15,少年は発揮する
虫は続きますのでご注意を。
森の中でも、陽の光が強く入る木々の間には、指の腹よりも小さな黄色い花達が群生していた。茎から3こ4こと花が分かれて咲いている。これが柴胡だ。
「じゃあ、とりあえず1人3個ずつ採取したら、この籠に入れて。根っこを傷つけないように気をつけて。」
と、ハルドがポーチの用に身に着けていた小籠を生徒の近くに置き、1人1人に手袋とスコップを手渡そうとすると、テルとリティアは、自分用の手袋とスコップを見せた。
「まあ、2人の格好からしたら慣れてそうだとは思っていたけど、素晴らしいよ。じゃあ、採取方法は授業でやったはずだし、先生は別の物を採りに行くからよろしく頼むね。1時間くらいで帰ってくるよ。」
「はい!」
生徒達は元気よく返事をして、しゃがみ込む。セイリンとディオンは、すぐにやり方のコツをリティアに聞く。リティアは、なんとなくーこんな感じにーとやりながら説明をしていく。テルは、ソラが勝手に始めて苦戦しているのを横目に見つつ、まずは柴胡の周りの土を退けていく。
「あー、根っこ食われてるー。」
柴胡の茎がぐらつくくらいまで掘り進めたら、ゆっくり引き上げて、根を確認すると落胆する。
「こちらもみたいです。コガネムシの幼虫が多いのかもしれませんね。」
リティアが採った2本目の柴胡も同じで、テルに見えるようにぷらぷらさせた。
「リティちゃん、もう採ったのー?早いねー!」
俺まだ1つも採れてないよーと、テルは陽気に笑っている。
「テルさんも手際よく掘ってお早いではありませんか。被害が少ないものは籠に入れても良いかもしれませんが…」
「そ、そんなことはっ!この森は炎属性の魔術が発動しないから駆除は難しいかもね。」
笑っているテルに釣られるようにリティアが微笑むと、カチーンと硬直して赤面するテル。そのテルの様子を見て、セイリンは睨みを効かせながら咎める。
「テル、下手したら大火事になる発言だ。」
「まさか、やらないってー!それに生きた植物ってなかなか燃えないんだよ。植物の茎に水が通っているから、枯れて乾燥した植物でもないと火事にはならないよー。」
ね?リティちゃんと、赤味がかった頬のままではあるが同意を求める。セイリンはテルの知識に感心しつつ、
「そうなのか…?燃やせば燃えるとばかり…それは失礼した。」
「テルさんは、本当によくご存知で。見習わなくては。」
私も知らなかったのでと、真剣に頷くリティア。
「リティちゃんが俺を見習うの?採取慣れしているように見えるし、普通に知ってそうなことだし。」
「森の中で手伝いしてましたが、森を燃やそうと思ったことないからやったことないので、知らなかったです。」
「あ、待って。燃やそうと思ったことはないよ!それは誤解だ!」
両腕を大きく振って、慌てて否定を入れると、隣のソラが眉間にシワを寄せて呟いた。
「そんなことしたら、実家が燃えてしまう。」
「だなー!ソラ、すげー汗だくだけど、1本くらい採れた?」
「全く。」
チラッとソラを横目に見ると、帽子を取ってそれで扇いでいた。
「って、ソラ!帽子外すな!上から胞子が落ちてくるだろう!」
「ん?」
言っていることが理解できていないソラは、テルの方へ首を30度くらい回して傾げる。
「いいから被って!」
テルは玉が跳ねるよう飛び上がり、汗を拭っていたソラの手から強引に帽子を取り上げ、素早く被せた。そして、ぐるんと上体をひねり、セイリンやディオンの顔を見るなり、
「こういう森で手袋や帽子を取るのは命取りだから!人間を食い物にする植物も、虫も、キノコもこっちの様子を伺っているからね!」
と警告をする。リティアもセイリン達を見渡しながらコクリと頷き、その言葉の信ぴょう性を高めた。
「先生が言っていた魔女茸って、地面に生えているものではないんだよ。虫の死骸から生えているんだ。だから、見れば分かる。それと同じことは人間にも起きるということ。今は分からなくても、とりあえずは素肌を出さないでほしい。」
いつになく真剣な眼差しに、ソラを含めた3人は、つばを飲んだ。
