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16,少女は視る

虫回あともう少し続きますのでご注意を。

 柴胡の採取は無事終えることができた。ソラは、本気で怒ったテルにひどく驚き、彼の表情を確認しつつも教えてもらう。コガネムシに食われていない個体を掘り出せた。リティアは、セイリンのノルマ分も採取し、小籠をリュックに仕舞う。

「リティアさん、いつの間に小瓶の中に採取物を入れたのですか?」

籠を仕舞ったリュックの中に入っている小瓶は既に色とりどりに詰められていた。ディオンはそれを見ながら、セイリンとソラからスコップを受け取り、ソードベルトのチェーンを通して持ち運ぶ。

「えっと…皆が先生の説明聞いている時とかに木の幹にくっついてた虫とかキノコとか、花を毟ってたくらいです。」

「かなりスマートにやったんだねー!気が付かなかったよ!」

蒼茸は採取してるー?と笑いかけると、いっぱい採れたので学校で見せますね!と返答がある。

「要は話半分だったのかしら?」

「んー…」

セイリンの質問にもろくに答えず、少し屈んで、こぢんまりとした白い蕾を摘んでいく。普段のリティアからは考えられないほど不真面目に見えた。

「慎重に蕾を傷つけないように摘んでいるみたいだから、セイリンさんは静かにするんだよ。」

「ええ?そうなのか、すまない。」

やはりテルは、リティアと見ている世界が同じなのかと思えるほどに、リティアが今やっている行動を理解していた。

「あ、リティちゃん!あそこに魔女茸あるよー!オオカブト蛾の死骸に沢山生えているねー。」

ほらあそこ!と、テルが指差す先に、木の幹に貼り付いた大型蛾の死骸から垂直に紫色の花畑が出来上がっている。

「本当ですね~、先生はまだですが採取してしまいましょうか。」

「そうだねー!やっちゃおー!その方が後で時間ができて、魔術教えてもらえるかもだし…」

リティアのリュックのサイドポケットから、コンパクトナイフが3つ出てくる。ナイフによって刃幅が異なるようだ。それ以外にも折り畳んであった紙袋が2枚出して、地面に広げた。テルもウエストポーチから出してきて、ソラに手渡す。

「あのですね、魔女茸は冬虫夏草の類いになります。」

リティアは2人にナイフを渡し、切り取り方が見えるよう身体を反らしながら、蛾と茸の付け根にナイフを入れ、死骸の表皮に沿うように切りはずす。紫色の花みたく見える茸を皆に見えるように回しながら説明し始める。

「冬虫夏草って何だ?」

「虫の身体に胞子を植え込み、冬の間は静かにしていて、暖かくなると虫の身体を操って、自分にとって有利な場所でその虫を殺して、このように育ちます。」

「こ、これが人間にも起こり得るんだな?テルの話だと。」

なるほど、とセイリンは頷きながらもリティアの真似をして茸を切り取る。下で屈んで採っているのはリティアに落とさないように神経を尖らせる。

「そういうこと。胞子は自分を植え込める相手が決まっていることが多いから、無差別には操られないよ。」

「勉強になりますね、こんなに博識とは知りませんでした!」

「え、褒められている気がしないんだけどー!ディッくーん!」

テルも真剣に見てくるソラに切り方を教えながら、知識の補填をしていく。テルの知識量に感心しながらも、ディオンは既にコツを掴めたらしく、背の高さを利用して誰よりも高い位置で刈り取った。後は黙々と作業をして、蛾の輪郭が分かるくらいまで切り取った頃には、袋は魔女茸で満たされていた。ソラとテルで、1袋ずつ持つことにした。

「先生が来たら驚くねー!」

「うむ、よく出来たと思う。」

達成感に満たされ、テルもセイリンも上機嫌だった。誰よりも汗をかいているソラは、袋を持っては降ろし、

「遠くまでは来てないのだから、先に馬車に持っていっても良いと思うのだけど。」

ソラはそう言うと、勝手に輪を抜けて来た道を歩き始める。

「そうだね!俺とソラは先に運ぶよー!行くぞー!」

ほらー!悔しかったら抜かしてみなよ!と、笑いながら走り始めるテルを慌ててソラが追いかけ、「あ、こら!単独行動はやめなさい!」

その後ろを遅れてセイリンが怒りながら追いかける。リティアも一旦走りかけたがすぐに立ち止まり、

「わ、私は、先生をここで待ちますね。柴胡の採取場所からそこまで離れてないですし。」

「では、私も。セイリン様、そちらお2人をよろしくお願い致します!」

ディオンが少し声を張り上げ、セイリンに伝えると、リティアの隣に移動する。

「ソラー!おそーい!」

「ぐぬぬ!」

テルは足がとても速いようで、ソラとの差はどんどん開いていくが、既にそのソラを追い抜く位置までセイリンは迫っていた。

「すまんがリティを頼んだ!ソラ!お前を抱えて走ってやろうか!」

「それだけはやめてほしい!」

迫りくるセイリンに懇願したソラは、持っていた紙袋を引ったくられる。そして、その空いた腕をむんずとセイリンに掴まれ、引っ張られるように走らされていった。残された2人は顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。

「セイリンちゃんすごく楽しそうですね。」

「分かります。リティアさんも本日とても活き活きなさってましたね。楽しかったようでとても嬉しく思います。」

ディオンに目を細めて微笑まれてしまい、ボンっと頬を赤く染めるリティア。ギューッと瞼を閉じ、気を取り直して開いた、その瞬間。


空間が変化した。


「リティアさん、如何なさいました?」

ディオンには、リティアの眼色が変わったと感じた。実際に色が変わったのではない。先程までのふわふわしたリティアは、ここにはいない。ひたすらに息を潜めて警戒するような眼差しで、キョロキョロと辺りを見渡し始める。ディオンも、使いこなせていないスティックは仕舞ったまま、使い古したファルシオンに引き抜く。


 青色の精霊達が身震いをした。そして、ディオンの傍を浮遊している黄色い精霊は、ピタッとディオンの首にくっついて離れなくなる。青色の中に数個混じっていた他の色の精霊は、結界から弾き出されるように散っていく。リティアが、辺りを見渡す限りでは、まだ何かが起きたわけではない。けれど、確実に何かが起こる。それだけは確信できた。息を殺して見ているだけでも、精霊の震え方が変わり始める。リティアから見て3時の方向が激しく震え、8時の方向は細かく震えながら、2つの集団に分かれていく。

「ディオンさん、私についてきてください。」

ディオンの目を見て、声を潜めて尚且はっきりと伝える。剣を既に構えていたディオンは静かに頷くと、くるんと方向を変えて走り始めるリティアの後をついてくる。精霊が道を作る、逃げろ逃げろと教えてくれている気がしていた。真っ直ぐ続いていた精霊の道が、突然目指す方向を変える。今度は今のリティアから見て2時の方向へ。後ろにいるディオンにこっちと指差し、2時の方向へ走る。かなり後方からミシミシと木が締め付けられるような音が聞こえ、2人して振り返った。何も見えない。前が見えなくなるような真っ白く深い霧がすぐそこまで迫っていた。空中の精霊は霧に飲まれていく。慌てて前に目を向けると、精霊が作ってくれた道が消えていた。サーッと血の気が引く音がする。あの時振り返らなければ、多分間に合ったんだと。

「ディオンさん、ごめんなさい…追いつかれてしまったようです。」

「仕方ありませんよ、リティアさん。私の後ろに隠れていてください。いずれ騎士となる身として、しかとお守り致します。」

剣を構え、迫りくる霧を見据える。


シュルシュルシュルシュル


地面を何かが滑るような音が、霧の向こうから近づいてくる。リティアは、ギュッとスティックを握り、先程ハルドがやっていたように渦を描きながら精霊寄せの魔術陣を発動させる。近辺の霧が一瞬で晴れると、牙が剥き出した巨大な口が真正面から飛んできた。リティアは、瞬時に地面に伏せるが、ディオンはそこから動かぬまま剣を振り上げ、魔獣の口腔に剣傷を負わせる。緑色の体液が溢れ出し、顔を急速に後ろに引いたところで、長くて太い尾が、リティアの斜め後方から振り下ろされ、

「リティアさああん!」

ディオンの絶叫と、バキッと折れる音が鳴った。

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