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181,少女は求める

 異形を目の当たりにした生徒達から悲鳴が上がると同時にアギーが歓喜の声を上げ、

「ウタヒメ!!」

「え?」

テルが不思議そうに隣に顔を向けると、アギーの顔が歪んで、ひたすら眼振を起こしていた。まずい!そう思ったのは、私だけではなかった。テルの手を振り払って走り出そうとしたアギーの前へセイリンが阻むように両手を広げて立ちはだかると同時に、背後からディオンがアギーにタックルして絨毯へ倒れ込ませてその華奢な手を捻り上げた。

「いイイぃ!?」

「痛みでは正気に戻りませんか。」

馬乗りになったディオンは、悲鳴を上げるアギーに平静な瞳を向ける。生徒達の悲鳴とどよめきの中心は、どう見てもアギーを囲むセイリン達と、気味が悪い人形と対峙するリティアだ。リティアが何も言わずに紫色の小瓶を人形の頭に投げつけると、粉がかかった人形の顔にブクブクと水膨れが広がり、

「ヒィィィイ!?」

人形が絶叫しながら、窓から手を滑らせる。コンパクトナイフを手に取ったセイリンが駆け寄ろうとすると、

「誰も近づかないでください!スティックを持っている人は炎の魔術を今の魔獣にぶつけてください。」

リティアの厳しい声が通路の中に反響し、セイリンの手首はソラに捕まった。

「今必要なのは物理攻撃ではないみたいです。」

「ああ…」

ハルドのおかげで他の生徒よりも魔術の練習ができても、通常の学校生活ではまだ携帯できない学年だ。魔術士の見習いでありながら、魔術を扱うことができない無能と同じだ。魔術士として、騎士として、強くなりたいと力を求めているというのに。


「1年生は中退や退学が多い。その時期に、人を殺せるほどの威力の魔術は教えない。これは覆らない決まりだ。」


採取サークルの発足を提案してきたハルドの言葉を思い出し、歯ぎしりするセイリン。窓から消えた人形の代わりに魂喰いセイレーンの巨大な花が姿を現したが、1年生ばかりの2階の通路では誰もスティックを持っていなかった。気を利かせた生徒がホームルームが終わった後も教室にいた教師を連れてきたが、その教師の手が震えて魔術陣が描けていない。こんな一刻を争う時に役立たない教師からスティックを奪おうかと、ソラの手を振り払うと、テルが弾けるようにリティアに駆け寄ると、

「テル!?」

3人の声が重なり、リティアも驚いて振り返って、テルに押しのけられる。ピンクの粉が飛び散らないように親指で栓をするリティアは、セイリンが手を伸ばせば捕まえられる範囲までよろけ、瞬時にその小さな手を掴んで引き寄せた。

「誰も死なせない!俺は守りたい…!」

セイレーンとリティアの間に割り込んだテルの足は震えているのがセイリンの目に飛び込み、すぐに倒れているアギーの背中を踏みつけ、

「ディオン!教師からスティックを奪取してテルを守れ!ソラ!アギーを押さえ込むぞ!」

「承知致しました!」

「はい!」

セイリンの力強い指示に、2人は各自の役割を果たす。セイリンがアギーの足に乗り、背中にソラ、ディオンは気が動転している教師の背後から近づき、手から滑り落とすようにスティックを抜き取る。教師の怒号を耳にしながら、武器を手に入れたディオンがテルに駆け寄るよりも早く、セイレーンの大口がテルを襲う。セイリンの手を振り解けないままの、

「テルさん逃げて下さい!セイリンちゃん離して!」

リティアは叫んだが、セイリンは絶対に離さない。

「こんな俺に逃げてって言ってくれるんだ…」

全身を震わすテルがスボンのポケットに手を入れると、

「リファラルさんに感謝しなきゃ。」

目の前に土の壁を出現させ、セイレーンの花弁を弾き、通路への進行を阻止した。ディオンはこの隙にテルの隣に並んで炎の小槍を飛ばし、花弁の一部を燃やす。セイリンの目の前のソラの顔が蒼白になり、

