから三下はな~、人様の獲物に手ぇ出しちゃーいけんやろ?」

ザシュ…女の言葉が終わるや否や、肉が斬れる音がする。

「ひぃぃい!?姐さん、それだけはご勘弁をっ!」

「腹に棲み着いた肉食魔獣は、楽しみにしとんよー?ねぇ?」

聞こえてくる危険なやり取り。大通りを楽しそうに話しながら歩くテルの手を取ろうとすると、

「ソラ、大丈夫?」

「いや、駄目だ。何かに目をつけられたら追われる。」

テルが声のする方を指差して、ソラが首を横に振った。彼にも聞こえていたということだ。静かに頷いたテルは、ケールが他の生徒と話している間に入って、

「明後日から記述試験だ!この後、教室で皆で勉強会しよー!する人は、この指とーまれ!」

笑顔でスキップしながら人差し指を立てると、ケールが大きな手を伸ばすが、テルのスキップの歩幅と合わずに宙で手が泳ぐ。

「お、おい!テル、捕まえられないから止まれよ!」

「えー?捕まえてごらーん!ほらほら!」

ケールを挑発するように後ろを向いたままスキップするテルに、生徒の注目が集まって慌てるようにその指を掴みに行く。ソラを置いて楽しそうに正門を潜っていき、ソラが少し遅れて歩き始めれば、シュルシュルと足に太いロープが巻き付き、ソラの身体が固まる。ソラはすぐさま足を止めて相手の興味が反れることを待つ。長い舌を出したままこちらの顔を見てきて、ソラは極限まで息を止めて、相手の動向を観察していたら、ピィと口笛が聞こえ、蛇は来た裏路地へと戻った。何とかやり過ごせたようだ。大きく息を吸ってから安全なところで手を振るテルへと向けて駆け出した。

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