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151,少女は聞き直す

 珍しくセイリンが体調を崩した日曜日は、ハルドもラドも学校には来なかった為、リティアは1日中、本の虫となっていた。

「セイリンちゃん、本当に無理はなさらないで下さいね?」

「ああ、大丈夫だ。迷惑かけたな。」

月曜日を迎えると、ディオンとリティアは心配しながら、どこか晴れやかな表情を浮かべるセイリンを6組の教室へ送った。

「…何となく、吹っ切れたような?」

「やはりラド先生と…」

接続通路傍を通り、2組へと向かうリティアが首を傾げると、いつものように手を繋いでいるディオンの笑顔に影が差していたが、

「ディオン君、変な言いがかりはよしてくださいね?」

接続通路から歩いてきたラドがディオンの背後から肩にそっと手を置いた瞬間に、ディオンの肩が上がった。

「も、申し訳ございません!って、ラド先生お怪我なさっているではないですか!?」

「まあ、少し。」

ディオンが慌てて振り返ると、包帯を頭に巻いたラドがにこやかに微笑んでいる。ラドの怪我を見たリティアがスルッとディオンと握っていた手を離して、ラドの空いている手の甲に触れると精霊がラドの身体に流れ込んだが数秒もしない間に彼から離れていき、リティアの手は宙を漂って、6組の扉が音を立てて開かれてセイリンが飛び出してくる。

「ら、ラド先生!!」

「おやおや、元気でなりよりです。」

声に振り返ったラドへと彼女の情熱に満ちた瞳は注がれて、

「うっ…お怪我が」

「ご用事は?」

包帯を見たのかセイリンが一瞬たじろいたが、ラドはそれ以上言わせぬように言葉を覆い被せた。

「あっ…その!先生のご都合のよろしい時にでも稽古をつけて頂きたく!」

「良いですよ。その代わり、期末試験で退学処分にならないよう勉学に励まれて下さい。」

セイリンも言わんとすることが分かったのか、言葉を一度切って大きく頭を下げて頼み込むと、すぐにラドから快諾を得られて彼女の顔に大輪の笑顔が咲いた。

「はい!ありがとうございます!」

セイリンは、リティアにとても良い笑顔で手を振りながら6組に戻っていき、リティアも漂っていた手で振り返した後、有無も言わさずラドの手を握り、

「…ラド先生?」

精霊を流し込みながら、じーっとその赤い瞳を見つめると、

「リティア君、その瞳はお兄さんそっくりですよ。」

「…」

ラドのにこやかな笑顔が崩れて、地味に後ずさりする彼に無言の圧をかけると、

「で、ではまた放課後、調合室で。長期休暇の話もありますからね。」

ラドは冷や汗をかきながらもリティアの手を空いている手でゆっくりと剥がして、颯爽と1組の教室傍の階段を降りていった。

「リティアさん、如何なさいました?」

「少しラド先生に怒ってます。」

「奇遇ですね、私もラド先生に怒りを覚えております。」

頬を膨らましたリティアの再び空っぽになった手は、ディオンがスマートに攫って優雅に2組へとエスコートされた。


 放課後になると、リティアはセイリンを迎えに行ったディオンと別れて、誰よりも先に調合室の扉を開いた。既にハルドが珈琲を淹れてニコニコと待っていて、ラドも珈琲を嗜んでいる。調合室の中は、蒼茸の甘い香りと珈琲の香ばしい香りが入り混じって空間になっていた。

「お二人共、私の手に手を乗せて下さい。」

リティアが大股でその2人の間に割り込んで両手を差し出すと、

「リティ、凄い形相だね…」

「怒ったときの隊長のようでとてつもなく怖いのですが…」

ハルドもラドも肩に力を入れながら尻込みをした為、リティアは2人の顔の前まで手を差し出して交互に見下ろす。

「早くしてください。」

「怒られることをした記憶がないよー。」

目をパチクリさせるハルドが手を掴むと、色の区別がつかなくなるほど多量の精霊が彼の一部となり、

「今朝のことでしたら、申し訳ございません。セイリン君の大きな足音が聞こえたので、折角のリティア様からのご厚意を…無碍にしました。」

もごもごと言い訳するラドが触れるとハルド以上に精霊が流れ込んで、その眩しさにリティアは目を逸らす。

「この仕組みは今はよく分かりませんが、私は怪我をしているお2人をほってはおけません。傷口が化膿すればそれだけ苦しみます。何故、頼って下さらないのですか?」

「…ありがとう、リティ。」

「リティア様、本当にお優しいですね。」

ヘラッと笑うハルドと、恭しく頭を下げるラドから、リティアはゆっくりと手を離して後ろへ数歩下がり、

「きっとまたお仕事でしょうから詳細は聞きませんが、ハルさんはペンダントを通じて話せるのですから今度からは呼んでください。」

胸の前で、怒ってますの意味を込めて両手で拳を作って見せれば、

「はーい。」

笑顔のハルドからは、ふわふわと綿でも飛びそうな柔らかい印象の返事が返ってきて、

「ラド先生も。」

「はい…ありがとうございます。」

反対に青い顔になるラドは、背筋を伸ばしてぎちぎちに身体を硬くしていた。

「本当に痛かったでしょう…」

「慣れる部分も多いよ。以前はよく内臓まで貫通してたし。」

明るく言うハルドに、リティアはぶるぶると震え上がると、

「ハルドや私は少し他の人間と異なる部分がありますので…」

「それはガアさんや飛龍さんのことですか?」

ラドから補足を受けてリティアが聞き直せば、ラドは何も言わずにふわっと微笑を浮かべるだけだ。突然ラドが珈琲を急いで飲み干してから立ち上がって調合室の扉を開くと、頬に赤みを帯びたセイリンがノックしようと手を上げたところだった。セイリン達の挨拶が聞こえる中、リティアはハルドに座るように促されて、先程のラドが座っていたいつもリティアが座る席に腰を下ろす。セイリン達の後ろからカルファス達も入ってくる。

「改めて魔獣討伐お疲れ様でした。皆、喜んでいたよ。」

全員が席に着くとカルファスから労いの言葉をかけられて、リティアの視界に入っているセイリンが静かに唇を噛み、テルの瞳が揺れ動く。ソラもディオンもそのような反応は示さなかった。

「カルファスさん、ありがとうございます。皆様が一緒に考えてくださったおかげです。クレイスライムは、恐らく子どもをあやすために玩具になりそうな物を持っていったのかなと思っております。」

「他の獣の匂いがついていない物限定でね。天敵の匂いがあると怖がってしまうだろうから。」

メンバーを代表してリティアがお礼と共に自分の考えも伝えると、カルファスは微笑みながら自らの憶測を付け加えてきて、それを聞いていたテルの瞳からボロボロと涙が溢れ出す。

「…っ。」

涙を膝に落とすテルに、そっと背中に手を回したソラが自分の肩を貸して、ソラの隣のディオンがハンカチを渡す。カルファスが誰も口を開かない中、泣き続けるテルを見据える。

「テル君、死んだ魔獣の為に涙を流すのであれば、ここで終わらせて持ち越さないように。私達が生きるために倒さねばいけないんだ。そのような生温い同情は不要なものでしかない。そのうち、足元すくわれて喰われるよ。」

「そんな酷い事言わなくても良いじゃないですか!」

涙を振り撒くテルが、カルファスへと襲いかかるような勢いで身を乗り出そうとしたところを、隣のセイリンとソラが力ずくでテルを阻止した。獣のように鋭く睨みつけるテルと、その姿に動じることのないカルファスの間にリティアは歩み出る、

「…もし私だけであの子達を対処する状況でしたら、確実に倒してました。クレイスライムはあの時確かに私達を敵と見なして攻撃に来ましたから。」

テルの威勢の良かった瞳が揺れ動いてリティアの腕に躊躇いながら縋り付いてきたが、リティアは言葉を続け、

「互いのテリトリーを侵しながら生きております。この学校は共存できるほど広大ではないのです。」

テルの手に自分の手をそっと乗せると、テルはビクッと身体に力が入る。終始微笑んでいたハルドが遂に口を開き、

「…今回の件は良い機会だ。自分の中で倒していい魔獣と、倒したくはない魔獣の違いを考えてごらん。」

テルが俯くと、ソラは瞼を閉じた。

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