14,教師は披露する
虫の回は続きますのでご注意を。
振り返る、今来た道がない。そんな事、魔獣が多く棲む森で仕事している人間には日常茶飯事だ。強い魔獣が獲物を確実に捕食するために、幻覚を見せるのだ。どんな風に見えなくするかは、魔獣の属性によって異なる。『ヌシ』と言われるほどの強力な魔獣が棲んでいる場合、その空間に精霊もその属性に合ったものが多く存在する。その場合、精霊の力を借りて発動する魔術は、そもそも発動出来なかったり、発動しても弱かったりとマイナスに働く可能性がある。それに比べて、魔法は魔法士の身体から力を作り出すため、そのようなことはほぼ起きないし、魔術陣を描く必要もない。何より、単純な力では魔術で魔法を負かすことはできない。
「そんな中で、どうすれば魔獣に魔術で戦えるのですか?相手の得意な属性しかないなら、別の属性攻撃は発動したとしても発動時間が長くはないはずで、相手の属性で攻撃しても水鉄砲食らった?ってなるくらいですし。」
魔術について勉強していく中で見えてきた不便さを考えると、いっその事、剣で戦ったほうが早いだろうと考えているセイリンからの質問だった。
「そうだね、大体の人は無理だと言う。そう思ってしまうんだ。ソラ君に、質問しようか。何故、スティックがあると空間に魔術陣を描けて発動できるのか?どうして木の枝で地面に描かないのだろうか?スティックでの発動条件は、授業でやったと思うけれど、確認の意を込めて、説明をしてみてほしい。」
ハルドは、すぐに答えを言わずにキョロキョロとしているソラに投げかける。ソラは、スティックの先端をトントンと軽く指先で叩きながら、
「スティックは、魔石が先端についていることで、精霊の力を借りることなく、魔石の魔力で空間に描き、魔術が使えるからです。地面に描いても発動させるには近隣にいる精霊の力が必要となるから、その場面では適切ではないと考えます。」
「そうそう。もう少し踏み込んでみようか。魔石の魔力で有限か無限か、どう思う?ディオン君。」
今度はセイリンの隣、最左を少し下がって警戒しながら歩みを進めるディオンに振る。
「有限と考えます。理由は、透明度が高かった魔石が使う毎に白濁していくとのことなので。まだ実際に見たことはありませんが、割れることもあるのではないでしょうか。」
ここは暗記ではなく、考えを述べねばいけないと、慎重に答えるディオン。
「ふんふん。じゃあ、テル君。その有限な魔石はどこで手に入るものだい?」
「え、市場。」
「はい??」
あまりの即答ぷりに、ハルドの歩みが止まり、テルの顔を凝視する。当人はえっへんと腰に手を当て、ソラに素早くバシッと頭を叩かれた。
「すみません!テル、この話の流れでそれはない!魔獣の腹から取れます!」
「…テル、わざと話を折りにいくな。馬鹿のフリは可愛くないからやめてくれ。」
セイリンは、内側を歩かせていたリティアの前にグイッと大股で出て、その右斜め前を歩いているテルの頭に両拳をグリグリと押し付ける。
「フリってなんだよー!セイリンさん、俺は」
痛い痛い!と喚くテルと気分を害されたセイリンの報復がエスカレートする。仕方なく、騒ぐテルの上から覆い被せるように、ハルドが説明をする。
「魔石の魔力は、有限であり無限。魔術が精霊の力を借りるように、魔石は精霊を飲み込み、自らの魔力にする。魔石が飲み込む精霊が発生しない条件を作り出せれば壊すことも可能。そのため、魔獣を倒したいのならば、その魔石を本体から離すと、肉体の再生が出来なくなり、倒すことができる。」
へぇ〜と、感嘆が上がる中、ハルドからアイコンタクトをとられたリティアは静かに頷く。
「では、セイリン君、ここからまた考えてみてほしい。その魔石を相手から取り除くには、魔術でどう戦う?」
質問を振られたセイリンは、パッとテルから離れる。左からディオン、リティア、セイリン、テル、ソラ、ハルドと並び順が変わり、テルが離れるため、ハルドより前に出ようとしたら、手で待ったをかけられ、全員の足が止まる。セイリンは眉をひそめ、頭を捻る。
「えええ…自分の持っている魔石に精霊を閉じ込めるとかですか?いやしかし、魔石でも許容範囲はあるでしょうし。」
