169,少年は贈り物をする
「おやおや、これは大変そうだ。」
白い紙袋を腕に抱えた穏やかな表情を浮かべる男性は、白いローブを纏っていてその裾からチラッと剣先が見え、テルは反射的に身を硬くする。
「だ、誰だ?」
「魔法士だ。見せてみなさい。」
まるでテルを守るかのように、シャーリーがテルと男性の間に入ろうとすると、男性が手でその進行を阻み、テルの真横まで歩み寄ってきた。
「え?」
瞬時に何の反応もできなかったテルは、紙袋を覗き込みながらやっとの思いで首を傾げるだけだ。あろうことか、崩れたケーキのパーツが独りでにくっつき、リファラルが包んでくれた状態に戻っていった。これには、シャーリーも酷く驚いたようで、
「ど、どうして直るんだ?」
紙袋の上から何度もケーキを触って、崩れないかを確かめていた。男性は2人の反応に目を細める。
「精霊に元に戻してほしいと願ったのだ、それだけだ。」
「おじさん、ありがとうございます!」
テルが子供っぽい笑顔を浮かべてお礼を言うと、頭にポンポンと手を置かれる。それは過酷な肉体労働をしている人のマメができてゴツゴツとした手、テルは一種の懐かしさを感じた。顔を綻ばせる男性と目を合わせると、テルは、リティアの瞳より深い魔女茸のような色味の瞳だと思った。
「大したことはしていない。君はあそこの学校の生徒かい?」
「はい!」
指を差された先には今から帰る学校があり、元気よく返事を返すと、シャーリーが小さく息を吐いた音が聞こえた、
「そうか。すまないが、リティアという娘に…いや、あの子を泣かせてしまうか。ハルドという教師にこの紙袋を渡してもらえるか?」
男性が渡してくる紙袋はなかなかの重量だったが、シャーリーの手前、何となくよろける姿は見せたくなくて踏ん張る。
「はーい!リティちゃんじゃ、まずいことでも?」
リティアの知り合いらしいと言うことが分かったが、泣かせるとは何だろうと、子供らしく首を傾げて質問してみると、今度もシャーリーがため息を盛大に吐く…くるんと身を翻して。
「君はあの子と知り合いか。では、仲良くやってほしい。私の」
「長。」
男性が目を細めて話している最中に、灰色の髪の中年男性が後ろから声をかけ、一瞬で口が閉ざされ、
「すまない、仕事があるので失礼する。」
その一言だけ残してその場を去っていくと、こちらに向き直っていたシャーリーの瞳が大きく開かれていた。
「…帰る。」
何故だが不機嫌になったシャーリーが踵を返し、慌てて追いかける。
「待って待って。」
彼女の手を後ろから握ると、不機嫌な顔で振り向き、
「な、何だ。」
泣いたことで目が赤く充血して、それでいてムスッとされたら喧嘩して別れたみたいになっていた。
「これ、あのおじさんが魔法で直してくれたケーキなんだけど、シャーリーちゃんの分。葉苺ジャムも作ったから、合わせて食べてほしいな。」
「…!分かった、有り難く頂戴する。」
彼女の握った手に紙袋の中から小分けした袋を1つだけ渡すと、シャーリーは瞬きしながらも微笑んだ。
「それでハル、ぷっ」
先程の話の続きをしようと口を開けると、彼女の手で口を塞がれて睫毛がぶつかるほど近くまで顔が近づき、
「彼の話は無しだ。下手するとテルの命が危ない。理由は聞かずにとっとと帰れ。」
彼女は声を潜め、今度こそ路地裏へと姿をくらませてしまった。
今日はアルバイトと異なり、帰宅時間が早かった為、リティアはまだ玄関に居なかった。少し残念な気持ちになったテルは、先にハルドへの用事を済ませようと思い、1階の接続通路を渡る。左の窓から見える噴水は、夕日が落ちた今では外灯に照らされるただの水溜まり。ボーッと見ながら職員室へと歩みを進めると、突然右肩が何かにぶつかった。
「あ、すみません。」
「…テル君、こっちの子達が色々と迷惑かけてみるみたいで…こちらこそごめんね。」
テルが慌てて謝ると、リティアによく似ているけれども彼女より背が高い少女も、眉を下げて謝ってきた。
「あ、ルナさんだ。こんばんは!」
