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141,一番隊隊員は挑発する

 朝日が宿の窓から射し込む頃にはジャックの瞳は開き、うつ伏せからゆっくりと立ち上がる動作に入ろうと肘を立てるが、昨夜の魔力消費で身体が思うように動かず、もう一度腕を伸ばして倒れたままになる。そこに宿の旦那がタイミングよく入ってきて、青い顔をしてジャックに駆け寄って屈む。

「にいちゃん、大丈夫か!?今、椅子にでも座らせてやるからな!」

「あー、助かります…。お腹が減ってしまって動けなくなってました。」

旦那が自分の肩にジャックの左腕を回して上体を起こしてくれた為、テーブルを右腕で押して身体を立たせることができた。

「そうか、朝食の用意の前に軽く作ってやるから水でも飲んで待っていろ!」

手伝ってもらいながら椅子に座ると、旦那が厨房に走っていき、水差しとコップをジャックの届く位置に置くと再び厨房に戻る。ジャックは、相手が見えなくなったところで、左の人差し指をくいくいと動かし、風の精霊の力で呪いの本を引き寄せて胸ポケットから革製の括り紐を取り出して開かないように巻いた。

「昨夜は、ジャックちゃんの力技で助けてもらってしまった…。この本は、確実に魔法罠が施されているから同じ本を探して内容確認してからリベンジだな…。」

乾いた喉を潤す為に水を口に含みながら、本の扱い方を考えていると、厨房からパンがこんがりと焼けた香り、ベーコンの香ばしい匂いが漂ってくる。幾ばくもなく、旦那が皿に山盛りにした焼き目のついた食パンと、今にも崩れ落ちそうなベーコンの山を乗せてテーブルに運んできた。

「にいちゃん、しっかり食べな!いやー、昨夜のは、本当に怖かった…。酔っぱらっていた奴らが、にいちゃんが消えた途端、ゲラゲラ笑って宿から出ていったんだ。」

旦那も隣の椅子に座ると、頭を抱えて昨夜の出来事を話した。よくよく見ると旦那の目の下に隈があるので、気になって眠れなかったのかもしれない。ジャックはふむふむと頷きながら、食パンにベーコンを2枚乗せて、

「そうだったんですかー。なんとなく状況が理解できました。そしていただきます!!」

「ああ!まだおかわり作ってやるから食え食え!」

口いっぱいに頬張ると、笑顔になった旦那が腕まくりして厨房に戻っていき、宿代から考えたら赤地だと思うほどに様々な料理が運ばれてきて、体内の魔力量を増やす為にひたすら食べ続けたが、全て食べ終わっても他の宿泊客は誰一人と食堂に現れることはなかった。


 昨夜まで宿泊していた客の朝食分まで平らげたジャックは、3ヶ月間寝泊まりしている部屋で夕方までベッドの上で休息を取っていた。胸ポケットが鈍く光れば、ケーフィスの声が聞こえてくる。

