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166,少年は意を決する

 10分間の練習が終わると次は、本番だ。大型犬くらいの背丈になったケルベロスの背中に、カレンを地面に落とさないように乗せるゲームが始まる。成功したら、素材採取の時間を予定よりも20分伸ばしてくれるが、失敗したら練習時間が20分伸びる。どちらに転んでも、凄く困るという事はないが、テルとしては採取をしたい植物があったし、到着前からワクワクしていたリティアも恐らくそうだろう。発動の順番は、じゃんけんで決めてセイリン、ディオン、テル、リティア、ソラになった。練習時間中にリティアに魔術発動の位置をどうしたらコントロールできるか、コツを皆で教えてもらって何となくできるようになった。この魔術なら誰も傷つける事はないから、テルとしても気分が軽い。

「よし行くぞ、カノン!」

「行くー!」

セイリンのかけ声で、ぴょんぴょんとジャンプして喜ぶカノンの足元が浮かび始め、すぐにディオンも発動させて、カノンがそちらへぴょんとスキップして乗り換える。テルも難なく発動したし、リティア、ソラと続く。1周目は何事もなくカノンが楽しそうに浮いて、2周目からは自分達の立つ位置を変えながら少しずつカノンに前へと進んでもらう。尻尾を振って待っているケルベロスと、その隣にはハルドが目を細めてこちらのゲームを眺めていて、テルの手首に自然と力が入った。もっとハルドに褒めてもらいたいという気持ちが湧き上がり、いつもよりも速く魔術陣を描くと、カノンが跳べないほど遠い位置で発動してしまう。テルは慌ててもう一度描こうとすると、テルの発動している魔術とカノンの間に、次の順番のリティアが魔術を発動させてから笑顔をハルドへ向ける。

「発動の順番は合っておりますので、カノンさんが乗る順番は構わないですよね。」

「ああ、良いよ。」

ハルドもこちらに笑みを向けて、鼻歌交じりのカノンがぴょんぴょんとリティア、テル、そしてすぐに発動させたソラの魔術へと乗り換えていく。セイリンがリティアの肩を良い音で叩き、

「ナイスフォロー!」

すぐに魔術陣を描き始めて、自分の失敗が恥ずかしくて目を伏せようとしたテルの袖が、笑顔のリティアにクイクイと引っ張られる。

「テルさん、絶対にゲームを成功させましょうね!」

「うん!」

リティアに釣られて自分も笑顔に変わり、周りに聞こえるのではないかと思うくらいの爆音が胸の内で踊り出す感覚に囚われながら、ディオンの魔術の傍に今度こそ自分の魔術を発動させた。それにカノンが飛び乗ると、先程の浮き方よりもかなり高く、恐らくディオンの肩と同じくらいまで浮かぶ。

「きゃはっ!楽しい!!」

カノンは声を上げて喜んでいるが、ドロワーズが露わになっていた。ディオンは慌てて片手で顔を覆う中、ハルドは大笑いをして、急いでリティアの魔術を発動する。カノンは、なかなかテルの魔術から降りず、効力が切れる頃にやっとリティアの魔術に飛び乗った。

「もっと乗りたかったー!」

カノンがソラのに乗り換え、くるんとテルへ向かい合って陽気に笑った。


 ゲームだけで結構な時間を費やしてしまい、日が空の真上まで昇ったので、もう1つの魔術陣の練習は明日に持ち越すことになった。無事にケルベロスの背中にカノンが乗ったので、ハルドに許可を得て採取に移る。軽い足取りで森の奥へと進んでいくリティアを追いかけるようにテルがついていくと、鼻につく程の甘ったるい香りを感じ始め、地面や木の幹に赤い実がぽつりぽつりと張り付いている数が増え始めた。

「これ、葉苺かな?」

テルがその場に屈んで手袋をつけた状態でその実を掴むと、手の中でカサカサと音がする。目を凝らして実を観察すると6本の足が忙しなく動いていて、ギョッとして放り投げるとパタパタと羽根を出して飛んでいった。

