163,少女は覚醒めさせる
アリシアの頬を伝う涙を拭おうと、リティアがハンカチを手渡すと彼女の手は、その布を取らずにリティアの頭をポンポンと軽く撫でる。
「アイツの気持ちはよく分かりますし、私も守りたい子がいます。アイツはこの子を眠らせてから、ここに閉じ込めて誰も本を手に取らないように、取られても撃退出来るように、こういう形を取ったのだと思います。」
アリシアの一言話す度に、紫色の精霊が彼女に寄り添ってくる。一見、こちらの感情を読み取っているようにも見えて、リティアは密かに彼らには意思があると考えていた。リティアがそんなことを考えているとは知らないアリシアは手を取り、カノンの顔へ近づけようとしていた。
「その子を助ける人として選ばれたのは、セイリンちゃんだったのですね。」
セイリンが拐われたのはその為かと1人納得していたら、アリシアの手がパッと離れて、
「いいえ。」
彼女にきっぱりと否定され、リティアの目が大きく開く。
「え?」
「彼女にそんな事が出来るわけがないのです。魔術士としての能力は決して高くない彼女よりも、その隣に立つ従者の方が有能です。あの顔の良い男性ならば、助け出せます。」
若干怒り顔のアリシアは、両手を腰に当ててリティアの目の中を覗いた。何度も瞬きをしながらそのアリシアの緑色の瞳を目を合わせて、
「では何故、セイリンちゃんの教室に?」
「それは、欲しい所に置く事がどれだけ難しいのかをリティアに分からないだけですよ。」
質問をすればスパッと返答がきた。セイリンがどうのよりも、リティアが無知であることに怒っているように見える。
「レインさんは、ディオンさんに酷い言い方をしてましたが…。」
「見えていたのでしょう?『黄色いお友達』が。彼が望む事を口にすることは珍しいので、お人好しの従者が勝手に助けてくれることを期待していたのだと思います。まあ、リティアが来たので、貴女がやってくれれば良いのですよ。」
アリシアはそう言うと、ムスッとした表情からニィーと口角を上げて笑顔へと変わり、リティアは彼女もこの子の目醒めを望んでいることを理解する。しかし、してあげるだけでは良いように利用されているだけ。リティアは、心の中で一歩踏み込む。
「では、この子を起こしたら、セイリンちゃんもディオンさんもソラさんも、そして私も本の外へ出して下さいますか?」
変なことをされないように今いる全員の名前を述べると、彼女の瞳がキラキラと輝いて自らの頬を両手で包み、
「…リティアからの取引ですか!?リティアが成長しているようで喜ばしいことです!」
可愛らしいぬいぐるみでも見たような反応をされて、リティアは内心ムッとしたが、ここはポーカーフェイスで口を結んで乗り切る。
「良いですよ!その代わり。」
アリシアはルンルンで棺からカノンを抱き上げて、リティアにその眠る顔を見せてくれる。
「カノンちゃんを大切にしてあげてください。身体も心もボロボロになったアイツが、懸命に守ったこの子を。」
アリシアに促されるようにカノンの小さな手を握ると、茶色の精霊が多く集まってリティアの手を通じて幼女の身体へと注がれていく。
「分かりました。カノンさんも連れて帰ります。」
リティアがコクリと頷き、
「ふふふ!ありがとうございます!」
アリシアが微笑むと、カノンの瞼がゆっくり開かれて愛らしい太陽の色をした瞳とご挨拶した。
「ルナちゃん…?」
「初めまして、リティアって言います。」
カノンのきょとんとした瞳が可愛らしく、リティアもアリシアのように微笑んだ。
「リティアちゃん、はじめまして。」
カノンはニコーッとお日様のような笑顔を向けてくれる。アリシアが自分の額とカノンの額をコツンと当てて、
「カノンちゃん、降りれるかしら?」
「おりるー!あーちゃん大好きだよ!」
