140,一番隊隊員は破り捨てる
祝140話!!折角なので皆の好きな食べ物でもぼちぼちと。
リティア…ハルドがくれるクッキー
セイリン…野菜全般→とくにトマト、グリルチキン
ディオン…美味しい料理ならなんでも
テル…ハンバーグ
ソラ…今の段階では特になし
右サイドの長い髪を靡かせるアシンメトリーの赤毛の男性が、薄明かりでは終わりの見えない螺旋階段を駆け上がり続けていた。この螺旋階段は、文字と文字が重なり合って出来上がっていて、文字の隙間に足を挟むと背後から迫る文字化け髪の亜種との距離が縮まってしまう。悲鳴を上げながらも足を動かしていた。
「何でこんなことになるのかなー!?運が悪いにも程があるでしょー!」
事の発端は、打ち捨てられた聖堂の調査後まで遡る。メリンク聖堂は、恐らく魔獣侵略戦争時の駐屯地としての役割があった。その証拠に建物内には様々な報告書の束が机に置かれていて、食事処、寝室などがあり、建物の周りは今も街として機能している。その街に3ヶ月滞在して、慎重に街の人からの都市伝説や噂などを含めた聞き取り調査や、聖堂の周りの事前調査をしてから、万全の状態で臨んだ聖堂の踏破だ。残念ながら精霊人形の棺に関連する物は何も見当たらず、その代わり主に戦っていた部隊数や、部隊の分散における意見書などが出てきた。勿論そこには精霊人形がどこに配属されていたかの記載もあった。ただ聖女の名前の前に他の女性の名前があったことが引っ掛かったが。そこらの調査を終えて、宿に戻れば、食事時間に隣になった酔っぱらいの親父から呪いの小説を『度胸だめし』と無理やり渡された。親父は、友人がこの本を開いたら、吸い込まれてそのまま帰ってこなかったとむせび泣き、何事かと他の酔っぱらいが近寄ってきて何故か話が盛り上がり、その中で若い男なら連れ戻せるはずだと言われて、入らざるを得なくなった。こちらは、自分の身分を隠して仕事をしていたというのにいい迷惑だ。
「俺は、ラドみたいに怪異討伐班ではないんだぞー!魔法罠解除班だ!対魔獣戦闘は苦手なんだから、逃げるしかないんですけど!」
この階段で叫びながらも、日々の鍛錬を怠らなかった自分を褒めたい。まだまだ走るだけの体力に余裕があるが、床の文字の羅列をじっくり読んでいる暇はない。本を開いた時、これは確かに物語だった。内容的にホラーで、主人公も今の自分のように階段を走り続けている描写から始まり、その中に閉じ込められた形だ。
「あー、もしかして1人じゃ駄目かー?読み手が居てくれないとこのまま走り続ける感じかな。」
考えが独り言となって溢れ出し、
「でも、それならそんなに何人も本の中に連れ込まれないか…。」
端から見れば誰かと話しているように思える。ポンポンと胸ポケットを叩くと、ボワァと鈍い光が輝き、
「こちらケーフィス、どうした?」
「君の可愛い相棒のジャック君は、絶賛呪いの本に飲まれて螺旋階段を文字化け髪に追いかけられているの!助けて!」
他の街にいる隊員と通話を出来るようになった。文字化け髪の迫り方を確認しつつ、助けを求めると、
「おいおい。頑張れよ、フレイ家の跡継ぎ。」
「その話は今要らないから!とりあえず、ひたすら走っても終わりがないようで、打開策を模索している感じ。」
冷たくあしらわれ、涙目になりながらも相手に縋った。
「はあ?本なんだろ?燃やせよ。」
「まじか、乱暴だな。いや…やってみる。」
そうだ、物語はどうであれ、本は紙だ。フレイ家は炎属性魔法を得意とする者が多く、ジャックも例外ではない。手のひらを文字化け髪に向けて火炎玉を発動させると、焦臭いがしっかりと文字化け髪の一部が焼かれ…
「ちょっと!文字の階段が燃えてる!後ろから炎が迫ってくる!」
「おお、今日も元気だ。じゃあ、俺も住民達に追いかけられているからまたな。」
