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173,少年は立ちはだかる

 最近はあまり気にならなくなったが、入学して間もない頃のリティアは、よく『何か』に笑いかけたり、手を伸ばしていたり、傍から見れば不思議な少女だった。たまにディオンと目を合わせるのではなく、顔の辺りに視線が動いていることもあった。そして、先程の発言とその後の反応に引っ掛かりを覚える。これ以上突っ込むことは、果たして良い事なのかが悩みどころだ。でも、もしかしたら…昔の自分のように誰にも見えない『友達』が見えているのかもしれないと期待をしてしまう。

「分かったー?」

考え事をしていると、カノンがわざわざ目の前まで来てぴょんぴょんと跳ねる。サッと屈んで目線の高さを合わせて、

「はい、そうですね。立っている位置でも悪いのでしょうか。」

「え、貴方が土属性の精霊と相性が悪いだけだよ。」

頷きながら答えれば、彼女にズバッと冷たく言い放たれ、ディオンは堪らず頭を抱える。

「そ、そうなんですね…。」

「防御魔術に長けている土属性と相性が良くないとするなら、やっぱり?」

カノンが、こちらの精神的なダメージを気にせずに話し続けると、

「攻撃は最大の防御なり、ですね。ディオンさんは、攻撃魔術で相手の攻撃を抑える方が良いんだと思います。」

やっとリティアが言葉を発して笑顔を見せる。それを聞いて顔を上げたディオンは、そういう考え方もありかと納得すると、

「そう、リティアちゃんの言う通り!それに比べて、せーちゃんは防御魔術系とは相性が良さそう。」

カノンはスキップしながら、セイリンの前まで寄って行き、彼女の周りをくるくると回った。

「本当か!では、更に練習に励まなくてはいけないな!」

「え、カノンちゃん、俺はー?」

セイリンは嬉しそうに握りこぶしを胸の前で作り、テルも小槍の発動をやめて話に参加すると、

「テルちゃんは、バビューン!」

「…はい?」

カノンが、右手の人差し指で左から右へと弧を描いて最後は斜め上へとその指が向けられて、テルの目が点になった。ソラは眉間にシワを寄せ、

「えっと…」

リティアもワンテンポ遅れて首を傾げた。

「よく分からない言葉を使わないでくれー!」

大きい声を出しながら、風の如く猛スピードで戻ってきたハルドは汗1つかかずに、

「ということで、皆お待たせ!奥が結構な濃霧になっていて、大型魔獣1体が蠢いて居たので、帰るか、魔術で戦うか。どちらにしようか。」

笑顔で報告してきて、更に選択を迫った。誰よりも早くセイリンがレイピアに手をかけて、

「それは勿論戦います!」

「え、帰ろうよ!?危ない!」

意気込む彼女を止めようと、顔をブンブンと横に振るテル。奥部へと目を凝らすリティアは、

「…帰りましょう。濃霧では下手すると仲間を傷つけてしまいます。」

テルと同意見で、セイリンの顔が若干歪む。ハルドは全員を見渡しながら、

「ソラ君とディオン君は?」

他2人にも意見を求めてきて、口をきつく結んだソラよりも先にディオンが答え、

「私は、相手が街に被害を与えないのであれば帰るべきかと考えます。視界が悪い状態は危険です。」

「どんな相手か分からないだけでなく、霧で視界が悪いとなると…。ただ、数人が水属性の精霊をひたすら相手から取り除けるなら戦えると思います。」

ディオンの考えにうんうんと頷きながら、ソラも眉をひそめながら意見を述べた。

「ソラ君、いいね。冴えていると思う。全員が単独で攻撃しない、要は役割分担するのは魔術士の戦略の基本だ。魔術士複数人対魔獣1体が優位に戦えるからね。」

ハルドがソラを褒めると、褒められても無表情のソラと、対照的に明らかに沈んでいくテルが嫌でも目に入る。桃色の粉末が入った小瓶を取り出すリティアが、

「…ハルさんは、魔獣を分析して私達で倒せると見たと考えてもよろしいですか?」

「ああ、君達なら倒せる相手。というか、リティ。君なら危険性のある魔獣を倒すことを選ぶと思っていたよ。」

ハルドの考えを確認すると、彼は軽く頷いて微笑んだ。

「それは違います。戦わなければいけない状態で…わ、私1人なら、魔獣寄せ笛で魔獣達を集めて戦ってもらってから…とどめを刺します…。こんな広い森で、しかも濃霧で誰かが血を流して、その血に呼ばれるように魔獣達が集まってくる方が危険です。」