「テルよせ!魔石中毒になるぞ!!」

「ソラ、大丈夫。」

振り返ってニコッと笑顔を見せるテル。魔術陣はポケットの中か、とセイリンは睨むが、それは今は言及する必要はない。

「ヤッとカタチにナッタのニィ!!」

正気を失ったアギーがジタバタと足を動かして、セイリンを落とそうとする。足首を潰してやろうかとも考えたが、

「黙れ!」

とりあえず怒鳴りつけて、セイリンに注目させようと試みるが、相手は全く耳に届いていないようで反応がない。テルが、再び向かってくるセイレーンに壁を出現させて阻止しながら、

「リティちゃん、ラズベリーてんとう虫は気付け薬だよね。アギー君に飲ませられる?」

「効くかどうか分かりませんが、やってはみます!」

頷いたリティアの屈む動きが分かったセイリンは、パッと手を離す。飛び出していこうものなら力尽くて捕まえなくてはいけない。ソラが暴れるアギーの頭を両手で押さえて固定して、リティアの指で蓋がされていたピンク色の粉が、アギーの舌に乗せられた。

「アアアァァァ!?」

アギーの目がひん剥き、2人を振り落とす勢いでのたうち回る。セイリンは無理やりしがみついたが、ソラはリティアを下敷きにするように転がって、瞬時に小瓶から粉が出ないように指で蓋をした彼女の腕を枕に仰向けになった。

「すまない!待たせたね!」

よく聴く教師の声が下から聞こえると、中庭でセイレーンを巻き込みながら火柱が上がった。


 外からのハルドの登場で、この場は完全に沈静化した。ディオンが奪取したスティックの件は、ハルドが慌てて階段を駆け上がって役立たずの教師を問い詰めたことでお咎めなしとなり、アギーは気付け薬のおかげか、セイレーンが燃えたからか、どちらか分からないが正気に戻って口を開けたままボーッとしていて、ハルドに背負われて医務室へと移動した。そしてセイリン達は、セイレーンの残骸が跡形もなくなってから調合室でいつものように勉強を始めるが、リティアは一言も発しない。ハルドが戻ってきて早々、

「空気が重い…!」

ため息を吐いたほどだ。ソラは、テルの袖を有無を言わさずに捲くって何かを確認していて、ディオンは何事もなかったように装っているが、ペンがなかなか進んでいない。セイリンはというと、リティアとどう話すべきか悩んでいた。そんなセイリンよりも先にハルドが話を切り出す。

「リティ、遅れたことは謝るよ。俺もラドも、そしてカノンとケルベロスも期末試験場にする森の魔獣討伐があったんだ。これ以外にも騎士団との話し合いとかあるから外出が多くて、学校でこんな事になっているとは思わなかったんだ。」

「…。」

リティアは無表情のまま教科書のページを捲っている。彼女は、ハルドが来なかったことを怒っているのではなく、セイリンが手を離さなかった事の方だ。セイリンは自分から言わねばと焦るが、上手く伝えられる自信がなくて手に汗を掻く。

「リティ、何が嫌だったのかを言ってほしい。期末試験で退学になるわけにいかないだろう?」

セイリンの苦悩を知ってか知らぬか、ハルドはリティアへと対話を試みる。彼女は、フーッと息を吐いてから読んでいるには早い速度で捲られていた教科書を机に置いて、

「…上手く戦えなかった事が許せないのです。もしかしたらアギーさんもテルさんも喰われていたかもしれないんですよ。ラズベリーてんとう虫の粉末を試すこともできなかったので効果も分かりません。戦う術がない時、喰われるしかないのですか?」

やっと口を開いた。ディオンとテルを始め、ソラもテルの服を捲ることをやめて、リティアへと視線が集まり、

「このセイレーンに関しては俺達も手こずっているから…。」

そのリティアの瞳は、考え込むハルドへ注がれる。

「ここは1つ、魔法罠の本にセイレーンを閉じ込めてみようか。」

少し顔を上げたハルドはそう提案して、眉を下げたまま笑顔を作った。

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