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177,黒少女はしくじる

 こんな筈ではなかったと悔やんでも時すでに遅し。確実にしくじった。テルとの出会いが確実に足を引っ張ったとしか思えない。ガラの悪い男共に口を塞がれて手足を縛られ、麻袋に放り込まれた後は、馬車に詰められてどこかに連れて行かれる。乗せられている間中、ずっといくつもの汚い手が身体に纏わりつき、気持ち悪さから逃げたいが為に麻袋の中から身体を尾びれのように動かして反撃すれば、頭を何度も殴られた。その度に、

「殺すな!」

「クライアントに首を落とされるのは俺達になるぞ!」

と慌てる男達の声もした。どれだけ長く虐げられていたかは分からないが、唐突に馬車の揺れが止まった。その瞬間に男のうめき声が耳に劈き、

「いけない人達だね。か弱い少女に手を出すなんて、ねぇ?」

滑らかなテノールの声が聞こえたと同時に、更に低い声の悲鳴が反響する。

「お、俺達はただ頼まれた仕事をしているだァ!?」

グギッと鈍い音の次に、ドスンと落下する音。

「言わなくても良いよ、分かるから。」

怒りが静かに込められた襲撃者の声に聞き覚えがあった。

「ガハァッ!?」

麻袋から手が離れて何かがゴンとぶつかった音の後は、

「やはり、あの男が関わっているんだね。彼女に依頼したくせに、次は彼女を害すると…。」

襲撃者がため息を吐き、麻袋の口が開いた。やはり。麻袋が割かれていくと、テルと知り合いの焦げ茶色の髪の男の爽やかな笑顔が見えた。彼から口に巻かれた布を外されたら、すぐに牙を剥くように白いレザーブレスレットが巻かれた左手首に食い付きにかかると、

「こら。」

ピンと額を指で弾かれ、

「手負いの獣が攻撃するんじゃないんだから、まずはお礼を言うんだよ。」

男からの上から押さえつけるような口調に苛立ち、勢いに身を任せて反発をする。

「助けてなんて言ってねーよ!」

「そんな悪い口をテル君に教えないでくれる?」

「がっ…」

舌を指で挟まれて、痛みを感じるほど外へと引き出されて、

「君が会いたいって言ったから来たんだ。学校内には連れて行けないから、君の馴染みの喫茶店に行こうか。」

相手を害していながら、柔らかな笑顔を向けてくるこの男は危険だと頭の中で警鐘が鳴ったが、手足の紐をつけられたまま簡単に肩に背負われ、男は馬車の外で気を失って転がっている男共の上を歩く。

「私は!会いたいなんて!言ってない!そんな事言ったらテルがあの男共に殺されるかもしれない!」

「あの男達が生徒に手を出せるわけないから。こちらを侮らないでくれると嬉しいな。」

夕日で煉瓦の街道が真っ赤に染まり、ここが何処の街道かは分からない中、男から逃れる為にジタバタと暴れるが、涼しい顔をした男の肩から落ちる事もできない。

「たかが教師1人だろ!?相手は複数でしかも」

「魔法士だろ。知っているよ、嫌でも知り合いなんだから。」

馬車に繋がれている馬を開放すると、ポイっとその背中に乗せられて、シャーリーを馬の頭と男で挟むようにして跨り、横腹を蹴って走らせる。

「魔法士に勝てると思っているのか…?」

「彼らが自分で殺れる算段があったら君に依頼しないよ。俺って、結構恐れられているからね。」

手綱を握る逞しい腕に身体を預ける形で一定のリズムで揺れる馬に座らされて、攫われる前からずっと緊張していたシャーリーの瞼が自然と閉じそうになっていくのを愉快そうに見下ろし、

「おやすみ。」

男がそう呟くと、意識が遠退いていった。


 次に目に飛び込んできたものは、湯気が立つ珈琲と果物がてんこ盛りのホールタイプのフルーツタルトだ。朝から何も食べていないシャーリーが、目の前のご馳走に喉を鳴らしていると、