一見、木々の羅列がひたすらに続くように見え、グルンと見渡しても、今歩いてきた道もこれから歩く道も全く同じに見える。枝の付き方も全て同じ、同一のものが不自然に植えられているような…その違和感に必然的に生徒は理解する、既に魔獣の罠の中だと。
「向こう…」
リティアが8時の方向を指差すが、生徒達の前に大きく踏み出したハルドが首を横に振る。
「折角の機会だ。それほどの魔獣でもなさそうだし、魔術による戦闘方法を実際にお見せしよう。」
リティアが指差した方向と反対を見据え、スティックを構えるハルド。すぐさまディオンは、後ろに下がり、ファルシオンを抜いて他の敵を警戒する。セイリンもレイピアを構え、リティアに背中を向けるように辺りを慎重に見渡す。スティック以外の武器を持たないリティア、テル、ソラは、スティックを構え、そばを離れないように気をつける。
「説明をしながら出来るかは分からないが、とりあえず。まず属性攻撃の一番簡単な初級魔術陣を全て描いて発動させる。これをやることで、ここに多く浮遊している精霊が分かる。」
さあ、人に当たらないようにやってごらんと促すと、リティアはすらすらと自らの上部に描き、発動させていく。ソラとテルは、彼女のように滑らかに描けず、1つ発動させるにも時間を有した。その光景を横目で見るのは、他の3人だ。炎の槍は発動せず、風、雷、土の槍は、発動させても数秒後には消える。光と闇の槍は、安定した条件を揃えて行った学校での授業で実践したくらいの力で発動する。氷の槍はそれよりはやや鋭く、水は異常なほど強い槍となり、空へ飛んだ。
「これで、ここに棲んでいる魔獣の相性の良い属性は、水または氷だと分かる。まず、推奨する倒し方は、相手の近くの精霊を呼び込む。」
ハルドの説明と共に、人の腰くらいまで高さがある緑色の甲羅を持つ楕円状のフォルム、口らしきところに吸盤が見え隠れし、足に無数の毛が見える虫が、ハルドの目線の先に姿を現す。
「轟牙特有の魔獣、オオミズゲンゴロウだ。奴らは牙が発達していないため、殺傷能力は低い。だが」
甲羅が縦真っ二つに開き、ブオンと飛び上がり、突進してくる。
「あとは見ての通りだ。では、水属性の精霊はこちらに頂こうか。」
慌てる様子を見せないハルドが、くるんとスティックを渦のように回転させながら、魔術陣を描く。魔術陣が青い光を放って発動すると、ゲンゴロウの猛攻は急減速し、地面に転がり落ちる。
「この魔術陣はさほど難しいものではないよ。では、この後は集めた精霊で大きな水玉を作ろうか。」
ハルドのスティックが円を描き出すと、ひっくり返ったゲンゴロウの上部に大きな水の塊が数個出来上がると、ゴロンとゲンゴロウが態勢を立て直した。
「これを発動したことで、ゲンゴロウのそばに精霊が戻るので、この後は時間との勝負。雷を発動させ、感電させるよ。」
もう一度、飛び上がろうとするゲンゴロウの上に置いた水玉に、初級魔術の雷の槍を幾つも投げる。勢いよく飛び上がったところで、雷を帯びた水玉に触れ、バチバチバチと轟音を鳴らし、力なく地面にめり込んだ。その焦げた死体に素早く近づき、氷の槍を発動させ、甲羅に無数の穴を開け、緑色の体液が噴き出る。その体液を全身に浴びながら、青く輝く手のひらサイズの魔石をもぎ取った。ハルドは、近くを見渡し、何も居ないことを確認してから、スティックを回し、自らの上に雨を降らせる。それにより体液は流れて、再び描けば、浴びた水分ですら取り除き、服を含め身体を乾かした。
「まぁ、ざっとこんな感じ。これは出来るだけ初級魔術を使って戦った場合だよ。」
徐々に幻覚の力が弱くなり、森の顔が戻った。木々の形が疎らになり、足元をうさぎが通り過ぎる。昆虫の鳴き声も聞こえてきそうだ。ハルドが辺りを確認しつつ、生徒の所まで戻ってくる。それを見たセイリンとディオンは、互いに見合わせてから鞘に仕舞う。目の前の数分間で終わった戦闘で呆気にとられるソラ、1人スティックを仕舞ったリティアは、控えめにパチパチと手をたたく。テルはというと、ただただ呆然と立ち尽くしていた。それぞれの生徒の反応を見ながら、
「練習すれば、出来るようになるから。どういう戦略で戦うかは、寮に帰ってからでもシュミレーションしておくんだよ。」
じゃあ、採取を始めようかと音頭をとった。