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171,教師は覗き込む

 リティアが穏やかな表情で眠っていることを確認してからテルに視線を戻すと、彼は泣き過ぎて瞼が腫れていた。リティアの幼い頃の話もだが、リファラルの件も下手には伝えられない。自分の過去を含め、彼女の過去まで抱えられるほどテルは強くない。我慢はできるし、良い意味でも悪い意味でも諦め癖があり、しつこく聞いてこないところは良い子だと思う。隣に座るカノンが、ハルドの代わりに口を開く。

「テルちゃん、明日からリティアちゃんを避けようなんて考えてないよね?」

「えっ!?それは」

カノンの鋭い指摘に口籠るテル。静かに聞いているハルドも、明日その傾向があったら指摘するつもりではあったが、カノンが先手を打った。

「それが一番簡単かもしれないけど、やってはいけないこと。貴方は『いつも通り』に接するべきだよ。」

「はい…」

外見と中身のチグハグな彼女に叱られるテルは、力なく頷きながらも、瞳の奥に強い意志を感じ、幼い頃のリティアの事で心が波立つハルドは、内心ホッとし、

「リティは強い子だ。彼女の兄含め俺達が思っていた以上に。いずれ自分の事は自分で向き合うよ。だから、その時までリファラルさんとの関係については待ってあげてほしい。」

「はい!」

できるだけ自然に近い笑みを浮かべると、赤い瞳のままのテルから今度は力強い返事が返ってくる。

「さあ、明日は防御魔術の練習をするからね。自分の守りたい人でも物でも考えながら練習するとやりやすい。明日も頑張れるかい?」

「はい!リティちゃんを守れるようになります!」

ニコッと笑顔を向けると、ガタンとテルが勢いよく立ち上がった。とりあえず沈み終わって浮かんでこれたなら良かった。ハルドが笑顔のまま、

「頼りにしているよ。」

「はい!あ、あの!」

立ち上がって肩に手を乗せると、テルは強い光をその瞳に宿しながらも目が揺れた。

「シャーヌさんを救って下さい…俺もできることがあったら手伝いますから!」

よろしくお願いしますと頭を下げるテル。そうか、彼女の事を既に知っているのか。

「ああ…!その時はよろしくね。」

「はい!では失礼します!」

ハルドがもう片肩にも手を置いて彼の目を合わせると、テルは頬を赤くして笑顔を見せてくれた。

「また明日。」

「カノンちゃんが送ってあげるー!」

医務室から立ち去るテルに手を振ると、パタパタとカノンがテルについて行くように出ていった。静かになると、ケルベロスが眠るリティアのベッドに座り、

《あいつ、根掘り葉掘りと聞いてこなかったな。》

リティアの顔をベロンと滑れば、彼女も表情が不快そうに歪む。彼女が目を覚ますまでここで待ちながら、

「彼はしないよ。ただ、双子のソラはする。自身が納得するまで土足で踏み込む。」

《…それはそれで面倒だ。》

ケルベロスの頭を撫でようとすれば、ブンと顔を横に振られてしまった。

「いや、臭いものには蓋をせよという精神ではないソラには、結構期待しているんだ。今の状況を打破できるんではないかって。必ず、リティは向き合う日がくる。」

《お前は鳥籠に姫を仕舞う人間かと思っていたが、どうも違うようだな。》

真面目な口調で話すハルドが、空間を歪ませて隠していたクッキー缶を取り出せば、ケルベロスが素早くこちらを振り返ってリティアの足を踏みつけ、可哀想にうめき声が上がる。