「えー、リティには生クリームたっぷりがいいですよ。」

「ハルド殿は、わかってませんね。リティア嬢ちゃんはさっぱりとしたチーズケーキがお好きです。」

誰もいない店の奥から男達の声が聞こえてくる。その会話の中で聞こえた名前に聞き覚えがあって懸命に記憶を辿ると、テルが嬉しそうに口にしていた女の名前だと分かった。手足が自由になったシャーリーは、入ったことのなかった喫茶店の店内をそこから立つことなく観察していると、厨房から和やかに話しながら、ホールで2段のショートケーキを片手に持った先程の男と、テルのアルバイト先の店主が湯気が上がるカップ2つと皿を3つ、トレーに乗せて出てきた。

「シャーリーさん、おはよう。目の前のケーキ召し上がれ。」

「はぁ!?」

ショートケーキを他のテーブルに置いてから前に座るハルドと呼ばれた男を睨みつけると、

「シャーリーさんの為に作ったので、お気に召すと良いのですが。」

音を立てずにカップを置く店主が微笑みかけてくる。

「何が入っているか分からないもんを食えるかよ…」

その微笑みに毒気を抜かれるようにシャーリーの声が小さくなっていく。

「リファラルさん、ケーキナイフは厨房ですか?」

「いえ、珈琲と一緒に乗せてきましたのでこちらにありますよ。」

店主の名前はリファラルと言うらしい。手慣れた手つきでタルトを8等分に切り分けて皿に乗せていき、シャーリーとハルドの前にフォークと共に置いてから、誰も座っていない席にあと1つ置くと、その空席にゆっくりと腰を掛けた。

「どうぞ。」

「ありがとうございます…」

リファラルに微笑まれると、出ると思ってもなかった礼の言葉が勝手に飛び出す。目尻にシワを寄せる彼に、テルが懐くのは必然だったのかもしれない。

「リファラルさんの作るものは何でも美味しいですよね。」

「ハルド殿も料理はお好きでしょう。退役後はここで働いても良いのですよ。」

シャーリーが口をつけるよりも先にハルドがタルトを口に運び、リファラルと楽しそうに会話を始めた。会話に違和感を覚えつつもシャーリーも美味しそうに食べるその表情に釣られてフォークを手に持った。

「いやー、一生現役なんでそれは難しいですね。」

「おい、待て。今、退役と言ったか?」

アッハハと笑うハルドの声を聞いて、違和感が何かに気がついたシャーリーが会話に首を突っ込んだ。

「そうだよ、どうかしたのかい?」

「教師に退役という言葉は使わない。てめえ、衛兵や、まさか騎士か何かか?」

微笑んでくるハルドのその鋭い瞳を向けられると、シャーリーは居心地が悪いと感じつつも懸命に違和感を口にした。

「テル君に漏らさないなら教えてあげても良いけど?まあ、君には難しいと思うよ。」

「ぐっ…」

珈琲を口に運びながら微笑む、優位に立っているハルドに、己が立ち向かうだけのものを持たないことを証明されて、唇を噛んだ。

「そこはご想像にお任せ致しますということで。君はそれ以外で俺から何を聞きたい?」

「それは…」

わざわざ向こうから来たこの機会を逃すべきではないと思うが、口籠るシャーリー。ハルドが食べかけのタルトを残して立ち上がり、

「時間は有限だ、無いなら仕事もあるから帰るよ。」

「待て!」

扉へ向かおうとして、シャーリーから咄嗟に言葉が飛び出すと、彼は置かれたホールケーキの前で立ち止まった。

「ま、待ってくれ…。お姉ちゃん…は、生きて…るの…?」

改めて質問を投げかけようとすると全身が緊張し、唇が震えて上手く言葉が出ない中で必死に伝えると、彼はふわっと微笑みを浮かべながら振り返り、

「その質問なら簡単だ。生きているよ。」

シャーリーが欲しかった言葉をくれた。テルの証言だけではない、他の人間からも姉が生きていると言われた。それだけで涙が零れ落ちる。

「で、では何故、まだ学校に?」

シャーリーが意を決してもう一歩先へと踏み込むと、

「その話を進めたいならば、俺と取引をしようか。」

彼は微笑んだまま席に戻ってきた。危険だと心が叫んだが、姉の事が少しでも分かるんだったらこんな命投げ出してやる。シャーリーは相手の目をしっかりと捕らえて、慎重に頷いた。

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