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156,少女は合流する

 セイリンの目の前で部屋の扉の鍵が閉められた。狂人のような笑いをやめて、外見年齢相応の表情を浮かべるレインが、セイリンと目を合わせると再び声をかけてきた。

「君の名前は?」

「セイリン・ルーシェと申します。」

セイリンが会釈をすると、彼は少し考えるように右上を見上げたが、

「知らない苗字だな、まあいいや。ではセイリン殿、君は魔法士になれると言われたらなりたいかい?」

「なれるものならば。騎士の力だけでは魔獣に対抗するにはかなり厳しい現状です。レイン様がこのようにご存命であったならば、我々と共に戦って頂きたいのです。」

セイリンが凛として答えると、渋い顔をしたレインがパチンと指を鳴らし、セイリンの後方の檻に何か大きな物がぶつかる音がする。セイリンがレインを視界に入れつつも、物音した方へと目を向ければ、灰色の狼が檻の向こうからこちらを睨んでいて、さらにその奥の誰も座っていなかった椅子には、以前見た子猿よりも遥かに大きな腕長岩猿が縄で括り付けられている状態が出来上がり、

「…求めていた答えと多少異なるかな。とりあえず、君の要望には応えられない。私はね、この学校から出ることができないように縛り付けられているからね。」

彼が、その猿の周りをうろうろ始める狼に手で制止をかけると、普通の犬のように口で息を吐きながら座った。

「学校に…!?まさか、ここに潜む魔獣が貴方様を苦しめているのですか!?」

「あはは…私は使役する側だからそれはない。」

セイリンが後退りすると、レインは軽く笑って座っている狼を指差した。その光景を考えると、確かに魔獣を手懐けているように見えなくもない。笑い終えた彼は再び口を開き、

「これに関してはルナちゃんも被害者。勿論、君と話していたアリシアも。そしてあの娘も…。ここに結界を張った人間はね、都合の悪い存在を消したかったからだ。」

レインは視線を落として自らの大きな手をジッと見つめ、

「大きく事を成した存在って、政を司る集団からしたら脅威だ。ルナは、一族的に政とは無干渉であったが、それでも存在そのものが危険と見做された。彼らは私達が民に担ぎ上げられることを恐怖していたのだ。」

「…。」

手が赤くなるほど強く握る。その間、セイリンは何も言うことができなかった。いや、言えなかった。幼い頃から憧れていた人物からの吐き出される言葉はそれだけ重くのしかかった。

「あの時代、それが魔法士であれば尚更だ。魔獣の対処に困り果てた国が、魔獣より話が通じやすいってだけの魔法士を利用した代償に、実権を握ったら…なんて。終戦後は、かなりの数の魔法士が惨殺されたよ。そんな歴史を聞いたことがあるかい?」

「ありません。現在、聖女ルナは子どもの絵本の題材になるほどのお方です。」

彼が握り続けた拳でドンと壁を激しく叩くと、狼も猿も彼を凝視してぶるぶると震え上がった。セイリンは彼の怒りを買わぬよう慎重に答えながら、以前ラドが言っていた事を思い出す。あの時に彼は、


「人間は都合の良いように利用して、聖女すらも罠に陥れた」


と言っていた。本当にそれが真実ということなのか。では何故、現在は絵本や壁画、美術品として美化されて伝わっているのかが不思議で仕方ない。

「自分に都合の良い魔法士だけ残して、後は処分。私も騎士団長になる夢を見せられて利用されただけ。まあ、王のやり方に怒るルナちゃんを始末することは誰にもできなかったから…いや大切にしていた彼女を誰も始末したくなかったから、私達は閉じ込められて、こうやって長い時間をここで過ごしている。」

彼が前へと歩み出て檻をガタガタと揺らす姿を、セイリンはひたすら静かに見守る。

「彼女達は強かった。その強さに救いを求めた国民達は、彼女が行方知れずになってもいつか帰還すると信じて信仰するようになり、国のお偉いさんや騎士団、設立したての魔術士団の中にもそれを信仰する者が多く、あの愚王は民を抑えきれなくなって信仰を認めていった。実はあの頃の王族の血筋と現在は異なっているとか、知っているかい?」

