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149,少女は星を見上げる

 あの子猿から胡桃ほどの大きさのない魔石を取り出してから、ハルドに轟牙の森まで連れて行ってもらって埋葬した。馬車の中では、テルが毛布に包んだその亡骸を抱きしめて号泣し、セイリンもディオンも静かにその空間に身を委ねた。ソラとリティアは、ラドを手伝うと言って紛失物の確認をするために学校に残った。昼頃に帰宅したセイリンは、寮室でただ1人で虚無感に襲われる。何も出来なかった、何をすればいいのかも分からなかった、愚かな自分に吐き気がする。魔獣は倒すべき存在でしかないと考えていた自分に問題提議をするのは、いつもラドだ。あの馬の時も、そして今回もラドだ。

「どうすれば良いんだ…!」

何が正解なのか、頭を抱えたままセイリンはベッドに倒れ込む。殺された民は、あの少年は戻ってこない。聖女ルナは言った、魔獣にとって人間は『嗜好品』であると。民は奴らの娯楽となったのだ。セイリンも気を許しているあのケルベロスだって魔獣だ。けれど、リティアは何て言った?昔は市場に当たり前に現れていたという腕長岩猿の存在。元々は共生していたに近い。それに彼女は、ラドのヒメと仲良くしていたとも言っていた。頭の一部では何であんな化け物達を考えるが、子猿の最期が脳裏に焼き付いてセイリンを離さない。ケルベロスがリティアを守ろうとしたことも、あのバカでかい飛行型の魔獣へ立ち向かったことも忘れたわけでは無い。ぐるぐると同じことがループする。

「こんな弱い私に期待しているというのですか?ラド先生…」

そう呟くと、セイリンは暫しの休息と瞼を閉じた。


 日も暮れた時間に帰ってきたリティアの戸締まりの音で、セイリンは目を覚ました。瞼が腫れ上がっているリティアに微笑まれ、セイリンはベッドから降りて2人だけの時間を過ごす。

「ケルベロスは?」

「今、職員室で色んな先生方からおやつを貰ってますよ。いずれ帰ってくるかと思います。」

リティアが笑いながら言い、ケルベロスが尻尾を振っておやつをもらっている光景が想像に難くなく、セイリンからもプッと笑いが溢れた。

「そうか…。リティアは、食事終わっているのか?」

「セイリンちゃんが待っていると思ったので、まだ摂ってませんよ。」

セイリンが扉を開けば、リティアもバッグを机に置いてから小走りで駆け寄り、

「ありがとう、じゃあ食堂に降りようか。」

セイリンと手を繋いだ。食堂ではいつもより生徒達が賑わっていて、2人分の席取りの為に食堂の中央に歩み出れば、黄色い悲鳴が溢れる。その中の数人が自分達に駆け寄ってきて、

「リティアさんでしたよね!?助かりました!」

「セイリン様、本当にありがとうございました!」

「何だ…?」

来る者来る者可愛らしい小袋や紙袋を渡してきて、動揺したセイリンの手が震えた。隣のリティアが背伸びをしてセイリンの耳元で話す。

「セイリンちゃんのおかげで、紛失した物が皆さんの手元に戻ったのですよ。」

「私は…」

仕掛けを見つけたのはリティアで、状況を飲み込めずに斬り捨てたのは自分だ。他のやり方だってあったかもしれないと考えてしまうから、そうは言われても…

「ここで私達がすることは、笑顔を振りまいて皆さんの喜びに共感することです。浮かない顔を見せて、不安にさせることではありません。」

表情が歪んでいくセイリンと生徒達との間に滑り込むように、くるんと回ってスカートを広げながら笑顔を向けるリティアに、思考の海に落ちかけていたセイリンは目を見張った。

「…!ディオンみたいなことを言うのな。ふふふ。」

その姿は、背丈も性別も違えど自慢の従者と重なり、自然とセイリンも笑みが溢れ、

「へ!?ただの他人の受け売りです。」

目をパチクリさせるリティアの頭を優しく撫でて、

「全員の手元に戻ったのだろうか?私は騎士として当然の事をしたまでだ。」

モヤモヤと渦巻く心を見せぬように努めながら、セイリン達に視線を送る生徒達へと微笑んだ。


 昼間に休んだからか、ベッドに入っても寝付けなかったセイリンは、同じベッドで眠っているケルベロスを起こさないように抜け出れば、自宅から持ってきていた運動着に着替え、相棒のレイピアを携えれば、グラウンドへと急ぐ。走り込んだ後は、ひたすら素振りをし続け、自らに溢れ出る雑念を追い出そうと試みていたが、