「なるほど。他人の事をそうやって考えるのは、優しさとも取れるが、相手を下に見ているとも取れる。さて、どちらだい?」

言い辛そうなリティアに、笑顔で追い討ちをかけるハルド。明らかにいつものやり取りとは異なっていて、ディオンの拳に自然と力が入る。

「そ、それは…」

「ハルド先生!何でそんな酷い質」

今にも泣きそうになるリティアを守るようにテルが声を上げれば、ハルドが手を挙げて制止する。

「テル君は少し我慢してね。リティ、君の悪い癖が出ていると思うんだが如何だろう?」

「…今のメンバーで大型との魔術のみでの戦いは、難しいと考えています。私達は、まだ大型に対抗できるほどの攻撃魔術を習得しておりません。」

彼女は、ハルドと向き合うことができなくなり俯いてしまうが、それでも懸命に答えると、

「でも、自分1人ならやろうと思うんだよね。」

「…っ。」

いつもの明るい調子で話すハルドの声が一変して低く威圧的になり、リティアはボロボロと涙を溢し、セイリンがそっと肩を貸す。

「良い機会だから言わせてもらう。君の周りにいる友人達をその瞳にしっかり映すべきだ。何も、知らない相手と共闘しろと言っているわけではない。既に一緒に戦った事もあり、ここでの練習も見ているはずだ。本当に君を含めてこのメンバーは、大型に通らない初級魔術しか使えないのかい?」

「先生!彼女に期待なさっているのは、よく理解できますが、このような場合、彼女だけでなく私達にもそのようなご指摘を頂いても良いと考えます。」

心の奥底で荒波が限界を迎えたディオンは、リティアを背中で隠すように、彼女を責めるハルドとの間に立ちはだかった。

「ディオン君の言い分も分かる。ただね、現在ここで誰よりも魔術を安定させて発動できるリティは、確実に他の人の魔術を見ているはずなんだよ。それでありながら、戦えないと言った事の真意を問いたいんだ。」

「ディオンさん、ありがとうございます。ハルさんが言っている事は正しいのです。今の魔術練習は自分にとってゆとりがありまして、皆さんの動きを見ております。セイリンちゃんは防御魔術が、テルさんは他の人を補助や回避する魔術が、ソラさんは安定して様々なタイプの魔術が、ディオンさんは典型的な攻撃魔術が向いていると考えております。しかし、私がそれを考えている自体、皆さんを自分より下に見ているそのものでしかないのです。それだからこそ、足が引っ張られるなら戦わない事を選んだというのがおかしいと言われているのです。」

ハルドを見据えているディオンの隣へと、よろよろとリティアが歩み出した。メンバーの顔を涙で濡らした顔で見渡し、申し訳無さそうに再び俯いた。

「…違う。」

「ソラさん?」

先程まで無表情で聞いているだけだったソラが遂に口を開き、リティアの目が丸くなる。

「ハルド先生は気がついているはずです。リティアさんは、そういう目で他人を見ていない。彼女の目は、テルと同じです。他人が怖いんだ。だから、しっかり相手を観察する癖がついている。それなのに、何でそんな悪い方向へ誘導尋問するんですか?」

ソラが声は張り上げずに行う力強い主張にテルまでも目が丸くなり、誰もがソラを注視すると、笑みを浮かべていないハルドがパチパチと手を叩き、

「…お見事。俺は彼女の反発を引き出そうとしただけ。彼女は対等と見た相手と意見が異なる場合、今までもしっかり反論した。けれど相手が格上の場合、今みたいに簡単に口を閉ざす。と言えど、俺にはしっかり意見を言うこともあるけどね。練習大切。」

彼はやっとニコッと笑顔を見せた。

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