カノンは、その小さい身体でぎゅっとアリシアの首を抱きしめると、チュッと頬に軽くキスをしてふわふわと宙を飛んだ。アリシアがニコニコして、
「リティア、カノンちゃんをよろしくお願いしますね!」
「はい。では、皆と私達を本の外へお願いしますね。」
リティアが頷くと、次第にアリシアに精霊が集まってきてその身体が薄れ始めて、リティアは慌てて更に一歩踏み込む。
「それでアリシアさんは、いつ頃こちらでお茶会を致しますか?」
「…っ!」
アリシアの瞳は大きく揺れて、この空間から消えてしまった。それでも今回はかなり収穫があったと思う。先程の反応からも彼女は、こちらへ来たがっている。身体もわざわざ魂喰いセイレーンに造らせているくらいだ。
「リティアちゃん!どこ行くのー?」
「カノンさん、とりあえずお友達と合流いた…」
リティアとカノンの傍に紫色を筆頭とする精霊が集まり、目の前を眩ませた。
光が落ち着くと、浮いているカノンと一緒にいつもの調合室に立っていた。大きな眼球を覗いていたテルの目が輝き、更に彼の傍で同じように光り輝く球体が出来上がったと思えば弾けて、3人が呆然としながら立っている。
「おかえりなさい、君達。珈琲を淹れてあげるから座って。」
いつもと変わらないハルドが、皆に声をかければ、ディオンに促されてセイリンとリティアは椅子に座り、浮いているカノンがハルドの腕に抱きつく。
「飛龍ちゃん!ぎゅーっ!」
「初めまして、その姿はカノンちゃんだね。飛龍に世話になってるハルドと言います。珈琲と紅茶どっちが良い?」
良い子良い子と頭をハルドが撫でると、カノンは目を輝かせる。
「ハルドちゃんね!私は紅茶!」
「な、何がどうしたんだ?」
セイリンは状況が呑み込めずに、調合室の中をキョロキョロと見渡していて、リティアは簡単に説明をする。
「アリシアさんに出会ったので、カノンさんを預かることを条件に帰らせてもらえるようにお願いしたんです。」
「おおー、凄い強運だね!」
若干涙目になったテルが、セイリンよりも先に反応すると、
「ディオン君、ソラ君は、手を洗ったら棚にあるクッキー缶全てと、カップを用意して。テル君は、お湯の準備して。」
男子に指示を飛ばしたハルドが、木箱に眼球を詰め込むように片付けていくと、カノンはハルドの腕に引っ付いたまま、
「飛龍ちゃんのお目々はキレイね!」
「飛龍さんのなのですね、とても美しいです。」
片付けられていく飛龍の眼球を撫でて、リティアも共感すると、隣のセイリンが若干仰け反る。
「リティは、本当に肝が据わっているな。」
「さあ、ここの物を片付けたらお茶会を始めよう。そして何があったか教えてほしい。」
ハルドが木箱を締めて、パタパタと動く男子に用意をしてもらいながら、
「はい。」
リティアは、力強く頷いた。
テルが用意をしてくれたお湯が湧けると、ハルドによって良い香りの珈琲と紅茶が注がれて、目の前に2人分置かれると、カノンもそれに合わせてリティアの膝に座り、セイリンがその顔を覗き込むと、カノンはニコーッと笑う。
「カノンと言ったな、私はセイリンだ。よろしく。」
カノンはセイリンと握手をすると、
「よろしくね!カノンちゃんは、レインちゃんの精霊人形よ!」
「なんだって!?」
エッヘンと自慢げに自己紹介をして、セイリンの瞳が大きく揺れて動揺していることがリティアには手に取るように分かった。
「精霊人形って珍しいでしょー!ルナちゃんがお手紙に創り方を書いてくれたらしくて、レインちゃんがこの身体を造ってくれたんだよ!」
「その手紙ってどちらかに保管されてますか?」
それに気が付かずに話し続けるカノンに、ギィダンの為に精霊人形の創り方を知りたいリティアから話を逸らす為にも質問をすると、
「以前、レインちゃんがラーフル聖堂で見てたことは覚えているけど、それ以外は分かんないや。」
カノンは、可愛らしく首を傾げた。