「っ!」

ボロっと涙が溢れれば、沈み込む意識を保とうと血が滲み出るほどに唇を噛んだ。剣をもう一度振り上げれば、コンコンと壁を叩く音が微かに聞こえて、すぐに手を止めて息を殺しながら辺りを見渡す。


コンコン


また聞こえた。音が鳴る物質で聞こえる範囲を考えれば、自然と体育館へと足音を立てずに向かい、誘われるように死角となっている倉庫の裏へ進んでいく。

「遅い。」

「何かと思えば。酷い言われようですね。」

セイリンの視界に入ったラドは、槍を持たずに外灯の光が届かない倉庫の裏で寝転がっていて、ここに座れと言わんばかりに地面を叩く。

「鍛錬をなさっていないラド先生は、私に何か御用ですか?」

言われた通りに隣に腰を下ろせば、

「用があるのは俺ではない。お前だろう。泣き喚こうが、殴られようが抵抗しないでやるぞ。」

両手を上げて降参のポーズを見せるラドに、思わず吹き出した。

「何ですか、それ。私が怒っていると?」

「泣いていただろ。」

笑って涙目になったセイリンは、先程の涙を隠す気分になるが、感情を見せずに話しかけてくるラドに射抜かれていた。

「言う事が纏まらないのならば、転がって空でも見上げろ。」

セイリンの瞳は大きく揺れつつもラドのように寝そべると、幼い頃に行った父親達の魔獣討伐への行路でのキャンプで見た星空と重なり、

「綺麗…!」

キラキラと輝く満天の星空にセイリンの目は奪われ、

「自分がちっぽけに見えるぞ。」

ラドが溢した呟きはラド自身に向けているようで、セイリンは思わず、

「ラド先生の方こそ何かお悩み事がありますか?」

聞くと、彼の瞳が見開いた。そして自嘲混じりに口元が笑い、

「何を悩めと?自らの出生か?」

これは今朝の彼の発言と繋がるのだろう。セイリンには死んだ方が良かったと取れるあの発言が気にかかっていて、

「…どのようなものか存じ上げませんが、それほどに救いがないと思うほどのものなのでしょうか?」

「俺に聞くな、空でも見てろ。」

セイリンの言葉に、ラドは視線を反らして夜空の星を眺める。

「言わなければ何も分からないのではないですか?察しろと言うのですか?」

まるで聞いてくれと言っているようなものじゃないか!と、セイリンの心は叫んだが、ここは抑える。

「同情も憐れみも不要だ。…ただ。」

空をその瞳に映したまま途中で言葉を切るラド。暫く無音の時間が流れ、セイリンも何も言わずに空をボーッと眺めていると、

「お前がその凝り固まった考えを改められるのであれば、昔話を聞かせてやってもいい。」

「お願い致します。」

これで断ったら2度と語らないだろうと確信できた為、自分のことを何と言われようが、そこは置いておいて彼に顔を向けた。

「お前は魔獣と人間の間の子の存在を知っているか?」

「!?いえ、存じ上げません。え、ラド先生が!?」

ラドの突飛な発言に酷く驚き、ガバッと上体を起こして彼の顔を覗き込むと、

「はっ?」

低い声を出して明らかに不快そうな顔をしていて、慌ててもう一度寝っ転がる。

「す、すみません。黙って聞きます。」

下手に機嫌を損ねたら、これは話を途中で切られると理解したセイリンは、今の驚きを胸の内に仕舞い込む。ヒメのことだろうか?人かどうかは分からないが、マテンポニーにしてはとてつもなく小さい。ぐるぐると考えていると、

「普通、種族が異なる場合は孕ませることは出来ないはずなんだが、何故だができる種がある。」

先程の声調のままで、ラドは話を再開した。

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