「生きてるかー?」

「麗しきジャックちゃんのおかげで、宿に戻ったよー。」

ケーフィスのやる気のない声を聞きながら、寝返りを打つ。かなりの量を食べたおかげで朝よりも身体が動かしやすくなっていた。

「そーかー。で、いつ頃こちらに来れそうだ?グールの皆さんが餌に飢えていて、共食いを始めてるんだ。」

「見守っているのー?あまり良い趣味とは言えないぞー。」

全く興味がないことはよく分かる棒読みの返答をしながらも応援を求めてきているケーフィスに、聞かれたことを答えないジャック。

「喰っている奴が喰われている奴に腕や肩を引きちぎられて喰われて、またそれに他のグールが群がって喰うという地獄絵図だぞ。」

「…鮮肉をお望みならお持ちしようか?」

想像に容易い説明をわざわざご丁寧にしてくれるケーフィスには見えないだろうが、ジャックはニタァとねっとりとした笑みを溢した。

「ジャック、何を考えている。」

「良いんだよー?俺ちゃんは。あのおっさん共さーがそ!ギャッハ!」

ニヤついた顔が戻らなくなり、笑い声をあげながら通話を切ると、すぐに今朝までの報告書を書きあげて、呪いの本を無理やり詰め込んで荷物をまとめて部屋を出る。昼に降りてこなかったジャックの為に、旦那からの弁当がカウンターに置いてあった。カウンターの拭き掃除をしている奥様に声をかけて今までの分のお礼を含め会計に色を添えると、奥様に「また来てね!」と明るく手を振られながら宿を後にした。まだ辛うじてランプは不要な夕日の中、すでに開店している酒場を周る。3ヶ月居れば、この小さな街なら街人に声をかければ笑顔が返ってきて、知りたい情報をもらえる関係を作り上げていた。

「はい、そうなんです。お借りした本を返したいので、お名前は存じ上げないのですが、こんな特徴で…」

なんて言えば、誰も疑うことない。涎が落ちそうになる衝動を抑えながら、お目当ての男とその取り巻き達の居場所を特定すれば、まず近場で馬を買う。その馬に荷物を括り付けて、彼らに会いに行けば、酒場のテラス席で大笑いしていた真っ赤な顔を死人のように真っ青に変えて、こちらを見上げてくる。

「だーれに雇われたんすか?けど残念でしたねー、俺ちゃんはここにいますよ?」

「なっ…あれを渡せば死ぬと言ってたぞ!」

ジャックがニタァと笑えば、昨夜ジャックの隣で泣き喚いた男が椅子から崩れ落ちる。

「俺ちゃん、悪運強いんで?そんな簡単に死ぬかよ。しっかしまー、あんたらも大変だね、殺すべき相手がこうやって生きているって、ねえ?」

「今お陀仏にしてやるよ!」

馬から手を離してテーブルまでのこのこと近づけば、取り巻きの男共が殴りかかってきて、一番早く拳を向けてきた奴はその腕を捻りあげた後に股間を蹴り上げて地面に転がし、

「…うっせえな。」

「ひぃ!?」

同時に向かってきた奴らは、片手に1人ずつ肩を掴んでその2人で良い音を立てて頭をぶつけさせてやると、他の奴らは腰を引いて襲いかかってこなかった。そこで再び気味の悪い笑顔を崩れ落ちた男に向けて、

「俺ちゃん、優しいからさ?あんたらは殺さないよ?その代わり…御家族皆殺しはあるけど。簡単に居場所を知る方法があってさー」

「や、やめてくれ!娘だけは!まだ9つにもなってないんだ!」

その笑顔のまはま脅すと、簡単に動揺して土下座をしてきたので、

「あー、そういうシュミあるよ?」

その肩をポンと叩いてにんまりと笑えば、男は唇を青くして震えていた。

「じゃあねー?まずは隣町のセンファに行くからさー、あそこって結構良い刃物あるんだよね?錆だらけのさ?愉しみだなっ、ギャハハ!」

「待てっ!」

用事は終わったと言わんばかりに馬に跨がれば、男が縋ってきて、笑いながらそれを蹴り飛ばし、

「俺を殺せば、かわいい娘ちゃんは錆びた剣に美味しく食べられないんだから、頑張っても良いんだよー?」

バイバーイと手を振って、その場を去れば後は街外で待つだけだ。


 こちらからの魔法罠が用意周到に敷かれていることも知らずに、大慌てして追いかけてくる男共をジャックは馬にステップを踏ませながら誘うと、息を切らしながらも凄い形相で走ってくる男共の足が隠れている罠を踏んだ。

「ギャハハハ!!!てめえら、間抜けだねえ!?」

ジャックは大声をあげて笑い、男共より一足先に馬ごと大風に乗り上げ、グールが蔓延る街センファへと飛んで、男共が悲鳴を上げてその風に飛ばされて空をぐるぐると回る滑稽な姿に、一瞥を与えることなくセンファへ到着すると、短弓を構える黒髪のマッシュヘアの男の元へと急ぐ。

「おー、きたきた。」

「うん、来たよ!ケー君の可愛いジャックちゃんがね?」

にっこりと笑顔を向ければ、グールに矢を放つケーフィスが明らかに嫌そうな顔を向けてきたのであった。

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