生徒と離れてからは森を駆ける。リミットは1時間だ。あのゲンゴロウのテリトリー内だったため、他の魔獣に死んだことがバレるまでなら生徒達は安全だ。とりあえず、リティアがいれば逃げ切ることは可能だ。
「確かに先程リティが指差した方面には、精霊の抜け道があったな。瞬時に見極めることは難しいというのに。これで魔法士として出来損ないと言われるなんてな。」
稀に魔法士の一族でも魔法が表面化出来ない者も存在する。150年ほど前に勃発した魔獣侵略戦争でも、彼女のように魔法を使うのではなく、精霊の流れを見て予知する聖女が居たという。聖女の名はルナと言い、人知れず姿を消した彼女の信奉者達は大精霊ルーナ教を築いた。ハルドもまたその信者ではある。
「…リルドですら、彼女の特異的な能力は知らないのだろうな。」
後日、報告書と共に手紙にでも書けば、喜んで妹の名誉挽回の為に動くだろうなと思いつつ、目的地でもあった森の深部に辿り着く。ハルドの前には何本もの木が空中で交差しあい、1本の巨木を築き上げていた。その根元にまだら模様の枝…否、巨木の一部となるような太い幹とも変わらない大きさの蛇が丸まっている。気取られないように慎重に飛龍牙を構える。
「この森のヌシを食い殺したダイオウウミヘビだね…討伐班は単騎でも君達を討伐できるって教えてあげよう。」
そう呟き、飛龍牙の肌を軽く撫でると、内部から緑色に光り始め、風を発生させる。ウミヘビがこちらに気がついて顔を上げたときには、回転している飛龍牙が竜巻の如く走り、ヘビの口をこじ開けた。飛龍牙は、ヘビの顔を2つに切り裂き、巨木の根ごと切り刻みながらハルドの手元に収まり、ギギギと悲鳴を上げながら、巨木も倒れていく。もう一度攻撃すべく、飛龍牙を構え、
「まさか」
切断した毒牙と毒腺を含む顔上部から後頭部のパーツが残され、本体が居ない。この一瞬で。空中に浮遊する精霊は呼応するように震え上がる。気配がしないが精霊の動きからすると離れてはいない。食い入るように左右上下に目を動かし、それでも見えない。音もしない。いつ襲われても良いように飛龍牙に魔力を溜める。ボコボコと足元が浮き上がる感覚に襲われる。ハルドは、飛龍牙と共に空へ飛び上がる。それは森よりも高く、花びらよりも軽く。身体を靭やかに使い、地中からの攻撃に備え、奴はそれを知ってか知らぬか突き上げる1本の槍のごとく空に向かって伸びてきた。切り落としたはずの頭が再生している。海を飲み込むほどの大口を開け、牙から液を垂らし、迫りくる。ハルドは再び飛龍牙を投げ、ヘビのそばスレスレを降下していき、鱗の内側のうっすら光る位置を目指す。ヘビの腹上部が光っているように見える。飛龍牙で真っ二つに分かれていくヘビを横目に見ながら、空中でもう一度飛び上がり、回転している飛龍牙の右先端を掴み、回転を殺す。自重をつかい、そのまま割いていくと…再び顔が再生し始めていた。割いたはずの前方は縫製するより早く再生し、顔ごと捻り、ハルドを捉える。
「おいでなさいませ、ヘビさん。」
フッと笑うと、飛龍牙に足をかけることで、左側先端が右より高い位置まで上がり、ハルドは乗ったまま胎内に入り込む。グルンと飛龍牙が一回転するまでの間にヘビの大口が自らの胴体を噛み切り、バキバキと音を鳴らしながら、落下した。ヘビが噛んだ先には飛龍牙はなく、左の空を降りていた。そのハルドの右手には、赤子ほどの大きさで空色の透明度の高い魔石。なかなかお目にかかれない逸品だ。
「こんな姿を魔術士の卵たちに目撃されても困るかな…まぁ、魔法士が魔術士に扮することは珍しいことではないけどね。」
白目を剥いた死骸の隣に寄り添うように着地した。魔石は自らの体内へ仕舞い込む。ウミヘビの眷属が襲いに来ないか確認しつつ、死骸を刻んでいく。これ以上、魔石が出てこないことを確認し、
シュルシュルシュル
たった今倒した個体よりは小振りだが、ダイオウウミヘビが地面を這うように消えていく。すぐさま飛龍牙を抱え、飛ぶように走る。風を受け、汗は吹き飛ぶが、冷や汗は止まらない。
「まずい、あっちにはあの子達が!」
魔法で速度を上げても距離が開いていく絶望感。下手に投げれば、更に差が開く。ハルドが向かう先の霧が深くなる。
どうやら本物のヌシはまだ生きている…