レインが目を伏せて檻に額を擦り付けて言い終わると、セイリンに視線を向けてきて、セイリンは慌てて首を横に振る。

「存じ上げません!今までの常識が覆されていって、私の知識の中で何が本当なのかが分からなくなってます!」

「…そうか、仕方ないよ。現在の王族は、聖者リセが玉座に座らせた一族だ。だからかな、『外』を見ていると結構自由に魔法士達が活動している。同じ魔法士として、こんなに嬉しいことはない。」

フッと小さく笑うレインを見て、セイリンの瞬きが止まらなくなる。

「え、レイン様が魔法士?」

「そうだよ?でなくては、こんなに長く生きてない。」

突然のことのように彼は答えるが、セイリンを始め騎士を代々輩出している一族は、誰もが彼を『騎士』として認識している。セイリンの動揺は止まらないが、長寿の件に集中する。

「魔法士は御長寿なのですか…それは初耳です。」

「いや、普通の魔法士は人間とそう変わらない。ただ、キメラにされて生き永らえるのは魔法士だけ。罪人共は人格を喰われておしまいさ。ほら、彼らのようにね?」

乾いた笑いを浮かべるレインが再び指を鳴らすと、狼が嬉々として縛り付けられた猿を頭から貪り始め、

「!?」

大きな口の中で骨が噛み砕かれる音が響く。セイリンは口から漏れそうになる声を両手で口を押さえながら、

「さあ、繋がれろ。」

レインの言葉が放たれると猿の身体が自ら、狼の口角を裂くほどにその体内に飲み込まれていき、狼が床に崩れ落ちてもがき苦しみ、猿の身体を避けるように大量の緑色の血を吐き、ブチブチと体内から音を立てて前足がもげて新しい手が生えてきた。

「腕長岩猿の腕が、何故で狼の前足になるのですか!?」

「キメラってこんなもの。人間は、魔法士よりも扱いやすい存在を創造したいが為に研究と実験を重ねる。俺も身体の中に自分と異なる魔獣が居座っているが、奴の人格に勝利して今がある。」

馬鹿だよね、と嘲笑うレインは、白い装束の右側の袖を捲くって、銀色の鱗で覆われた腕を見せつけて、

「どう、これを見た当時の人間が魔法士になりたいと思うかい?答えは否だ。だから罪人が実験材料となった。」

「その肌の物は、キメラにされたときに融合した魔獣ですか?」

1枚引き剥がして赤い血を滴らせたままの鱗をセイリンに向けて放った。セイリンは口を押さえていた両手を開放して床に落ちる前に受け取ると、

「ああ。気持ち悪いよね?」

彼は俯いて口角を異常な高さまで引き上げた。恐怖を感じて冷や汗がこめかみを伝っていくセイリンは、スカートのポケットからナイフを取り出そうとすると、

「ここ開かなそうです、この扉を燃やします!」

背後からリティアの声が聞こえたと思ったら、火力の強い炎の魔術が発動されたようで、鍵がかけられたままの扉に大穴が開いて、異様な雰囲気を醸し出していたレインが、扉に大きな目を向けて顔を上げて呟く。

「なんて、力だ…」

「セイリンちゃん!お待たせいたしました!」

「セイリン様!!」

リティア、ディオンの順でその穴を潜ってきて、リティアはスティックを握りながら、改めてナイフを取り出したセイリンに駆け寄った。

「2人とも、心強いぞ!」

セイリンがリティアに笑顔を向けると、リティアからも笑みが返ってきて、

「お怪我はなさそうで安心しました!…あら、とても綺麗な鱗ですね!龍のものでしょうか?」

彼女はセイリンの手の中にある鱗に気がついて、それをじっくりと眺めていると、

「…それを綺麗と言ったか?」

レインは腕まくりをしたまま、リティアへと歩み寄ってきた。

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