「それは、リルやリグだ。俺は、彼女にこんな窮屈な世界から飛び立ってほしいって願い続けているよ。」

今自分がどんな表情をしているかは分からないが、クッキーをポンポンと投げれば喜んで口を開けるケルベロスを見て、少し心が穏やかになった。

「ん…ケルベロスさん、おも…い。」

やっと姫様のお目覚めだ。ゆっくり瞼を開くリティアの傍にケルベロスもハルドも近づき、

「おはよう。」

《寝る子は育つとはこの事だ。》

笑顔でその顔を覗き込めば、一気にリティアの耳まで赤くなり、

「へっ!?」

両手で顔を隠した。その手をケルベロスが舐めて、リティアはバッと手を開いて布団に隠すかと思いきや、ぎゅっと黒い巨体を抱き締めた。

「夢で良かったです…。」

彼女はシクシクと泣き始め、

「飛龍さんの傍で、お兄ちゃんが頭を半分に斬られて血を流して倒れていたなんて…怖かった。」

そう呟き、ハルドの心に爆弾を投下し、ハルドの表情がピキッと固まる。落ち着け…俺。

「リティ、あのリルがそんな事になるわけないよ、そうだろ?君の目の前で、大鰐亀を蹴り上げたアイツだよ。」

「あっ!そうですよね!!お兄ちゃんは強いですもの!本当に夢で良かったです!」

顔面に力を入れて笑顔で答えれば、リティアの表情にも向日葵の大輪が咲き誇った。

「さあ、ここは医務室だからね。ケルベロスと一緒に寮に帰りなさい。」

「今夜のハルさんは、まだ残業ですか?」

ベッドから降りて靴を履くリティアが、何故だが食い下がってきた。また怪我をしたら…とか思っているのかもしれない。

「今夜はスインキーで夕食食べておしまいだよ。」

「一緒に」

安心しての意味を込めて爽やかに答えると、頬を染めたままのリティアが上目遣いで見つめてきたが、サッと言葉を上から被せ、

「駄目。明日も早いからもう寝なさい。代わりにクッキーあげる。」

「こ、子ども扱いしないでください!」

ぷくっと頬を膨らますリティアは、言っていることとやっていることが合っていなくて、ハルドは必死に笑いを堪えた。

《我らが貰う。》

「え、ケルベロスは食べたからあげられない。」

ドヤ顔で近づいてくるケルベロスに奪われないように、空間を歪ませてクッキー缶を仕舞ってから、リティアの背中を押して医務室から追い出す。

「リティ、おやすみなさい。」

リティアが廊下に出たらケルベロスは、ピトッと彼女の足にくっついて守ってくれる中、

「お、おやすみなさい…」

互いに手を振り合った。


 調合室に戻ったハルドは、あの紙袋の中身を確認しつつ、深いため息を吐く。

「それにしても、まさかあの頃の事を潜在意識の中で憶えているなんて思わなかったよ。ねぇ、飛龍。」

《…お前の頭がなくなっていた記憶はないぞ。》

頭の中で飛龍が答えてくれる。これは最近になってできるようになった会話だ。リティアが飛龍の存在を知ってから、ゆっくりとだがハルドの人格が表に出ている状態で話せるようになった。

「そこは幼かった彼女の思い違い。削がれたのは顔面。」

あと夢だし、そこらは曖昧だろうと思いつつ、紙袋から布で巻かれてぎゅうぎゅうに詰められた箱を取り出しながら、

「おかしいな、『封じ込め』をしたはずなのに。」

そう呟くと、飛龍のため息が聞こえた気がする。

《あんな不完全な魔法と魔術の融合術を使うからこうなる。聖女は…いや、リティアは、私達と向き合ったように、違和感を紛らわすことなく、自らの内面とも向き合うだろう。》

これは飛龍の言う通りだと思う。魔獣侵略戦争時の魔術陣原案を取り出して、それに俺やリルなどの魔法士がアレンジを加えた。あの頃のリティアは、父親代わりの祖父を失っただけでなく、俺のグロテスクな死体を目撃したり、身内にその首を斬られそうになったりと、様々な事が立て続けに起きて酷く精神的に衰弱し、ベッドから動けなくなった。傍にいて寄り添えない代わりに、あの未完成な魔術を使った。

「その時にはしっかり傍にいてあげないとね。飛龍、お願いだから聖女のマインドコントロールは受けないでほしいな。」

《…気をつける。》

脳内での声が小さくて、最早心配しかない。木箱を開けるとそこには、山程の加工前の魔獣の『素材』が袋に小分けされて詰められている。

「団長…これは今のリティへの贈り物に最適かもしれませんが、娘に渡すものではないですよ。」

ハルドは、木箱を閉めて盛大にため息を吐いた。

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