「それはラズベリーてんとう虫ですよ。」

ニコニコと笑顔を向けるリティアの手には、ラズベリーてんとう虫が詰め込まれた瓶が収まっている。瓶の中の彼らは足を動かすが進むことができない程にぎゅうぎゅうだ。

「そ、そういう名前なんだ…それでどうやって使うの?」

「潰してから上で濾して体液を取り出して干すと小さな赤い結晶が残るので、それを粉にして魔獣に振りかけると、体に染みるらしくて逃げていくことが多いんです。」

テルが質問したことだが、説明をするリティアのあまりの早口に、開いた口が閉まらなくなった。

「へ、へえ?匂いの割に美味しくない?」

「はい、気付け薬に使われるものなので全く!」

キラキラと目を輝かせるリティアに力いっぱい断言され、テルはそれ以上てんとう虫を触らずに過ごそうと意を決する。

「なるほど…。ここらへんに葉苺ってあった?」

「ラズベリーてんとう虫の好物なので、葉っぱの裏に成ってても不思議ではありませんが…ここの木は背が高いので、採取できるでしょうか?」

図書室でたまたま見つけた本に書いてあった頬が落ちるほど甘い果実のことをリティアに聞けば、スラスラと返ってくる。本当に色々知っていることに感心しつつ、先程の魔術をリティアの足元で発動させれば、少し浮いたがすぐに地面に落ちてしまった。少し困り顔のリティアを見て申し訳なくなる。

「ご、ごめん、いけるかもって思ったんだ…。」

「いえいえ、それなら近くに精霊を集めて木の上まで浮いちゃいましょう!」

素直に謝れば、困っていたはずのリティアが声を弾ませて話に乗ってきた。

「それで木の枝に乗ればいいのか!手伝ってくれる?」

「勿論です!」

早速2人でスティックを風の精霊を集める為に時計回りに回してから、宙を浮く魔術を互いの足元で発動させれば、人間なんて簡単に空に舞い上がるほどの威力に近くに居たラズベリーてんとう虫も一緒に飛び上がり、楽しそうに笑うリティアを引き立てて絵になる。宙でくるんと前転するリティアに合わせてテルも身体を捻らせると、少し遠くの木に寄りかかるハルドがこちらに手を振っていて、リティアと一緒に振り返して笑い合いながら太い枝に乗り上げた。

「すごかった!」

リティアの言っていた通りで葉の裏に葉苺を見つかり、上機嫌で持参した瓶に入れていくと、

「楽しかったですね!帽子の紐もしっかり結んでいたので飛ぶこともなく…わあ!」

リティアが枝の上で立ち上がると、歓喜の声をあげた。テルは首を傾げながら、

「どうしたの?」

「見て下さい!あの雲!」

立ち上がると、リティアがはしゃぎながら快晴の空に浮かぶ分厚い雲を指差すが、なかなか遠くて目を凝らして見えるかどうかだ。

「あれです!雲の上に建物が見えませんか!?」

リティアがぴょんぴょんと跳ねてもびくともしない枝が頑丈だなと思いながら、リティアと同じ物を見ようと屈んで彼女の目線に合わせて同じ方向を見ると、雲の上に城の細長い屋根らしき物が見せた。

「ほ、本当だ…!!」

「もしかして、飛龍さんのお住まいの天空城でしょうか!?」

テルがそれを見つけると、瞳をキラキラと光らせたリティアは木の上からハルドがいた下を向くが、ここから彼は見えない。

「飛龍って、ハルド先生がお世話になっているって言ってた魔獣?」

「古代魔獣の1種ですね。とてもお優しい方だと思うんです。」

この前カノンに自己紹介していたときに引っかかっていたことだが、本人には聞けていない。テルの欲しい答えではなかったが、リティアは嬉しいそうに微笑みながら答えてくれた。折角魔獣の話が出たんだ…あの腕長岩猿の件から気になっていたことをリティアに聞きたいことがあり、

「リ、リティちゃんは、魔獣を倒すことに躊躇している感じはあんまりないけど、魔獣に限らず倒す倒さないって線引してる?」

結構失礼な質問だとは思っていたが、リティアは嫌な顔をせずに真剣な眼差しを向けた。

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