「ふふ、こんばんは!ねぇ、この身体すごいと思わない?」
見知った彼女に笑顔を向けると、彼女も口元を片手で隠しながら微笑んだ。自分達と同じ制服を身に纏う彼女を足の先から頭のてっぺんまでジーッと見つめるけれど、何が凄いのか全く分からなくて首を傾げると、
「どういう意味??」
「分からないかーこれね、アリシアが鮮肉食カズラに作らせたお人形の試作品。アリシアに秘密でその中に魂を入れて動いているの。」
くるんと一回転してスカートを広げて遊ぶルナは、とても楽しそうだ。あの魂喰いセイレーンが造った人形、それが人間と全く見分けのつかない状態になって目の前で話して動いているってことらしい。
「へー!?凄い!魔法みたい!」
「ふふっ!魔法だよ。その反応が純粋で愛らしいよ。」
テルは驚きながらパチパチと手を叩けば、ルナは自らの両手で両頬を包んで笑顔になった。
「そ、そう?」
喜んでもらえたのが嬉しくて顔が熱くなっていくと、
「じゃあ、身体の強度検査に行くからバイバイ。」
彼女は笑顔のまま中庭へと繋ぐ扉から出ていきそうになり、
「待って!」
咄嗟に彼女に手を伸ばした。ルナはきょとんとして、
「どうしたの?」
小首を傾げた。テルの手は震えながら紙袋から1つ取り出す。本当は自分の分で貰ったケーキだけれど、今を逃せば次いつ会えるか分からない。勇気を振り絞り、
「今回は、ちゃんと俺から贈らせて。これ、食べて欲しい。美味しいって思ってくれると嬉しい!」
君がまた美味しいって言いに来てくれると嬉しい…これは心に留めておく。震える手で彼女に差し出すと、
「ありがとう。テル君は本当に優しい子ね。」
両手で受け取ったルナは、ふわっと花びらが舞い上がるような柔らかい微笑みを浮かべ、
「そんな貴方を酷な事ばかり巻き込んでごめんなさい。これからも…ね。」
1滴涙を溢すと、扉を開いて噴水に向かって歩いて行き、シャーヌのように消えてしまった。
「…?」
消えた姿を追ってテルも噴水まで出ていくが、何も起こらない。ぐるぐると噴水の周りを歩くが何もない。
「何をしているんだい?」
「ハルド先生!ルナさんがさっきまでここにいたんですが消えちゃって…。」
いつの間にか来ていたハルドが接続通路から顔を出していて、テルは会いたかった相手に駆け寄った。
「彼女がここに…?それにしても大荷物だね、何か持とうか。」
ハルドは一瞬だけ怪訝そうな面持ちをしたが、すぐにいつも通りの笑みに戻って手を差し伸べてきたので、
「あ、じゃあこれ!白髪のおじさんが、先生に渡してって!」
「リファラルさんかい?」
遠慮なく白い紙袋を押し付けた。ハルドにも重かったようで少しよろけたが、しっかり片手で抱えた。
「違う、自分で魔法士って言ってた。他の人から長って言われてた。」
「…あー。深い紫色の瞳の人?」
リファラルなら名前を伝えられる相手だ、あの人は知らない人だ。こんな情報でハルドに伝わるか不安だったが、まだ伝えていない瞳の色を当てられて、テルの瞳が輝く。
「うん!そう!リティアちゃんのことを知ってた!」
「分かった。それにしても敬語がまた取れ始めたテル君がいるなー。」
ニコッと頷くハルドに指摘されて、
「あ、すみません!あ、それとね。リティちゃんのドッペルゲンガー!」
「何か分かったのかい?」
慌てて直そうとするがなかなか直らない。でも伝えたい!気持ちが急く。
「ルナさんだと思、います!さっきも魂喰いセイレーンに身体を作らせて身体強度検査をするって言ってました。」
「強度検査って、まさか高い所から落ちたら怪我をするに決まっているじゃないか…。」
テルの話を聞いて、額に手を置くハルド。最近のリティアのそっくりさんの飛び降りはこれだったということだ。
「あ、あとあと!シャーリーちゃんが!」
言いたいことが大洪水を起こす。彼女は話をやめたがどうしても伝えるべきだと、心が叫ぶ。
「先生に、会いたいって!!」
彼女の心の痛みが少しでも和らぎますように。