駆け上がってきた下方の階段も燃え上がる。紙の上に書かれた文字ということなのか。ケーフィスの抑揚の少ない言葉で別れを告げると、通話が向こうから切られる。ジャックは、何度も後ろを振り返りながら、
「向こうも追いかけられているのかよ。やはりグールの街だったのかー。って俺も死にたくないな!!」
更に加速して駆け上がっていくと、自分の中にあるもう1人が笑い始めた。どうせ、下には戻らないのだから、いくら燃やしても『俺ちゃん』は困らない。不自然なほどに口角が引き上がり、火炎玉を連射すると、1つだけ文字化け髪の開いた大口に入り込んで内部から燃やしていき、他の玉は階段を燃やして文字化け髪の動きを鈍らせる。
「ギャハハハ!!炭になっちゃえよ!」
文字化け髪から漏れる炎で下が明るく照らされて、床が目視できないほどに高く昇ってきたようで、人間なら落ちたら頭がかち割れて即死だろう。ジャックは、ケタケタと大笑いしながら、下を照らせるほどの灯りになるだけの火炎玉を手のひらにもう1つだけ発動させて、上空に勢い良く投げて天井を確認すると、天井までに扉などはなく、玉は天井にぶつかって跳ね返る。落ちていく玉が、照らし出したこの空間は円柱状で、昇り始めのフロアと、先程の天井を見る限り最初から出入り口は存在していないように思えて、また笑いが溢れる。
「天井まで走って何も無ければ、あの文字化け髪を燃やして遊ぼうかねー?ギャハッ!!」
フロアに落下した火炎玉が何かの燃料を得たようで炎の海となって、階段を這っている文字化け髪の真下まで迫る勢いで燃え広がり始め、火の粉を踊らせてジャックの傍の階段も燃やす。その燃えた箇所が飛び石のようになり、燃えていない部分に飛び跳ねて進めば、下から明るく照らされて見え始めた天井に文字が書かれていて、
「『烏の群れはお前を食い千切る』だって?」
読み上げた瞬間に天井の鉄板が落下して、ジャックに襲いかかる。逃げ場のないジャックは、全身に炎を纏ってその鉄板を熱して液体状に溶かすと、次は鉄板の上から烏が突進してきて、自らの立っている階段を燃やしつつ、身に纏った炎を腕や頭に集まらせて、届く範囲のカラスを丸焼きにして階段を昇る。追ってきていた文字化け髪は、良い音を立てて鉄板とぶつかり、燃えながら炎の海へと飲まれていった。更に天井が高くなり、文字でできた階段に分岐点が3つ見えてくる。首が痛くなるほど見上げれば、その中の1つのみが更に上へと繋がり、他2つは途中で切れている。しかも文字達が勝手に動いて、繋がったり離れたりを繰り返して階段の形を変えてしまう為、最終的には運となりそうだ。烏の群れを焼きながら、何も考えずに真ん中の上へと繋がっている階段を選んで走り続ければ、目の前で上へ繋がる階段の文字が他の階段の文字と繋がり、道を変えてしまった。これには大きな舌打ちをして、
「めんどくせー。」
あれよあれよと襲いかかる烏の背中に器用に足を乗せて、彼らを落ちる階段代わりに使って本来行く予定だった階段へと飛び移って駆け上がり、『また』鉄板が落ちてくる。先程のように熱して溶かしてしまうが、ジャックにとってホラーのホの字もなく、走らされることに飽きてきた頃、お目当てが視界に飛び込んでくる。
「ああ?やっと出口か。」
鉄板が落ちたことで見えてきた扉へと一気に駆け上がり、身に纏った炎を消してからその紙製の扉に触れれば、
「君は、俺を助けてくれる?」
背後から男の声が耳に届き、振り返ろうと首を動かした瞬間に本の外へと放り出され、酔っぱらい達が誰もいない暗がりの食堂に立たされていた。床に転がる呪いの本を拾い上げて、中身を見ないように力尽くで破り捨てる。
「あの声、誰だ?」
ガシガシと頭を掻いて、近くの椅子に腰をかければ、破り捨てた本は独りでに元に戻っていった。
「ふぅ…。俺ちゃん疲れたからあと宜しく。」
ジャックが誰もいない食堂で手を振ると、次の瞬間、糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちた。