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139,少年は気不味くなる

 贈る物が決まったソラの心は晴れやかだ。誕生日が近づくにつれて憂鬱になっていた為、リティアは本当に心強い助っ人だった。買った後も2人で好きなだけ本を探してしまって、もう日は暮れていた。まだ夕食には少し早く、寮で摂っても良いと思ったが、リティアへのお礼を兼ねてスインキーへ誘った。

「こんばんは~!」

リティアが嬉々として扉を開けば、

「いらっしゃいませ!そちらの窓際の席へどうぞ!」

明るい男性の声に、ソラの血の気が引いた。それは相手も同じで、

「テル!」

「ソラ!」

2人の声は重なり合う。珈琲を乗せたトレーを運ぶテルを見たソラは気まずくなり、目が合ってしまったこの瞬間がとてつもなく長く感じたが、

「テルさん、リファラルさんのお手伝いですか?ありがとうございます!きっととても助かっていると思います!」

リティアの鈴のような声でテルの表情は緩み、ソラは小さく息を吐いた。

「おい、にいちゃん!俺の珈琲を溢すなよ!」

「あ、すみません。今お持ち致します!」

他の客に声をかけられてテルは仕事に戻り、ソラ達も席へつく。よりによってリティアとの食事だ。絶対に後で確実に問い詰められる。どうすれば良いかひたすら悩んでいると、リティアがメニューを差し出してくる。

「私は、アボカドソースのステーキにします。」

「あ、じゃあ俺もそれで。」

メニューを見る余裕もなく、彼女と同じ物を選べば、

「そんなに悩まれなくても大丈夫ですよ。」

リティアが微笑み、店員のテルを呼んでソラの分まで注文をしてくれた。後は彼女と軽く談笑をしながら料理が運ばれるのを待つだけだが、仕事中のテルの視線が痛いほど刺さる。そうしている内に他の客が帰ってしまい、店内はソラ達だけになり、テルによってステーキとライスが運ばれてくる。

「それで?何でデートしてるの?」

テルのいつもの笑顔に黒い影が差していて、手のひらに汗を掻いたソラは何も言えない中、リティアがテルへと微笑みかける。

「買いたい物がありまして、今朝ソラさんに一緒に来てくださいってお願いしたのです。」

こちらです!と、弾んだ声で彼女がテルに見せた物は先程のサバイバル生活の本だ。明らかにテルの目が点になって、

「リティちゃん、なかなか珍しい物も買うんだね…?」

「そうでしょうか?長らく森で生活していたので、こういう物が好きなんです!」

本に釘付けになって瞬きが止まらないテルに、リティアはグイグイと本を近づけた。

「でも何でわざわざソラ?セイリンさんやディッ君じゃないの?」

リティアの機転でもテルの気を紛らわせる事はできずに、ソラは冷たい視線を向けられた。

「セイリンちゃん、試験の範囲で理解できないところがあって、ディオンさんとマンツーマンで勉強するって仰っていたのです。私はお兄ちゃんとの約束で街を1人歩き出来ませんので、たまたまお会いしたソラさんにお願いしました。」

「そうなんだー。今度は俺を誘ってほしい!」

リティアは躊躇う素振りもなく、ソラと出掛けることになった理由をスラスラと説明をすれば、簡単にテルの瞳に輝きが戻った。この間、下手に何も話せなかったソラは、ひたすら彼女の言葉に頷き続ける。

「はい、その際はよろしくお願いします!」

リティアからの花が咲き誇った笑顔を向けられたテルは、血色がいつも以上に良くなり、

「マスター、いつもの煮込みハンバーグ食べに来たぞー。」

「いらっしゃいませ!こちらの席へどうぞ!」

来店した客の対応へと戻っていった。テルの身体が最後まで厨房に入りきったことを確認してから、ソラは大きなため息を吐いて、

「…助かった。」

「お役に立てて光栄です。」

目の前で微笑む彼女の後方を照らすランプによって後光が差していて、密かにソラは女神だと思った。緊張が解れたソラは、リティアと今まで読んだ事のある本の話に花を咲かせながら、出来立てのステーキを口に運んだ。


 その日の夜10時過ぎにベッドの上で勉強をしていたら、鼻歌交じりのテルが帰ってくる。同じく勉強しているルームメイト達から、お帰りーと声をかけられれば、

「皆にお裾分けあるよ!」

声が弾んだテルが、サンドイッチを差し入れると、勢い良くソラのベッドのカーテンまで全開にする。ソラが驚きながらも見上げると、いつもよりも嬉しそうなテルが見下ろして、

「俺もリティちゃんとデートすることになった!」

要らん報告をしてきてルームメイトがざわつき、勉強どころではなくなって、寝不足のまま次の日を迎えた。簡単に噂は広がり、5組の教室内はいつもより賑やかになったが、ソラが勉強時間を削って生徒達の誤解を解く為にひたすら弁明したので、放課後にはなんとか鎮静化することができた。ソラはぐったりと疲れ、反対にテルはルンルンとステップが軽い状態で調合室へ入ると、

「それでリティ、その話が本当ならかなりまずいと思うんだが、どうするの?」

「どうもしません。私のドッペルゲンガーが闊歩しているだけでしょう。いつも通りの生活を続けるだけです。」

入った瞬間から耳に入る会話が、かなり物騒だ。ハルドとリティアが真剣に話していて、輪に入れる気がしないが、テルが無理やり2人の間に身を乗り出して話に首を突っ込む。

「何の話しているの?」

「あ、いらっしゃい。先程、数人の生徒から体育館の屋根の上で、リティが飛び降りる姿を見たって報告があったんだよ。慌てて見に行った生徒は、落下位置には何もなかったと言うし。」

こちらに気がついていなかったハルドが、簡単に説明をしながら棚のカップを取り出し始めて、ソラ達も席につく。

「こわっ」

「ルナさんでしょうか?」

テルとソラは声が重なるが、ハルドはしっかりソラの言葉を拾った。

「どうだろうね、彼女がわざわざそんなことやると思えない。」

「私は、セイレーンの肉体が出来上がって強度を試していると考えます。ですので、それが終わって本体が出てくるまで、こちらは何もできません。本体が出てきたら倒しますので、スティックを常備させて頂きたいのです。」

ふむと考え込もうとしたソラの思考を吹っ飛ばすようにリティアが熱弁を振るい、ハルドが苦笑いを浮かべる。

「リティ、さては内心怒っているね?」

「勿論、怒りますよ!勉強したいのに、いくつも問題が押し寄せてくるんですから!」

プクッと頬を膨らませる彼女の普段見せない表情に、テルは少し引き気味になりつつ、

「そうなんだね…あの2人は?」

「今日も6組で勉強なさってます。」

と聞けば、リティアの頬の膨らみがパッと消えて微笑みながら答えた。これにはテルもソラも驚き、

「歴史の部分は、セイリンちゃんの主張が入って怒鳴り始めるそうで、それができないように他の生徒が勉強している教室で行うと、ディオンさんが仰っておりました。」

リティアに淡々と説明をされると、ソラは眉間にシワを寄せた。

「…学校の勉強と私情が何故混ざるのか。」

「私は、夜中に大泣きなさっているセイリンちゃんが心配です。お話をお聞きすると、領地への魔獣による被害が多いようで、歴史を絵空事にするなと泣かれております。」

頬に手を当てて目を伏せたリティアは、セイリンの苦悩を親身になって聞いていることが垣間見える。

「うんうん!分かった!俺、ちょっとセイリンさんに会ってくる!上手く教えられると思う!先生、追加で2人分もお願い!」

何故か大きく頷いたテルは、ハルドにお茶を頼むと調合室を飛び出して、それほど時間をかけることなく、先程のソラとテルのような…疲れ顔のディオンと、それと反対に晴れ晴れとした表情のセイリンを連れてくる。

「テルは本当に頭が良いな。無事に卒業したら国王陛下に直談判して、私がこの間違って綴られている歴史を変えてしまおう。」

扉を閉めた瞬間に、セイリンは政治に口出ししそうな勢いの爆弾発言を投下した。

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